第6話

 先日の授業で社会教師から語られた日本の歴史と今。あの日から教室の空気は一変した。勉強する理由が明確になった事も要因の一つだと思うが、それ以上に大きかったのは、やるべきことをやらないと死ぬことよりも辛い『ドレイ』になってしまうという恐怖だった。あの日の授業で明かされる事のなかった『ドレイ』の実態。いくらインターネットで検索しても実態を確認できるような記事を見つけることが出来なかった。具体的な事は分からないが、死ぬ事が希望に変わってしまう生活というのは地獄だろう。何をされるか分からない事ほど怖いものは無い。そして、人間は恐怖の想像を膨らませる事には長けているのか、日に日に『ドレイ』というものへの恐怖が強くなり、さらに勉強にのめり込むようになった。とりあえず大学生になりさえすれば『第一選別』は乗り越えられる。やることが明確かつ単純であるほど、楽な事はない。勉強をしながら、時々、大膳という男が仕掛けた『日本のリセット』が大胆かつ狡猾、しかし緻密に計算されたモノだったのだろうと考えている自分がいる事に気付いた。同時に、ここまで国を大きく変えた大膳という男に憧れに近い感情を抱いていた。



 中学を卒業し、高校に進学しても教室の雰囲気は変わらなかった。他の中学でも、同じ内容が語られていたのだろう。授業中、寝ている生徒は一人もいないし、宿題を忘れる生徒もいない。部活は健康を維持するために、強制的に何かの運動部に所属することが義務付けられていたので、全員、何かしらの運動はしていた。中には、プロ選手を目指している生徒もいたが、そんな彼・彼女たちも、ケガや実力不足で引退せざるを得ない可能性が0では無いことが分かっているのか授業は、しっかりと受けていた。大学受験が近くなると、志望校をどこにするかという話題で休み時間は持ちきりになった。

「お前、どこの大学受けるの?」

「俺は、A大とC大とF大かな。お前は?」

「俺は、B大とK大とかかな。」

「なるほどね、しかし3校までしか受験出来ないってルールは厳しいよな。しかも、一発勝負。ここで何処かの大学に合格出来なかったら、就職以外に道がないっていうのもな。」

「本当だよな。リセット前の日本、100年前の日本は、大学が余っているような時代だったから、全入時代なんて言われたりもしてたみたいだよ。まぁ、どこでも良いから大学生になれば良いって訳では無かったみたいではあるらしいけど。そして、当時は『浪人』という言葉もあったらしいぜ。」

「なに、『浪人』って?」

「基本、大学受験のルールで年齢の上限設定は無かったみたいなんだ。つまり、何回でも受験できるってわけだ。高校卒業時に不合格でも1年勉強して、再度受験。それでも不合格ならもう1年ってわけだな。」

「なんだその甘いルールは。大膳って男が、今の日本を目指そうとした理由が何となく分かるような気がするわ。『第一選別』を20歳にした理由とか、基準とかもその時代のことを詳しく知ると理解出来る気がする。」

「100年前の日本人の犠牲の上で今の俺らがいるけど、当時の日本人のせいで、苦しめられている俺らがいるってのもまた事実だよな。」

「もしかしたら、『今の日本は間違っている!』なんて、言い出すような奴がそろそろ現れる頃かもな。歴史は繰り返されるっていうけど、永遠に続いた国家や政権なんてのは歴史上に存在してないもんな。」

「本当だよな。もしかしたら、お前が旗振って日本を変えるとか言い出すかもな。大膳に憧れを抱いているような奴だもんな、お前。発想とか思想とか似てるんだろうから、やりかねないよな。」

「バカなこと言うなよ。歴史を勉強している中で、今の日本が最も優れていると俺は信じているよ。これ以上の理想的な国家なんて存在しないんじゃないか?」

高校生だった俺は日本という国が抱えている負の側面、影となっている部分がまだ見えていなかった。

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