第 拾玖 輪【一番出て欲しくない場面で見計らったかのように現れる】
それから約三百十八秒後に桜香の番が終わり、泣いても笑っても全ては合否待ちとなる。
自身とは比べ物にならない物を目の前で見た楓美は興奮冷めやらぬまま口にした。
「流石です桜香様。これは間違いなく〝
「へへへ、そうかな。今までの事とか考えていたらいつの間にか終わってたんだよね~。でさでさ、私って何色だったの?」
「あっ……それはその……。な、何はともあれこれで二人して花の守り人になれるのです! 前向きに行きましょうです!」
「そうだよね。前を向いて進まなきゃ! でも油断は禁物だよ。どんな時でも最後まで結果を聞くまでは分からないからさ」
本当は抱き着いて喜びを分かち合いたかった二人。
受かる確信は持てても由空の言葉を耳にするまでは確定ではない。
固唾を呑み内心は緊張で胸が苦しい中。
例の如く
長々とした話を言い終えた瞬間。
桜香の方を見て不敵な笑みを浮かべた。
釣られた由空も扇子で隠してはいるが
「ふふふっ。
「「やっ――」」
少々、
互いに嬉し涙を流して桜香と楓美は今度こそ抱き合った。
この時に発せられる一言は、今後の行き先を左右するとても大事なこと。
落ちればその時点で花の守り人としての将来性はない。
しかし、当たり前のように過ごしてきたせいで桜香はすっかり忘れていた。
巾着袋で大人しくしていた筈の可愛らしい存在を。
「きゅきゅ~!!」
元気一杯な声と共に六本足全てを大きく広げて飛び出す。
久し振りの外の世界を堪能するように気持ち良く頭上を旋回する。
「へ?」
「は?」
「な?」
「あっ!?」
桜香以外の誰しもが万に一つでも有り得ない状況に混乱した。
それもその筈。
数百年余り持続している強力な華技により、花の都全域が植魔虫から守られているからだ。
仮にもし侵入しようものならどんなに極小な個体でさえ塵も存在も残りはしない。
だが、目の前にいるのは紛れもない事実であり桜香を除く三人に突き付ける。
「桜香様。嘘、ですよね? この機会を狙って植魔虫を持っていただなんて……」
合格と言う天国から信じがたい現実の地獄に落とされ膝から崩れ落ちる楓美。
「ひゃ~! で、出たぞ出たぞっ! 逃げるが勝ちだ~い!!」
両手を上げて慌てふためく吉皐は、脱兎の如く一目散にどこかへ逃げて行った。
「どうやって持ち込んだか知りませんがここで討伐します。〝四季折々〟の留守中に如何なる不祥事であろうと、私が居る限り絶対有ってはなりませんから」
由空は余裕のある立ち姿で後方にある髪の結び目に手を掛け臨戦態勢へと入る。
天井を飛び回る物体から片時も意識を外すことなく桜香を睨み付けた。
「楓美ちゃん、由空さん! これは違くてですね! その、大切な命の恩虫で友達でもあって……凄く素敵な名前もあって……」
突然の事態に取り乱しながら身振り手振りを交えて説明を試みた。
しかし、その努力が儚くも散ることとなる。
「いい加減黙りなさい! 見ての通り〝四季の適性検査〟は中止。それから、桜香。貴女は残念ながら不合格よ。嫌、然るべき処置を取らせてもらうわ」
「こんな時ですが少しだけでも私の話を聞いて下さい。お願いします!!」
何とか弁解しようと必死に頭を下げる桜香。
その頭上へ休憩がてら着地する七ちゃん。
「きゅいっ♪」
状況や空気も分からないまま、してやったりの表情と愛想を振り撒く。
あまりにも場違いで誠に愚かな事態を前に呆れて頭を悩ました。
「何だか興が冷めてしまいましたね。ちょっとそこから動かないでいただける?」
目視確認せずに放たれた扇子は不規則に羽ばたく蝶のように宙を舞う。
そのまま脳天気に羽を休める七ちゃんを乗せて再び手元へ戻る。
「きゅ~い! きゅ~い!」
悲しみの表情の桜香に反して、一種の遊びだと勘違いしてるのか大いに喜んでいる様子。
「ふふふっ、こんなにふざけた植魔虫は私、初めてなの。色々、調べさせて頂戴。その命が尽き果てるまで何度でもずっとずっとね?」
「きゅい!」
真ん丸な身体を元気良く使った返事に由空からも笑顔が
互いに意思の疎通の重要性が垣間見る。
気を取り直して桜香の方へは眼もくれず、楓美には横目で流すだけで意図も簡単に告げた。
「これにて〝本年の試験は終了〟となります。後日から実戦を交えた訓練が始まるけど、何か意見を言いたい方はいらっしゃる? まぁ、異論は認めませんけど」
(どうしよう、七ちゃんが私のせいで殺されちゃう。せっかくここまで来れたのに花の守り人にもなれずに終わっちゃうのかな……)
呼吸を忘れ頭が真っ白になり膝から崩れ落ちる。
呼び止める声も引き留める勇気も無く
何事も無かったかのように七ちゃんを連れた由空が場を去る間際。
今にも消えてしまいそうな弱々しい声がした。
でも、決して離さない力で後方へ袖口を引かれる。
「ちょっと……待ってください……」
「一体、何か用かしら?」
その手は自身の将来さえ棒に振るかも知れない恐怖で震えている。
今にも吐き出しそうで。
今にも泣き出しそうで。
今にも逃げ出したい気持ちの中で。
あの時、手を差し伸べて一歩を踏み出す勇気をくれたから。
助けを求めている
「桜香様は亡き母君様の背中を追ってここまで来られました。たまに食いしん坊ですが優しくて思い遣りのある素直な子です。うちも生半可な気持ちでこの場にいません! だから、だからどうか……再試を行っ――」
涙声でたどたどしくも確かに紡がれた言葉。
役に立てるか分からないながらも、どうにかして次へ繋ごうとした。
しかし、肝心のところで邪魔が入る。
爪先まで丁寧に手入れされた右人差し指一本で
「これから剣士となるならば覚えておきなさい。一つ、周りを捲き込む私情は捨てること。二つ、固い絆は時に荷物となること。三つ、私の決定を覆すのは私自身。貴女ではないのよ?」
「いえ……でも……話を……」
まるで〝理解のある人柄〟を貼り付けたような笑顔が近付く。
瞳の奥に見えた底無しの圧力によって萎縮する楓美に耳元で
「返事はどう? 誰かの為に動くのは素敵なことだけど、貴女も不合格にはなりたくは無いでしょ?」
(楓美ちゃん。私のことはいいから自分のために考えてよ。一緒にいれなくて本当にごめんね)
桜香は楓美を思い楓美は桜香を見て決めた。
意思を曲げてでも叶えたいことのためには、己を捨て己を殺し心に刻むしかない。
「は……い」
――此の世にはどうしようも出来ないことがあることを。
力の無い返事に満足したのか立ち上がると、数々の修羅場を駆けてきたであろう背を向けて言った。
「これにて解散よ。質疑応答は勿論無し。本当に貴女も不運だったわね。でも、そんなものよ? 飢えるほど望んだ結末何て生きている限り叶う筈ないもの」
去り際に由空が口にした台詞が頭の中で反響して消えない。
改めて自身の無力さと立ち位置を知った二人。
無言で場を去り宿に戻るまで互いに視線を合わせることはなかった。
こうして、波乱を生んだ〝四季の適性検査〟は楓美の合格と桜香の失格処分によって幕を閉じる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます