第 伍拾弐 輪【生きる意思と闘う覚悟】
何処か懐かしい雰囲気が漂う場に呆然と立つ青葉。
周りを見渡せど何もなく。
そして、誰もいない。
これが現実であろうと夢でも問わず、味方がいないのは一緒だった。
誰にも信じて貰えない悔しい気持ち。
寄り添う家族のいない寂しい気持ち。
結局は何も成せない侘しい気持ち。
様々な感情の渦が混ざり合い、自身では止められず弱気になっていた。
「結局おいらは一人ぼっちなんだ。祖父ちゃんには殴られるし、頼れるお姉ちゃんは死んじゃった。お父さん。お母さん……」
〝いっそのこと、このまま死ねば楽になる〟
一瞬だけ脳裏に過った救済の道は、心の中に宿る生への解放だった。
そんな矢先、一つの人影が青葉の前へと現れる。
誰とも分からないが次第に懐かしい香りが強く鼻腔をくすぐる。
心を温めるように優しくて、ほんのり刺激的な香りだ。
距離としては近いようで実際は遠く、涙のせいで姿がぼんやりと乱れている。
その人影は淡々と消えてしまいそうな声でこう告げるのだ。
『きっと〝花の守り人〟になれるよ? 貴方は強い子だから。お姉ちゃんの大事な大事な弟だからね――』
それは、一番聞きたかった言葉。
それは、一番目指していた言葉。
それは、一番救われていた言葉。
死して尚も弟である青葉を救う浜悠の言葉だった。
青葉は何度も何度も頷いては、止まらない
これは夢であるのは明らかであり、脳が都合良く創造した幻覚。
結局は自身の想像の
真新しいこともなければ、何れは風化していく運命だ。
でも、それでも、消えかけていた灯火を再び燃え盛らせるのには充分過ぎた。
青葉は握り固めた拳を前へ出す。
「またね……ありがとう。お姉ちゃん――」
次第に頬へ感じるじんわりとした現実的な痛みで目が覚めていく。
手を伸ばしながら勢い良く体を起こし慌てて周りを見れば、古びた椅子に座る祖父の背があった。
「じっ、じぃちゃ……」
少しだけ気まずさもあり言葉につまる青葉。
それを察してか先に口を開いたのは祖父だった。
「青葉よ、先ほどはすまなかったな。鬼灯様を止めるには、あれしか方法がなかったんだ」
「爺ちゃん。お姉ちゃんが居たときよりも被害は無くなったのは分かるよ? だけど、村の人が貧乏になってまで、食料や家畜をあげるのは間違ってると思う……」
やり方はどうであれ村を守りたい気持ちは皆一緒だと思う青葉。
少しばかりの沈黙後、祖父は天井を向き言った。
木製の椅子をゆっくりと振り子のように動かすと軋む音が幾度も鳴り響いた。
「――うむ。それは重々分かっておる。鬼灯様が〝花の守り人〟ですらないこともな。だが、人は救いを求める。たとえそれが架空の存在だとしても、心の拠り所を作りたがる寂しい存在なんだよ」
あまりの衝撃的な一言に青葉は飛び起きた。
間違ってることを誰も指摘せず、流され、騙され、搾取されていることを理解できないからだ。
「えっ!? じゃっ、じゃあ……」
〝皆で力を合わせて闘おうよ〟
そう、言いかけた時――会話を遮る大きな足音が接近。
直後の乱暴に開けられた襖の音でかき消される。
表情からして〝浮かれている〟とはまさにこのこと。
突然、男が土足のまま目の前に現れ、喉に詰まる嬉しみの言葉を吐き出した。
「そそそ村長~。ほ、鬼灯様が帰って参りました! 外は生憎の豪雨ですが村の者総出で迎え入れています!!」
「何と、それは本当か!? こうしては居られん。早急に宴の準備しようではないか!」
大声で会話を交わり、子どものようにはしゃぐ二人は大慌てで部屋を後にした。
一人だけ取り残され唖然とする青葉。
何やら戻ってきた祖父が襖の隙間から真剣な面持ちを覗かせる。
「青葉よ、
祖父は用件だけ述べると静かに閉め早足で外へ出た。
「何だよそれ……」
府に落ちず疎外感に身を包まれた青葉は、寂しさを紛らわすため両親や浜悠の部屋へと向かっていた。
両親が亡くなってからはおろか、浜悠がいなくなった今でさえ一度も足をいれたことがない。
この世にいないことを受け入れたくなかったから。
でも今日ばかりは違った。
不思議な存在に導かれたような気がしたからだ。
「けほっ……」
部屋を見た限り小まめに手入れはされているようだ。
仏壇には少しだけ埃の被った
横には小さめだが木製の真新しい物が一つ。
良く見ると少しだけ荒めの形で手作りだった。
きっと、人知れず祖父がやったのだろう。
青葉はぎこちない正座をして頬を抑えながら言った。
「痛ててて。また、〝嘘つき鬼灯〟が来たみたい。お母さん、お父さん、おいらはまた行ってくる。何度倒されても諦めないが悪いのはしょうがないよね? だって、そう教わったからさ」
もう、弱音を吐いてなんかいられない。
小さき体、大きな心を持って一人でも戦う覚悟は出来た。
「お姉ちゃんごめんね。今だけでもおいらに
丁寧に壁掛けられた浜悠の刀を握り締め、意を決した青葉が玄関口に立った直後。
「「ぐぎゃぁ!!」」
「誰か、誰か助けてくれ~!」
「死にたくないぃ!」
外では〝阿鼻叫喚〟とした声の塊が、家中にいる青葉の耳をつんざいた。
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