第 伍拾壱 輪【井の中の蛙は現実を知る】

 七ちゃんによって洞穴を抜け出した一行は、花の都へ向かい歩いていた。


 花輪刀を抱いた待雪を中心に前後へ三人、左右に二人ずつが護衛をしている。


 雨避けになるものは何もなく、重なりあった木の葉が辛うじて受けていた。


 雨粒が肌へ当たる度に体温を奪い精神を削いでいく。


 誰も予測不可能な事態に荒くれ者である男達は不満を漏らしていた。


「それにしても酷い雨だ。早く温かい飯でも食いたいぜ。家で上さんと子どもが待ってんだ」


「あぁ、兄弟。俺もだ。慌ててたせいで手元には武器しかねぇ。野営も出来ないから徹夜で歩くしかないな」


「待雪の親分がかなり稼げるって言ったから来たけどよぉ。早く分け前が欲しいもんだぜ!?」


 男達は待雪に金で雇われただけの集団で報酬は高額な前払い。


 そして待雪が大事に抱いているのが、花の守り人の中でも――〝花輪刀〟。


 それは数千に一本の極めて稀な代物とされている。


 一寸程の切先でさえ売却すれば、末代まで安泰なほどの金銭を得られる。


 それが今回は〝完璧な状態〟で手に入った。


 多少の危険は有れど口達者な待雪の、と言う〝策〟に乗っかってきた。


 だが、今は尻尾を巻いて逃げている――その結果がこれだ。


 苦なく楽な道を選択したつもりが命を危険に晒している。


「まぁ待てよ、お前達。花の都にさえ着けば幾らでも豪遊させてやる。先ずは俺を安全に運んでくれ」


「「「へい」」」


 所詮は金で繋いだ関係性、そこに友情や信頼関係等毛頭ない。


 死のうが生きようが、自分だけが可愛ければ、自分だけが幸福であれば、後は有象無象だ。


 徐々に降雨は強くなれど対敵することなく順調に進んでいった。


 (鬼灯……嫌、鬼灯様と呼んでやりたい気分だ。あんたは本当に良い仕事をした。何せ、この世に唯一無二の特上品を持ってきたのだからな。この刀があれば、俺を馬鹿にした奴等を見返す事が出来る)


 己だけの野望を語る待雪だったがそんな矢先。


 明らかな異変に気付いた先頭の男が立ち止まる。

 その屈強な背中に当たって跳ね返されてしまい尻餅をつき怒鳴る待雪。


「んだ、痛てぇなお前!! 急に止まるんじゃねぇよ! もし、刀に傷でも入ったら今すぐ殺しちまうからな!?」


 早口でまくし立てながら、視線を前方へと向ける。


 豪雨の中で立っていたのは、薊馬に差し出した筈の鬼灯の姿だった。


 衣服は乱れ後頭部で結っていた髪が、顔にかかり表情が見えづらいが体格からして間違いない。


 驚きも相まって思わず護衛の男を突き飛ばし前へ出てしまった。


「こ、こ、こ……これはこれは〝鬼灯の旦那〟じゃねぇですか。ず、随分と探したんですぜ?」


 動揺は誤魔化してあたかも口では心配を装う。

〝まだ利用価値がある〟と瞬時に思考を巡らせた。


(何だよ。まだ生きてやがったのか。悪運だけが取り柄だと思ったが、全く……しぶとい野郎だな)


 更に強さを増す雨音に紛れて、微かに声が聞こえてきた。


「げでがぃ」

「このやどぉ」

「へぶばぁ」

「いだぎゃ」

「だずげ……」


 待雪はそれどころじゃないと、投げやって気にも止めなかった。


 鬼灯が生きていたことにより多少の誤算があれど、


 ここは上手く口車に乗せて機嫌を取った方が今後も使える。


「あの薊馬と殺り合ったのにかすり傷一つ無いときた! なぁ見ろよ、俺達の親分は凄い才能を持っているぞ!?」


 分かりやすく媚びを売りながら振り返った待雪。

 だが、先程まで十人いた男達はどこにもいなかった。

 

 否――

 今まで人であったであろう血肉の塊や食べ残しのような残骸が……だ。


 「ま、ま、まさか……!?」


 最悪の展開が頭を過ると再び鬼灯の方へ向き直す。


「ん~。脂少アブラスクなめってところね。だけど……体鍛カラダキタえすぎて、あまり美味オイしくないわ~」


 眼にしたのは切断された誰かの腕を、高らかと上げながら滴る血を豪快に飲んでる鬼灯の姿だった。


 長い舌で指を舐め回し味を採点すると、口に含んでいた物を勢いに任せ吐き出した。


「は?」


 脳内が混乱しながらも見た先には、木の幹に埋め込まれた


 待雪はおよそ人間技ではないと悟り、訳も解らず名を問う。


「誰だ……お前は……」


「あら、もう忘れたの? 薊馬アザミウマよ。


「それでもだ、死にかけのお前を救ったのは俺だ!! せっかくの大金を払って雇った奴等を殺す道理がどこにある!?」


 激情をして見上げる待雪と冷徹に見下す薊馬。

 腰を曲げて目線を合わせ笑みをうかべると、不気味なほど静かに耳元でこう呟いた。


「あら、ヒドいようじゃない?。こうえても貴方アナタには感謝カンシャしてるのよ。ワタシがまだ幼体ヨウタイだったあのヨル――浜悠アノコオトウト……名前ナマエ青葉アオバだったわね。ムラ金品キンピン家畜カチクアトは〝花輪刀ソレ〟がホシしくてたまらなかったんでしょ?」


 全身を愛撫されているかのような感覚が待雪を襲う。

 尋常じゃないほど鳥肌が立ち酷く不快で気持ちが悪い。


(こいつ、何処まで知っているんだ? 俺の……――)


 冷や汗が止まらなくとも雨がそれを綺麗に流してくれる。


 だが、心臓の高鳴りはそうはいかない。

 自身では抑えきれず呼吸が徐々に辛くなる。

 聞きたくなくとも耳に強制的に入る真実。


ムラ出身者シュッシンシャだった貴方アナタ浜悠アノココイをした。まぁ、ここからは極々単純ゴクゴクタンジュンなよくあるハナシられたハラいせに、鬼灯ホオズキちゃんや薊馬ワタシ使って復讐フクシュウ……そして、イノチウバわせた。キャッキャッ」


 薊馬の口から〝浜悠の死〟について語られ、待雪の嫉妬心を憐れむように嘲笑う。


 何故なら人間はつくづく〝愛〟だの〝友情〟だのと密接に関わったばかりに、愚かで救いようのない存在だと知ているからだった。


「お、お、俺は、そんなことは……知ら~ん!!」


「あら残念ザンネン不正解フセイカイかしら? 一応イチオウ浜悠アノコノウったからたってるハズだけど?」


 否定された薊馬は悩ましい格好で困ってみせた――勿論これは只の演技。

 

じわじわと獲物えものを追い詰め弱らせてから捕食する。


 苦悩に歪んだ顔が好みで、変わることのない根っからの性悪なだけだった。


「さぁさ、ハヤいてみなさいよ。あら、どうしたのかしら。イサましかったクチが、随分ズイブンフルえているじゃない?」


「それは武者震ムシャブルい? それとも……ワタシが恐ろしくてたまらないのかしら?」


 怯えて震える待雪の瞳と、意にも介さない薊馬の瞳が触れ合うまで接近。


 咄嗟に待雪は抜刀の姿勢で柄に手を添えた。


「うわあぁぁぁぁっ!!」


 芯からの叫びは限りない力であり己を鼓舞する強さの源。


 今や金を積んで雇っていた〝肉壁の駒共ばかども〟はもういない。


 薊馬によって無惨に食い散らかされ、残るは〝花輪刀〟を手にする待雪のみとなった。


 迫る危機を前にし絶体絶命の中、計らずしも彼の身に大きな奇跡が起きようとしていた。

 ――花の守り人の刀は


 時に例外とは、必ずしも起こるべくして起こる奇跡の産物だ。

 人生で立ちはだかる幾多の困難な壁や常識。

 その全てを否定し、この世のことわりさえも越える者。


 ――その名を〝待雪〟。


 仲間を踏み台にしてまでも彼が手に入れたのは、自然の摂理を無視する程の莫大で途方もない力だった……。


 しかし、それは自身に都合の良いだけの空想や夢物語での話。


 真に見るべき現実いまではなかった。


「へへへぇ、ちょっとだけ抜けた……かも?」


 眼前に広がる暗い暗い闇の中。


 これまで納めた成功を反芻はんすうしながら、絶望と後悔の波が押し寄せる。 


「はい残念ザンネンね――もう、時間切ジカンギれよ」


 そう告げた薊馬は大きな口を閉じて、独り言を呟く待雪を刀ごと丸呑みにした。 


 植魔虫は人と同じように、喰った分だけ自身の栄養となるが〝強さには直結しない〟。


 より良い肉体やあらゆる知識が必要不可欠であり、幾度も宿主を変えて寄生を繰り返している。


「キャッキャッ、少しぎたかしらね。さぁてと、鬼灯ホオズキちゃんとの約束ヤクソク――ヤブらないとね!」


 薊馬は大きな腹を重そうに抱え、満足げに笑みを浮かべながら村へと向かう。



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