第 拾陸 輪【一筋の光を求めて希望にすがる者】

 まるでを纏めたような〝悪臭〟は、最深部へと歩を進める度に強く色濃くなる。


 入り口に立ってから現在に至るまで、幾度も耳へと刺さる〝奇怪な異音〟。


 それは、食事の匂いを嗅ぎ付けた動物の様に、〝喜び〟〝踊り〟〝高鳴る〟。


 植魔虫が表せる最大限の感情そのもの。


「アヒャヒャッ……キャッキャッキャッ……」


 それは洞窟内に響く足音や、降りしきる雨音を全て掻き消す程だった。


(ここはいつ来ても、臭せぇし、うるせぇ。何より、それに耐えた俺を褒めて欲しいぜ……)


 拾い物の〝花輪刀〟に、相当心が浮かれていた鬼灯の足取りは軽く、〝家畜〟を引く手は力強くなる。


 野生の勘でおびえる家畜達の足取りは鈍く、地面に転がる〝異物〟も相まって、進み具合は想定より遅い。


 唯一、〝七星天道虫ななちゃん〟だけが、静かに腰袋に収まっていた。


 洞窟内はため、本来ならば逃げ仰せる状況でさえ、一歩ずつ滑る様に引きずられていく家畜達。


 救いを必死に懇願こんがんする鳴き声さえ、一切の同情なく耳をかたむけない。


 過去の辛い記憶と共に、救いを求めた自身が


 誰が泣いてもわめいても、ここまで心を〝鬼〟にしてきた。


 ……。


 引き綱に血がにじもうとも、鬼灯は至って冷静な表情をしていた。


 進むにつれて家畜達の抵抗力がより一層、強くなるのが右手を介して伝わる。


 すると突然、何かを思い出したように立ち止まる鬼灯。


 おもむろに後方へ振り返り、言葉を理解出来ないと思いつつも「もう少しで、お前達も楽になれるさ。こんな事を言うのも変だけど、


 そう、憐れみの視線を家畜に送りながら言い捨て、気を取り直して再び前を向く。


 腐敗臭を肺に溜め込むのもいとわず深呼吸をして、より一層力を込めて綱を引き絞る。


 闇の中、何かを思い詰めた様な表情をする鬼灯を、気にかける者や励ます者はこの場にいない。


(俺とした事が、変に感傷的になっちまったな。家畜こいつら〟は、たんなる〝餌〟だ。それ以上もそれ以下もない)


 「先へ急ごう。もう少しだ」


 唇を噛み締め気合いを入れた鬼灯は、余計な考えを止め再び歩みを進めた。


 灯りのない洞窟内では全身に絡み付く様な闇が、無防備の鬼灯一行を呑み込み続け。


 自ら伸ばした手元さえも見えない状況でさえ、速度を落とす事なく歩み続け。


 先ほどの急な悪天候のせいか、濡れた体も相まって、身の毛もよだつような空気感が漂う。


 目的地に行くなら無心でひたすらに前へと歩めば良い。


 が、〝正常な思考〟さえにぶらせていた。


(いつ来ても気味悪い所だな。まぁ、今日でこの地獄も終わる……まぁ、良しとするか)


 奥へ進めど進めど〝深く暗い闇の中〟であり、視覚的な進行は分からずにいる。


 生憎、松明たいまつや灯りとなる物は、持ち合わせていない。


 理由としては、一度決めた覚悟が揺らがないためや、そもそも用意するのが面倒だから……。


 そんな〝戯言ざれごと〟が一瞬でかすむ程の、一番重要で肝心な意味がある。


 だ。


 悪臭による〝嗅覚〟、奇音による〝聴覚〟の刺激等、大した障害にはならない。


 脳にこびりつく程の悪夢を作るのは、いつだって〝視覚〟から入り込む。


 時に、消してしまいたい〝記憶〟は心をむしばみ、正常な人格さえも変えてしまう。


 今の鬼灯がそう、気の遠くなる様な時間と、気が狂うほどの空間を放つ洞窟を突き進んだ。


 気づけばいつの間にか、辺りは不自然な程にとなっていた。


 まるで嵐の前の静けさが如く、落ち着いた雰囲気が恐怖を引き立てる様。


 ――ついに〝最深部〟へと辿り着き、より深い闇を纏う木製扉が、目の前に立ちはだかる。


「やっと……着いたな。ここで終り、ここから始まる〝鬼灯様の物語〟ってな」


 鬼灯一行が〝気力〟〝体力〟共に、限界まで磨り減っていても、ここからが本当の〝始発点〟。


 第一の目的である〝森の魔物〟狩りを果たすために――他人から花輪刀をたずさえてきた。


 一際、禍々まがまがしい異彩を放つ木扉を、息を止めて力の限り押した。







 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る