第 漆 輪【志が同じの少年と疑惑の守り人】

 鼓動や呼吸の音でさえも極力立てず、気付かれないように優しく丁寧に持つ。


 第一印象は母の刀と比べて大きな割には、が手の感触から伝わる。


(よし掴んだっ!! 後はゆっくり引き寄せて……


 そう強く心で念じながら、柄に掛けていた右手に力を込める。


 刹那――刀を持っていた手の甲に、少し大きめの石礫いしつぶてが直撃する。


 当たって弾かれた後、そのまま寝息を掻いている村長の口に入っていった。


 一体、何が起こったか分からない桜香は「いっ……痛っ……!!」と、反射的に声を発した。


 宴に酔いつぶれた鬼灯含む村人達は、起き上がりそうにない程、深い眠りについている。


 大声を上げて絶叫したい程の痛みだったが、奥歯を噛み締めて耐え凌いだ。

 それでもあまりの痛さに、瞳一杯に涙が溢れ出す。


(泣いちゃ駄目だ。冷静に考えて。石は外から投げられた?……どうして?)


 幸い血は出ていないが、赤く晴れた右手をさする。


 周囲をいくら見回せど人らしき姿はないが、微かなは感じ取れた桜香。


 すると、小さな声で『おい。。ちょっと外に来てくれっ』と、大人ではない声が聞こえた。


 怒りが収まらない桜香は「分かったよ……もうっ!!。 跡が残ってお嫁に行けなかったら、怒るからね」と、半ば口を荒げて言う。


 桜色に染まる頬を、膨らませながら静かに外へ行く。


 親の仇の様な顔で辺りを探していると、1つだけほのかな灯りのついた家屋が眼に止まる。


 入り口には外に向かって飛び出る手があり、女の子の桜香よりも肉付きが細い印象のある手だった。


 本当は1人で夜には出たくなかったが、鳴り止まぬ鼓動を呼吸で落ち着かせながら歩く。


 静かに入り口付近まで行くと、先程まで出ていた手は引っ込んでいた。

 植魔虫が灯りに釣られて襲ってくるかも知れない。


 にもかかわず、扉は開けっ放しで室内を見る限り視界には人がいない。

 造りは同じの家屋に恐る恐る足を踏み入れた。


 その時、扉が勝手に閉まる音がし「お前、今日来た旅人だろ?。 1つ聞くけどの〝花の守り人〟か?」と、意外な質問をされる。


 細長い棒状の物を左斜め下から、首に当てられていた桜香だったが、怒りを抑えながら極めて冷静に答えた。


「私は〝花の守り人〟じゃないよ。でも、そうなるために早く〝花の都〟に行きたいの。何か用があるから呼んだんだよね? ねぇ、


 桜香に確信を突かれた声の主は、余程動揺が隠せないのか、しどろもどろに答える。


「じゃっ……じゃあ、は誰の刀何だよ?まさか、殺して奪っ――」


 話半ばで即座に、桜香の「違う」という言葉がさえぎる。


〝嘘〟〝偽り〟のない瞳を見た刀泥棒は、あまりの真っ直ぐな態度に無言になった。


 そこに追い討ちを掛ける様に「あれは大事な刀なの。〝花の守り人〟だっただから、返して欲しいんだけど?」と、力強い眼差しで言った。


 強い想いが通じたのか首元の感触がなくなり、途端に桜香は視線を刀泥棒が居る左へと向ける。


 すると、自分よりも幼い印象を受ける少年が、涙をこらえ体を震わせながら立っていた。


 室内の灯りに照らされ、黒髪に少しだけ混じる青い毛色が特徴の少年は言った。


「おいらも同じだよ。村長じいちゃん達は騙されてるんだ。あの鬼灯って奴にさ!!」


 されど表情は変えず「ふむふむ。事情は分からないけど……何があったの?」


 事の顛末てんまつを優しく引き出す桜香。


 その後、興奮した少年がこれまで村に起こった事を説明してくれた。


 口早で沢山の事を聞いたが、物事を冷静に頭の中で整理する桜香。


 まず初めに鬼灯さんは〝花の守り人〟じゃないこと。


 定期的に大量の家畜を要求し、その後いなくなっていること。


 誰も狩りを見た者はいない上に、決まって夜にはいなくなること。


 あの時、石を投げたのは余所者である桜香に騒がれては困るから。


 そして、刀を盗んだことを謝るためと聞かされる。


 村長を祖父に持つ少年は、花の守り人について嫌になるほど聞かされていたみたいだ。


 ある酒の席の時に命である刀を、雑に扱う鬼灯を見て偽物だと疑っていた。


 考えている桜香に少年は、言葉を選びつつも力強く言った。


『だから、植魔虫を倒せる刀があれば、皆が鬼灯あいつに頼らなくてもいいかなって思ったんだ……』


 桜香はその思いを聞いて正直驚いていた。


 見るからに10~12歳が良いところの少年が、〝花弁四刀〟を背負って走った事。


 そして、人から奪ってまででも助けたかった自身の家族への思いに……


 だが、感心と親近感が湧いていた矢先、少年は驚愕の事を口にする。


「だけどさ。おいら知らなかったんだ。花の守り人の刀は……」


「本当はここに持って帰りたかったんだ。けどさ、あの刀――見た目の割にし、このまま使えないと思って崖から森に向かって投げちゃったよ。ごめん……」




 

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