第17話 世界七大神秘

 

 味気ない枯れた地面を踏みわけて、あかるい日のもとへ帰還をはたす。

 顎に手をそえ思案しながら、私は背後へふりかえる。


 そこには負傷した男のものと思われる血痕けっこんが、森の暗闇のなかへと、ながながと続いているばかり……だが、


「……まぁいいか」


 私は暗闇から視線をにがし、冷たい太陽に照らされる馬車へと歩みよった。


「≪不可視ふかし拒絶きょぜつ≫≪源魔力げんまりょく≫……≪不可視ふかし拒絶きょぜつ≫≪源魔力げんまりょく≫……≪禁忌出航きんきしゅっこう≫……」


 馬車をかこむように、対物理の魔力障壁を展開しおえ……ふと、空を見あげる。


 針葉樹海にはいってから、気になってはいたが……たしかめてみよう。


「≪術式暴じゅつしきあばき≫」


 杖を天にかかげて、適当にふりふり。


 おや、なにも反応はない。


 なにかしら引っかかると思ったが。


「ふむ……魔術式をもちいた魔法ではない、か」

「先生、いったいなにしているんですか?」


 御者台で暇そうにしていたクリスは、乾燥した空気に白いいきを吐きながらそう言って、味気ない枯れ草の大地におりたった。


「すこし気になることがあった。空気中の魔力濃度が気持ち高いような気がしてね。誰かが魔法をかけているのかと」

「それも神秘の魔法ですか……使われてる魔法がわかるんですか?」

「使用された、あるいはされている式魔術の魔術式がわかる。特に隠蔽などされていなければ、式から魔法を推測できる」


 かたわらのクリスに杖をむけて、もう一度同じ魔法を唱える。


「≪術式暴じゅつしきあばき≫……クリスの使っている魔法は≪だん≫≪暖熱だんねつ≫≪熱力操作ねつりきそうさ≫≪熱持続ねつじぞく≫……ん?」


 杖をクリスの鼻先からはなし、だらりとやる気なく脱力して腕をさげる。


 目元をふせるクリス。


 私はスッと手を伸ばし、クリスの高揚したほっぺたにふれーー、


「熱……ッ!?」

「ひゃっ! ちょっと先生、なにするんですか!」


 火傷したかと思った。


 なんだこのクリスの異常すぎる体温は。


 魔法もかけすぎだ、寒がりにもほどがある。

 こんなの常人だったら、とっくに死んでるはず。


「クリス、なぜ君はそんなにホットなんだ」

「えへへ、それってセクシーってことですか?」

「まじめに聞いている」

「……すみません」


 ポニーテールが元気をなくして、しなだれていく。


「勇者だから、いろいろあるのです。それに、あたしは乙女……先生に言えない秘密もあるんですよ」


 1ミリも答えになっていない。

 何のためにそんなに体温をあげているんだ。

 それは勇者のちからと何か関係があるのか。


「いま、体温をさげる魔法をかけたら、怒るのか?」

「怒りますよ、そりゃ。まったく、誰のためにこんな熱い思いしてると思ってるんですか」

「はて、わからないな。誰のためだ?」


 頭をかかえ「ダメだ、こりゃ」と首を横にふるクリス。双眸によどんだ緋色をやどしてにらんでくる。


 彼女の真意をつかみとろうとジッと見つめる。


 やがて、クリスは堪えきれなくなったとばかりに、頬を朱色に染めて、私から顔をそむけてしまった。


 残念だ。

 じっくり観察したかったのに。


「ん、あの人、起きたかもしれません」

「なに?」


 口元をおさえ、なにやらニヤニヤしていたクリスだったが、急に表情をひきしまったものにかえると、スタスタ馬車へと歩いていってしまう。


 馬車にもどり、クリスの背後からなかを覗きこむと、エイミーとパス、そしてネフィが横になっている男を、足先でつついたり、

 その腹のうえに座ったりして遊んでいるようすが見てとれた。


「うぅ、いた、ぃ、ぐっ、一体、な、なんだ、この子どもたちは……?」

「ネフィはエイデンさんのむすめ!」

「エイミーはねー、変態殺人鬼に捕まってるんだー」

「パスは……パスは、パスです」


 男が目を覚ましている。

 やや手荒におこされたようだが、都合がいい。

 寒く、殺風景な針葉樹で、バードウォッチングをたしなむ趣味はないのでな。


「ネフィ、エイミー、パス、そこをどくんだ」


 杖をふって少女たちを座席に移動させる。


「ッ、き、きみたちは一体?」


 破けたローブに身をつつむ魔術師は、警戒したようすで、馬車入り口にただすむ私たちへ聞いてくる。


「すぐそこで死体のロールプレイしていた君を、私たちが助けた。

 わざわざ銀貨1枚と銅貨6枚もする、高価なポーションを使用して肩の傷をいやしたんだ。

 君にはまず、感謝の気持ちをのべる義務がある」

「先生、あたしのポーションです。そういう言い方はやめてください」


 クリスに鋭い視線をむけられ、押し黙る。


 なぜだ、クリス。


 こちらが払った対価をつたえなければ、この男が私たちに返さなければいけない、恩の大きさを測りそこねるだろうに。


「もう大丈夫ですよ! なにも恐いことはありませんから。森から逃げてこられたようですけど、一体なにがあったのか、あたしたちに教えてはくれますか?」


「ぁ、ああ、おれは助かったのか……助かってしまったのか……ぅぅ、ぁぁぁ、ぁぁぁああ!」


 男はあたまを掻きむしり、狂ったように声をあげて泣きはじめてしまった。


「やかましい」


 杖をふって、男を馬車から放りだす。


 男は背中から枯れ草の地面をおちて、転がり、痛みに低いうめき声をあげはじめた。


「先生! 乱暴なことはやめてください!」

「暴力の権化のような君がなにをいう。合理的にやらせてくれ。

 セイ・オーリアを目前にして、こんなところで時間を食うのは不愉快だ。さっさと訳を話すんだ」


 膝立ちになり、恨めしそうに見あげてくる男へ、しゃがんで、視線の高さをおとし矢継ぎばやにたずねる。


「……そうだな。まずは、助けてくれて、あり、がとぅ。おれの名はアーガイル・ポートロイ、

 冒険者パーティで後衛火力支援を担当していた、見てのとおり魔術師だ」


 痛みで正気がもどったのか、不可ない、ろれつで言葉を自己紹介をはじてる男ーー魔術師アーガイル。


 相変わらず睨まれてるが、この男に好感をもたれる必要はないので、このまま話をすすめる。


「なぜあんなところで倒れこんでいた。いったい何から逃げていた?」


 すぐちかくの、鮮やかな血にそまった、木の根本をゆびさす。


「……黒いバケモノだ。この森にはバケモノが住んでたんだよ。俺たちはポルタ級冒険者だったんだ。だが、もうおれ以外はだれもいきちゃちねぇ」


「ほう、興味深い。しかし、なんだ……バケモノだと? それは『怪物かいぶつ』ではないのか」


 いい間違えと考え、かれに問いかえす。


 怪物ーー人の倒せない領域に座する、いにしえより伝わる魔物、あるいはそれに匹敵する脅威のこと。


 怒らせれば人類絶滅必須のモノもいることから、冒険者ギルドは、本来はこの怪物への積極的な干渉を禁じているはずだ。


「……ああ、そうだ、それ。怪物なのかもしれねぇ、おれにも何が起きてて、何が真実で、何が嘘なのかわからなかった……なぁ、あんたたち、悪いことは言わない、

 はやくここから立ち去ったほうがいい。ギルドに本格的な討伐隊を組んでもらわねぇと、あれは無理だ……」


 アーガイルはよろよろ立ちあがり、馬車へとはいっていく。


 まるではやく出してくれと言わんばかりの態度。


 顔をおさえ、洗い、頭をかかえている。


「大丈夫です、安心してください! あたしたちはちょうどセイ・オーリアへむかう途中だったんです、すぐに安全な場所に連れて行ってあげますよ!」


 健気なクリスはアーガイルの手を握り、太陽のごとき笑顔で、傷心の男をはげます。


「ああ……そうか、それはよかった。ちょうどその街のギルドに、いこうと思ってたところだったんだ」

「……セイ・オーリアのギルド?」


 アーガイルに聞き返す。


「ああ、そうだ。セイ・オーリアのギルドから俺たちは来たんだ」


 アーガイルは、幼い少女たちに、馬車内から遠巻きみつめられ、苦笑い。


 なんとも人の良さそうな印象を受ける。


「あんたも、はやく乗ったほうがいいですよ。ここにいるのは危険だ」


 私を気遣ってくれている。

 やはりいい性格なのだろう。


 ただ、いっぽうで気持ち悪さは増すばかりだ。


 ゆえに私は選択する。


「馬車はださない」


 はっきりと言い切った。


 私は杖をゆっくり持ちあげて、10メートル先の馬車に乗りこもうとするアーガイルの背中をねらう。


 クリスや娘たちにあてないよう、杖先を微調整。


 致命の魔法、心のうちで唱える。


 貫き、焼き殺せーー≪なんじ穿うが火弾かだん≫。


 体内から杖先へ、純粋魔力が式をとおすことで火属性の魔力へ変化。


「ッ! せんせーー」


 死の魔法は、あか疾槍しっそうとなり、暖色の軌跡をのこしながら、アーガイルを馬車ごと貫通。


 窓、乗車扉などおかまいなく、溶解して、綺麗にあいた風穴のむこう……街道のを挟んだ反対側へ、体を撃ち抜かれたアーガイルは力無くころがった。


 赤々と蒸気をあげてとける窓枠に、興味津々のネフィたち。


 他方、クリスは、吹き飛んでいったアーガイルを見たのち、すごい勢いで私をみてきた。


「な、何してるんですか!? 本当に頭イカれてしまってるんですか、先生! 答えてください! なんでなんの罪もない彼をーー」

「クリス、あの大剣を構えたほうがいい……どうやら、殺しそこねたようだ」


 私は、馬車をぐるりとまわりこみ、街道の反対側へ走る。


 視界にまっさきに飛びこんでくるは、枯れ草のうえでグジュグジュと流動し、形を変える赤黒い液体だ。


 そこで、今、まさに起きあがろうとしている、アーガイル・ポートロイだったモノへ杖をむける。


 すぐに駆けつけてくるクリス。


 彼女は赤黒く脈打つソレに目を見張ると、間髪いれずに、

 赤い粒子を手のうちに精製ーー火花散る強力な魔力の波動とともに星剣せいけんアレスを手にとった。


「先生、こ、これは?」

「……世界七大神秘のひとつ、『くろ眷属けんぞく』と呼ばれるモノたち、その一部だ」


 つとめて厳かな声で、私はゆっくりとそう告げた。

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エリート魔法使い、サイコパスにつき:殺そうとした彼女は、勇者の末裔だったらしい ファンタスティック小説家 @ytki0920

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