墓標
調停国の人口は十万人を突破して、今やどの国とも立派な街道で繋がっています。
ゴーレム達が拵えたレンガの道は長大で、馬車の旅も快適なんのその。歩くのも楽なので大変助かります。
私たちは聖教国からとんぼ返りで調停国へ。
聖剣の重みを感じつつ故郷へ帰って参りました。
今は小高い丘の上に立っているので調停国の首都の様子がよく見えます。
きちんと整地された草原の上には、放射状に建物が並んでいて、軍兵が通るための大通りも東西南北に四本あります。あそこを通る騎士の凱旋パレードは士気がたいそう上がります。
領民は2階建ての家から花びらを撒き、ミスリル鎧を付けた騎士たちは軍馬から手を振り応える。先月にもそんな風景が見られました。
だけど、生きている人が増えれば、死ぬ人も同じだけ増えます。
人の心を安寧の揺り籠で安らげるために、墓場も大きく膨らんでいくもの。首都から少し離れたところには白大理石の聖廟があり、傍らには身分の貴賤を問わずに墓標が並んでいます。
私たちは丘を下り、墓標まで歩きました。
「お父さん、何度か死ぬかと思いましたけど無事に帰ってきました」
フルド姉がアルカラさんの墓標を清潔な布で拭いております。
悲しいけれど、中身は空っぽ。
辛い時代こそ──空の墓標は増えるものです。
「アリシアもお祈りを捧げてきたら? 貴方はいずれは国主になって聖教国の重鎮も務めるんだから、
「うん」
フルド姉は最近ますますシリウスさんに似てきました。私はと言うと、実は助言を貰う度に心が弾んでしまうのですが、絶対にそれは言えやしません。
「カマエル……行こっか……」
「………………」
カマエルは半身が精霊であるため無限の寿命を持っています。ホムンクルスである私と同じで、皆と同じ時間は歩めません。
今はシーラ先生とクリカラさんのメンテナンスがありますが、ゆくゆくは自分の体は自分で面倒を見ないといけないでしょう。
「オーケンハンマーさん、アロウさん、無事に帰ってきました」
二つ並んだ墓。祀る人は名前しか知りません。
暖かく、大きな手で撫でられたことがあるのでしょう。アリシアとしての記憶が半分の魂に染み付いているので、目を瞑れば淡い思い出が見えるようです。
「水やり、水やり」
私用のジョウロと水桶は墓場に置いてあるので、それらに水を汲んで持ってきてあります。
アロウさんのお墓の周りにはマリーゴールドの花が育ててあるのですが、草原は降水量が少ないのでたまに水をやらんとならぬのです。
しぼんだ花は摘み取り、新たな花の栄養を残してやります。
この生命の選定じみた作業は苦手ですが、花はこちらの感情なんて汲んではくれません。こちとら水を汲んでやっているのにです。
「お酒、お酒」
オーケンハンマーさんの墓に酒をぶっかけます。
そう言えば……以前にワインをぶっかけたら引くほど怒られました。澄んだ酒じゃないと駄目だと、なぜ誰も教えてくれなかったんでしょうね……。
「カマエル……そうだね」
ちょっと離れた場所にあるのはカマエルの大切な墓。
それは聖廟の一番近くにある──賢狼ガブリールが眠る場所。
彼女は寿命で亡くなったのです。
ガブリールは多くの子供の遊び相手を務めておりました。10年前に少年少女だった彼らは、今はかつての友人に思い思いの品を捧げております。
干し肉だったり、果物だったり、どれも彼女の好物です。
一日捧げたら近所の悪ガキが回収しに来ますが、それはそれで自然の摂理感があってよろしゅう思います。腐るよりは良いです。
「くぅん……」
カマエルは冒険やダンジョンに潜る時以外は、ずっとお墓の前に居ます。
今もお墓の前で体を丸め、目を細めて小さく鳴きました。
ガブリールはカマエルの教育を熱心にしていました。
獣の狩り方、人との付き合い方、生意気な野良狼が居ればビビらせ方とかも教えておりました。そのおかげで私たちの相棒もバッチリと務められています。
けれどカマエルが独り立ちすると、自分の使命は聖廟の墓守であると、彼女自身が定めたのです。
一部の人しか参らないこの聖廟は、多分に漏れずに中身は空っぽ。けれど、魂魄の残滓はそこにあるのだと、ガブリールは信じていたのでしょう。
雨の日は聖廟の中で体を丸め、晴れの日は聖廟周りに植えたマリーゴールドの花を嗅いで満足そうにしていました。
参詣する人がいれば荷物を持ち、見送りに吠えるのはこの墓場の名物でもあります。皆がガブリールを愛し、ガブリールは愛に応えました。
そして冬のある日の朝、聖廟の中で、ガブリールは冷たくなっていました。
子供たちの泣く声が辺りに響いていたのを覚えています。
──アンリが如くに振る舞う。
アンリという人間を聖廟に奉るのは、諸国の猛烈な反発を招きました。
一つの時代、大量の死者、責任の所在は誰かに押し付けたいものです。
アルファルド一人の死──と言う帰結では怒りは静まらなかった様子。
「世界はそれでも変わりはしない」
口走ったのは自分でもよく分からない言葉。
世界は良い方向に変わっているというのに、年寄りじみた独り言を零してしまいました。このままではフルド姉に冷水をかけられしまうでしょう。困る。
「行くの、アリシア? 私も……」
フルド姉が所在なさげな様子で尋ねてきます。
彼女は大切な相棒ですが、ここから先は私の
「泣く姿なんて見せたくないから」
聖剣の鞘が腰のベルトにしっかりと固定されているか確認。
改良版の治癒ポーションは売るほどにあります。
体も鍛えに鍛え、今や私は大陸で二番目に強い存在でしょう。
遺物も持てるだけ持ちました。後は覚悟さえあれば、大丈夫。
「ダンジョン最深層に行ってくるね」
そこに答えはある。
あれから10年、ずっと探し求めていた答え。
あの方が王宮を追放された年齢にやっと追いついた。
今日、この時の為に、私は人生を積み重ねてきたのだ!
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