最終章
その後の歴史!
エピローグの投稿に従い、一度完結設定を外しました。
────────────────────────────
うつらうつらと船を漕いでおります。
よく手入れされた机と椅子のセットが等間隔に並んでいて、学友たちは先生の言葉をしっかりと聞いております。
ですが……私は船を漕いでおります。このまま漕いでいたら海すら渡ってしまいそう……。
「──かくして王都動乱より十年。歴史は多くの流血を人々に強い、それでも懸命に頑張るあなた達のお父さん、お母さん、お兄さん……やお姉さんの力により、平和は保たれています」
シーラ・ルンベック先生がとっても良いことを言ってました。
机の間を練り歩く彼女はいつもの事ながら美しく、金糸の長髪が歩くに合わせてサラサラと揺れていました。
あの方は大きな魚を逃して行ってしまったのだなあ……とガックリすることしかり。女の私から見ても本当にキレイで、憧れでもあります。
「我々が住まうアーンウィル調停国。背負う〝調停〟という重く……尊き任、この意味が分かる人は~、えーと……今日は十四日だから、十四番の学籍番号はっと……?」
大きな黒革の手帳がペラペラと捲られます。
十四番の彼女は私の目の前に座っていて、それはそれは……見ていて
「ステラ? 大丈夫……答えられますか?」
みんなの妹分ことステラは緊張しきりです。だってまだ九歳児ですもの。
狼の獣人である彼女は白銀の獣耳をぺたりと伏せていて、口元を手で抑え、目線は左右に泳ぎっぱなし。
「あああ、あのその、……えっと……」
「ゆっくりね。焦らなくていいからね。じゃあ質問を変えて……貴方の父君であらせられるシリウス一級調停宣武官は普段どんなお仕事をされていますか?」
「せ、戦争をしている人たちは……ホントは戦争を止めたがっています……。とと様はお互いの顔を立て……妥当な平和を誓わせるお仕事をしています」
「その通り。では母君のラウ一級調停内務官は?」
「とと様が帰ってこないと……た、ため息ばかり……」
「そうですねえ」
後半は唯の家庭事情でした。
ステラは半泣きでこちらをジッと見つめてくるので、私は漕いだ船をいったん着岸させて、助け舟を漕ぐことにします。可愛い妹分ですもの。
「はい! 私たち調停国は喧嘩してる人たちの横っ腹をぶん殴り、ちょっとばかりのお駄賃を頂いて仲直りの〝調停〟をします! なので調停国──世界の裁定者として大きな役割を果たし、恐れられているのです! 宣武官は危険な現地に入って難民や孤児の保護をして、魔物を倒します。内務官はそのサポート、あらゆる事務手続きと財政元である拝月銀行を管理し、資金を確保して組織を維持させます」
「ぶん殴り……ですか。言葉は濁しましょうね……ああ、若いって怖い……」
「先生もまだまだ若いし、キレイじゃないですかぁ。二十四歳でしたっけ」
「女性の年齢を衆目に明かすと、不幸が訪れると言い伝えられております……」
結婚はまだしないんですか! と聞こうとした私は口を噤むしかありませんでした。子供の時分からお世話になりっぱなしのシーラ先生です。尊敬と根源的恐怖が魂魄に刻まれておりますので。
「それでは教本の朗読をしますね──」
先生の朗読を聞きながら、教本に目を滑らせることにしました。
それはちょうど年表のページに差し掛かっていて──
王国歴750年
・王都動乱により以下の王族が死亡。
アルファルド・フォン・ボースハイト・ラルトゲン(国王)
アンリ・フォン・ボースハイト・アーンウィル(第12王子)
・王都動乱の同時期に謎の機械生命体が出現したが、ミルトゥ・フォン・ボースハイト・ノイハレと真祖国が包囲網を組み殲滅。
・ヨワン・フォン・ボースハイト・ドラグリアが王位継承。慣例であるアルファルドとラルトゲンの王命は襲名せず。異名は
・王国北部および南部で大反乱勃発。補給線の途絶により王国は前線維持が不可能となる。ヨワン王主導で和平交渉開始。王国は国土の一割を失う形で各国と調印し、内乱の鎮圧に尽力する(対ダルムスクはサレハ王子、対獣人亜人連合はシリウス・シルバークロウが協力した)
王国歴751年
・ミルトゥ王子が王国より独立。ノイハレ大公国を称し、王国に宣戦布告。王国はノイハレ地方の大穀倉地帯を失う。
・アーンウィルが王国より独立。アーンウィル調停国となる。国主はサレハ王であり、後見人としてシリウス・シルバークロウ(兼一級調停宣武官)とクリスタ・ラウ(兼一級調停内務官)を指名。時期を同じくして王国がアーンウィル調停国の保護を国際的に表明。
王国歴752年
・魔物共生派による
・ダルムスク自治領が独立宣言。王国に宣戦布告。サレハ国主による調停により、半年後に和平。
・北部反乱軍の平定。南部反乱軍はヨワン王の交渉により武装解除。
聖暦1年(旧王国歴753年)
・王国内で共和制を望む声が強くなる。反乱を防ぐためヨワン王は教皇クラウディア・ルーディ・ヘンデルと成婚し、国号を変更。ラルトゲン王国はルーナ聖教国となる。
・太陰太陽暦か純粋太陰暦のどちらを採用するかで聖教国内で紛糾。クルツ伯とマティアス二級調停内務官が議場で乱闘騒ぎを起こす。クルツ伯
聖暦2年
・拝月銀行が聖教国すべての都市に支店を開く。
・聖教国と大公国が和平。穀物の交易条約が結ばれる。同時に魔物共生派の活動が自然消滅。大公国は公的に魔物共生派との関与を否定した。
聖暦8年
・拝月騎士団が聖教国および調停国から魔物を〝全て〟駆逐。恒久的平和を宣言。
どれもこれも知っている歴史。
世界は少しずつ良くなってきています。
不可視の糸で人々の心を操る魔王は死にました。
「………………」
いつの間にか青のスカートを握りしめていました。
白のブラウスを涙で汚すのは不格好。私は決して泣きません。
沈む気持ちを抑え、年表の最後に一文を書き加えました。
聖暦9年
アリシア(私)が十六歳になる!
──と。
厳密に言うと年齢はあやふやな所があります。
肉体年齢か精神年齢か、みんなと色々と話し合った結果──体の方に合わせました。
授業は終礼の鐘がなり、シーラ先生がにこやかに「気をつけて帰りなさい」と言いました。生徒たちは教本を手に満足気に教室から去っていきます。
「アリシア、そろそろ時間よ」
クールぶった姉御分がやって参りました。フルド
教室外の芝生に立っていて、開いた窓からこちらを呼んでおります。
こちらもステラと同じく白銀の獣耳。ぱつんと切りそろえた前髪、後ろで一本に束ねられた長髪も同じ白銀の輝きを有しております。
みんなはクールでカッコいいと黄色い声を上げていますが、私は本当の顔を知っております。
「王宮に忍び込んで……国宝を借りるミッションだね。フルド姉」
ダンジョン深層探索の相方は狼のカマエルを従え、私を迎えに来てくれているのです。
「普通にヨワンさんに言えば貸して貰えると思うけどね……」
「無理だって。聖王様だもの、面子があるでしょ」
それにあの方も十六歳の時に王宮に忍び込んだのだ!
私だって出来るはず!
そう決意を固く秘めた私は、カマエルの頭を撫でくりまわしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます