第145話 王族乱舞
かくして急ごしらえの王族四人によるパーティーが結成される。ゴーレム経由でクリスタと連携を練り、王子四人による役割分担の話し合いが成された。
戦地と化したイルキールの大通りは雲霞のごとくと形容すべき、ひしめく亜人の群れに支配されている。誰も彼も必死で俺たちを殺そうと突進してくる。
全身を毛皮に覆われた、大熊のような獣人が襲いかかってくる。
大力を見せつけるようにして腕を振るい、俺の首を飛ばそうとしてくるが、一歩下がり突きを繰り出して死に至らしめる。
三百は居るかという亜人や獣人の群れに──ゴーレムが突進する。俺の横を通り過ぎて五体、鉄騎が地面を揺るがす轟音を上げながら戦列を滅茶苦茶にかき回していく。亜人兵の後方からも悲鳴が上がっているので、ゴーレムによる挟み撃ちが成功しているのだろう。
「この者たちは死兵だ。追い詰められた獣は危険だと心せよ」
ヨワンが聖剣で五体の亜人を一度に斬り殺す。
前衛は俺とヨワン長兄、精霊魔術師としてミルトゥが後方で氷の大精霊を操っている。セヴィマールは直接的な戦闘力に欠けるのでゴーレムを見つけては陰に隠れていた……。
「避けろッッ」
ヨワンが俺をドンと押す。
重力が無くなったかのような浮遊感の後、地面にぶつかる直前に片手をついて体勢を立て直す。すると俺が先程まで居た場所に氷の嵐が通り過ぎていく。
暴力的な冷気は全ての亜人兵を一瞬にして氷の彫像に変える。溶けても元通りとはならないだろう。
「悪りいな。うっかりだよ」
「殺すつもりか? 貴様……この期に及んで、痴れ者が……」
「うっかりって言っただろうがよお。結果、避けれたしな」
あの氷の一撃は耐えれただろうか──推定するに、恐らくだが致死にはならない。余りにも欠けたるチームワークに涙が出そうだが、このパーティーは王国でも最高峰なのだ。我慢しなければ。
「勘違いするなアンリ。お前を助けたのではない」
ヨワンが冷淡な目をこちらに向ける。
「兄弟愛に目覚めたのかと勘違いしましたよ」
「……灰の剣士……お前かセヴィマールか。どちらにせよ、私が殺すまでに死なれては困る」
「俺じゃないですね」
「僕じゃないです。偉大なる長兄……」
俺とセヴィマールは揃って返答した。
ヨワンは目をつむり、怒りをぐっと堪えている。
「その剣が怪しい。よく見せなさい」
魔剣を手渡す。すると俺以外が持った事による拒絶反応だろうか──剣の握りが赤熱化する。ヨワン長兄はあまりの変事に剣を放り投げて、こちらを恨めしそうに睨んだ。そんなつもりでは無かったのに。
通りには亜人の氷死体と凍りついたゴーレム。
大切なゴーレムの表面を叩いて氷の檻から解き放つ。
「感謝──マスターに対する感情値が三増加しました」
「……感情値? 俺たちの周りは危ないから、遠巻きに援護頼む」
「了解──他個体にも情報共有」
通りを何個か挟んだ向こうで激烈な破壊音が鳴り響いている。ゴレムスと魔人リゲルの戦闘音の可能性が高い。地を跳ねて屋根の上に登ると、そこは異次元の戦闘が繰り広げられていた。
魔人が戦斧を振るうとゴレムスの体表が僅かに砕ける。ゴレムスが突進するや魔人が吹き飛ばされて家が三軒ガレキと化す。
血濡れの拳と鉄拳が交差し──魔人が吠える。魂魄を絞り出すような魔人の咆哮は亜人兵ですら
まるで荒れ狂う暴風。あれは生物ではなく、自然災害の類ではないだろうか。事実、通り過ぎた場所は見るも無残な姿となっている。
「どけや雑魚ども」
ミルトゥが俺たちを押しのけて魔人を見据える。
そして人差し指を魔人に向けた。意を察した大精霊がコクリと頷くや、魔人の周囲に氷の粒が浮かぶ。パキリ、パキリと音を立てるそれらは驚く魔人をよそに、周囲のマナを吸い取ったのだろうか天を突く氷の柱となった。
「雑魚はお前だろう」
ヨワンが金髪を風に靡かせながら屋根裏から跳躍する。
しかし、破壊音は響かない。
正確無比な一撃は氷を通り抜け魔人のみを斬り裂く。首を斬るが両断とは行かず、僅かに肉を斬り裂くのみ。だが連撃は止まらず、呼吸のリズムを乱すこと無くヨワンはひたすらに魔人を斬った。
「王国の威をその身で受け止めるがいい」
ヨワンが両手で剣を持ち、大上段に構える。
光が剣に集っていく。日輪の輝きが薄闇の市街を照らす。あたかも神話の輝きと形容すべき長大な光刃は、無慈悲に振り落とされ、氷の柱ごと魔人を切り裂いた。
「アル、バ……」
至る所が壊れた血塗れの魔人が膝をつく。
死を遠ざけたのは異常な生命力のせいだろうが、それでも兄二人に敵うものではない。
「た、戦う、力を……死神よ……」
魔人が戦斧を短く持つ。
俺も屋根から飛び降りて渾身の斬撃を首筋に見舞う。
王国の至宝──
考えたが嫌な憶測しか浮かばない。王国に裏切り者が居るという事を。
巨躯を仕留めるべく、戦斧を警戒しつつヨワンと二人でがむしゃらに斬撃を繰り出していると──魔人リゲルは戦斧を、両手で持ち己の胸に突き刺す。
「──こいつは狂っているのか」
ありえない。死を防ぐために
魔人はニヤリと笑い、散らばった肉を傷口になすりつける。
あれは修復や治癒ではない。ただ生の妄執に取り憑かれた化け物に変容しただけだ。
「団長ーーーーっっ! お使い下されーーーっっ! デカブツは縛ってから斬りましょう!」
従士マティアスがこちらに駆け寄ってくる。
横にはヘルナー商会のジーモンまで居て、ゴーレムと一緒に鉄の鎖──いや、船の錨を運んできている。鎖と錨、商会の商品だろう。
殺し切る決定打──鎖と錨による束縛──いや、まだ弱い。
考えて、考えて、考える。
ヨワン、ミルトゥ、セヴィマール……サレハ、俺。ここで最後を決める力を持つ者は……。
「セヴィ兄、火山口に門を開けられますか?」
「出来るさ。この前アンリに言われてから火山とか海とか行ったからね」
「それだ! 最大の門を開いて下さい!」
ゴレムスに命令して鎖を持たせ、遠心力を最大限に活かすように振り回させる。
ブオンと鈍い音が頭上で鳴った。
そして投擲──魔人が鎖でがんじがらめになり、怒りの咆哮を上げる。
「しんど……しんどい……」
セヴィマールが精神を最大限に集中させ、魔人の後ろに転移の門を開いた。
熱気が吹き出す。門の向こうでは溶岩が煮え立っており、大口を開けて来訪者を待ち構えている。
「引けっーーー! 落とせ、魔人をーーっっ!」
鎖の両端──錨をゴレムスが持ち、反対側の鎖を全員で持ち、全力で引いて転移門に引きずり込む。アンデッドになった魔人は爪を地面に食い込ませて抵抗するが、集結してきた獣人戦士やゴーレムによる膂力に抗えていない。
腕の筋肉が悲鳴を上げる。
種族も生物・無生物の区切りもなく、全力で鎖を引く。
魔人が末期の咆哮を上げるが、構わずに火山口に突き落とす。
「────ッッガアァアアアアアッッ!」
鎖がガラガラと音を立てながら門に吸い込まれていく。皆で手を離すと重力に従って魔人が火山口に消えていった。
「アンリ! 空を見ろっ!」
ヨワンが大声で俺を呼ぶ。
空の蝿と赤目が動揺しているのだろうか、動きが変だ。
都市民が逃げた事と魔人の死による空隠しの大魔術の失敗。俺が対敵ならばどうするか──当然の帰結。仕返しに蝿を使って都市民を虐殺する。赤目が恩恵を与えるべき魔人が死んだならば、俺ならそうする。
《サレハ。
《任せて下さい!》
いや、問うまでもない。
サレハは王国一の魔術士となれる天才なのだ。街一つくらい覆えるマナを含有している。
後ろを見る。氷の大要塞の中で、金色の光が天に登っていく。半円状の結界は一瞬、虹色に光るや透明になって都市全体を覆う。だが結界は入ろうと思えば下から入れる。あくまで空を覆う結界であるからだ。
「私の出番か」
ヨワンが聖剣を鞘に収め、精神を集中する。
膨大なマナが溢れ出て地面のガレキがカタカタと音を鳴らす。王国唯一の天空魔術士の全力全開──空に浮かぶ赤目の遥か上空で、流れ星が一つ煌めき、一つまばたきをすると流れ星の数は十にも二十にも膨れ上がった。
空を隠す悪意に対敵するには──星を落とせばいい。そう、誰かが描いた盤面を壊す力が王族には有る。
俺は特に役に立ってないことを頭から消すように努力しつつ、流れてくる星々をじっくりと眺めた。
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以下、私事です。
本小説ですが書籍化のお誘いがあり、只今書籍化作業中です。
※書籍化作業に伴い、WEBの更新速度は落ちるかも知れません。
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