第98話 誓いの聖鈴

 ぎこちない動きで教皇クラウディアが椅子に座る。


「何よ、筋肉痛なのよ……悪い?」


「いえいえ、別に」


 騎士長クリスタも同席しているので戦況報告をする。宝物殿を開放したので厄介だったマナの風も止み、魔物の活性化も収まるだろう。魔物が溜まりやすい洞窟や巣穴はミスリルゴーレムで潰せるし、今後の戦略が大事となる。


 聖地礼拝路の復活は重要だ。アーンウィルの武力誇示に大いに役立つし、礼拝者保護も事業として有益である。

 だが、白亜宮に来た真なる目的は別にある。


 誓いの聖鈴ベル・オブ・オウ


 拝月教の至宝──誓約と対価を定めることにより本人の能力を高める遺物アーティファクトであり、かつての拝月騎士団の興隆を支えていたと言われている。


「殿下、この度のご助力ですが教皇として感謝申し上げ……うーん、真剣な口調で話したほうが良いかしら?」


「いや、適当でいいでしょう。格式や礼儀は大事ですが、公式な場ですれば十分。過分な言葉で本質を損なうのは良くないです」


「あー、そうねえ」


「そうですね」


 クラウディアが頬をポリポリと掻く。


「まずは、ありがとう。殿下のおかげで教皇としての面子が潰れずに済んだわ。聖地礼拝路が復活すれば教皇としても最低限の体裁が取れるしね」


「それは良かった」


「あと……死傷者もそんなに出なかった」


 食堂で顔を見たことがある騎士たちも、聖人との戦いの中で死者は出てしまった。寂寞感はあるが、正直な所エーリカとナスターシャで無くて良かったと感じてしまう。


「さて! 今後の話をしましょう。前に話していた拝月騎士団の復活だけれど、大規模に動くと王族派閥に潰されるわ。殿下は良案があるの?」


「有るには有ります。ですが今の練度の騎士と従士が世に出ても、言いがかりをつけられ、後は武力で押しつぶされますね」


「そうなのよねえ。ねえクリスタ、何人くらい居れば騎士団は王国内で生き延びれそう?」


「騎士、従士、後方支援も含めて五千人は欲しいです。大都市を中心に管区を作り散らばらせるべきかと。今、我々は二百の小集団で、熱心な支援者はオルザク山脈に散らばった一万の民草です。申し上げづらいですが……その……」


 白亜宮は防衛的に詰んでいる。

 俺が侵略者なら支援者の村々を焼き払う。その一手で終わりだろう。食糧や戦略物資を絶ったら、後は眺めているだけで全てが終わる。


 クリスタが端正な眉を顰めて続ける。


「騎士団の本拠地は白亜宮以外にすべきです。防護を堅牢にして、管区と連絡を密に取れる環境が必須ですね」


「じゃあ本拠地確保と迅速な戦力拡充が必要と、うむむ、無理なのでは……? それなら今のままヒッソリと白亜宮に籠もって王族の顔色窺いをしたほうがいいわね」


 いずれ滅びを迎えるであろう案を吐き出したクラウディアが項垂れる。こちらをチラチラと仰ぎ見ては良案をねだっているようだ。


「ねえ殿下、いい案があるんだけど。これは高度な政治的理由を含んだ合理的判断だから勘違いしてほしくないのだけども」


「いや、分かってます。皆まで言わずとも」


 二人でため息をついて、同時に口を開く。


「俺たちが結婚すればいい」「私たちが結婚すべきね」


 深い、深いため息が聞こえる。

 教皇の婚姻は慣例により認められている。政略結婚により利害を一致させるのだ。

 互いに利用し合うためには約定が必要で、最たるものは婚姻による血の繋がりである。しかし、この婚姻は王国に対する反逆と捉えられるので、王国軍による討伐が始まる恐れもある。


「ですが申し訳ありません。俺は生涯のうち、愛する女性を一人だけと決めているのです。教皇猊下のお気持ちは嬉しいのですが、今回はご縁が無かったということでご了承願えればと」


 本心を言わないと俺の首を掴んで左右に揺するリリアンヌを止められない。そろそろ死んでしまいそうだ。クリスタは半笑いだし、どうなってしまうのだ俺は。


「なんで私がフラれた感じになってんのよ! 政治的理由って言ってるでしょうがあ! もおー!」


 憤怒の波動を感じた。

 リリアンヌによる首の左右運動が終わったので、本題を切り出すことにする。


「なので結婚は止めて約定に誓いの聖鈴ベル・オブ・オウを使いましょう。互いの裏切りは死をもって対価とするのです」


「むっ……至宝を使うのね。ちょっと不心得だけど感心」


 俺は拝月騎士団を塩交易と反王国の楔として。

 教皇は俺の武力と資金を騎士団発展に活かす。

 あくまで平和的に、民心に沿って。

 騎士団による魔物退治で王国の治安も良くなる。


 ふと、リリアンヌが残った課題をどうすべきか聞いてくる。


「ですが騎士団を大きくする過程で横槍は入ります。生半可な戦力では難しいですよ」


「ああ、だけど個人戦力の拡充においてアーンウィルは王国一だろう。迅速に事を運べる」


「あっ、なるほど」


 アーンウィルのダンジョンを使えば英雄級の騎士を大量に育成できる。千の騎士は目立つが、一騎当千の精鋭はそこまで目立たない。それに強い騎士に憧れて入団する者も増えるだろう。


「教皇猊下もゴーレムを見たでしょう。俺が大量の遺物を得たのには理由があります。共犯者となってくれるのであれば、全ての問題を解決できる用意がありますよ」


「要するに手を結ばなければ全て秘密ってことね。クリスタはどう思う?」


「……真実であれば、これ以上の提案はないでしょう。今日ここで決定する事柄は歴史の転換点となり得ます。どうか、我らの指導者として御聖断を願います」


「うむ、任せなさい。小娘と侮らないでね」


 クラウディアが苦笑いのまま思案に耽る。

 しばらく時が経ち、重々しく口を開いた。


「本当にいいの? 上手く行けば王国の力関係は一変するわ。ボースハイトの一族が積み上げてきたものを否定するのよ」


「後継者争いの内乱が起こるよりはマシですよ。それに、俺は自分の一族が嫌いなのです」


「頑固ねえ。けどね、リリィ姉が言ったでしょ。ボースハイトの一族じゃなくて一人の人間として貴方を見て──ってね」


 はにかむクラウディア。

 教皇というより、年相応の少女に見える。


「言葉の意味をよく考えたほうがいいわ。一人の人間として忠告だけどね」


「……すみません」


 席を立つクラウディアが誓いの聖鈴を取ってくるように下知を出す。従士が一人、小走りで廊下を駆けていく音が聞こえた。


「殿下の提案に乗ります。誓いの聖鈴で約定を交わしたら詳細を詰めましょうか。ふふふ、死が対価だから私たちは絶対に裏切れないわね。これからも悪友としてよろしくお願いするわ」


「友人が増えるのは喜ばしいです。一万の信徒の行き場所も堅牢な本拠地についても考えがありますから、じっくり話し合いましょう。それとファルコたちも引き込みませんか。王国有数の暗部集団ですので、教皇猊下のお力になれそうですよ」


「ふむふむ、本人次第だから難しいけど悪いこと考えるわねえ。それとセヴィマール王子はどうするの?」


「兄上は完全に計画外でしたから、迷ってます」


 誓いの聖鈴が来るまで世間話を続ける。後で今後の備えとしてクラウディアに破門状を一枚書いてもらう事にした。使い所さえ誤らなければ強力な一撃を派閥争いに入れれるだろう。


 クラウディアが疲れたのか背もたれにもたれる。

 目を瞑り、少しの沈黙を挟んで、口を開いた。


「……殿下とリリィ姉だけどさ。いつか、あなた達二人の子供が出来たら連れてきて。教皇として名付け親になってあげてもいいわよ。けっこう名誉なことなんだからね」


「えっ! よろしいのですか?」


「まあね、制度には抜け穴ってのがあるのよ。具体的に言うと騎士団所属の女性は婚姻自由。古来より強き騎士は子を残す義務があったのよねえ……リリィ姉はどの役職が似合うのかしらー」


 頭を下げて礼を言うとリリアンヌも俺に倣った。子供はともかく結婚を認めてもらうのは嬉しい。


「時機は二人で考えること。悪辣な者に利用されることなかれ。個人的には全部片付いてからをオススメします」


 クラウディアが疲れをほぐすように背伸びする。


「っていうか、手を出しておいてトンズラされるのが一番腹立つから、ちゃんと責任を取りなさい。浮気をしたならば拝月教の総力をもって仕置が入るから……」


 膝においていた手に、リリアンヌの手がそっと重なる。

 手は出していないので誤解があるが、弁明するもの違う気がするし、頷いてごまかした。 

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