第69話 外れスキル?

「酷いよー、酷いよー」


 中央庁舎の三階にある一室──俺の部屋で白兎のぬいぐるみ、いやクリカラが悲嘆に暮れている。少し短い手で目元を抑えているが涙は出ないだろう。ぬいぐるみだし。


「この私がこんな可愛い体に……私のハーレム計画が……」


「ご愁傷様です。生地が汚れたら俺が責任を持って洗いますので」


「フザケンナ! 人の体を生地って言うなよっ!」


 クリカラが地面に仰向けになりジタバタと暴れる。少し可哀想だがハーレム計画とやらが気になる。人体を手に入れたら悪さをするのでは無いだろうか。


「他の体に移れないのですか?」


魂籠のフラスコアニマ・クナブラに魂を戻すのは結構危ないんだよ。それから新しい体を作るのはもっと難しいし、こんな体じゃあ失敗するかも……やっぱりあのエルフ娘を一人前に育てるしか無いのかな」


「シーラの先生にはなって欲しいですね。彼女も困っていますから」


「はあ……エルフか、エルフの美少年はいないの?」


「いない」


「急にやる気無くなった」


 クリカラがベッドの上で不貞腐れる。

 中身はアレだが愛らしい。


「ねえ……シリウスって人、カッコいいね。もし私が錬金術で貢献したらあの男貰っていい?」


「別にいいですよ。シリウスが了承すればですが」


「いやサレハにしようかな。クロードはちょっとくたびれてるからなあ。それとアンリかぁ……いや悪くはないけどさぁ……絶対に女を苦労させる男だからなぁ」


 悩むクリカラ。こちらを一瞥してからため息をつく、いやため息の動作を取った。俺では不足ということだろうか。少し傷つく。それにどうやって発声しているのかは謎だがクリカラは普通に喋っている。


「その体、どうかフルドを許してやってくれませんか?」


「もういいよ、あの子も悪気は無かったんでしょ。どうせフラスコの中に居ても暇だし、自由に動ける体があるだけ充分だよ」


 クリカラを抱き上げる。

 前々から気になっていたことがあった。オーケン、クリカラ、エーファの民である彼らが何故この時代に生きているのか。直接聞ける良い機会だ。


「質問したいことが山程あるんです。教えてもらってもいいでしょうか?」


「私たち、ダンジョン? 勿体ぶるような事じゃ無いからね。オーケンハンマーと一緒に石碑の部屋に行くわよー」


 クリカラを抱いて中央庁舎を出る。少し歩いて鍛冶工房でオーケンを拾い、石碑の部屋に続く階段を降りた。


「そういや昨日は壮絶な死を遂げていたみたいだけど、なんとも無いの。発狂してたけど?」


「心の健康を著しく害されましたが、何とか平気です」


 王宮にいた頃、一人でダンジョンに潜っていた頃、あの頃は辛い事があっても普通に耐えれた。だけど最近、心が少し弱くなった気がする。周りに人が増えたせいだろう。


「正してくれる人が居ると思うと存分に狂えるものです。狂わないと本当に狂ってしまう。それに一人で発狂していたら狂人ですが、俺は違います。周りに頼れる人が居ることを分かって発狂してますから」


「うーん重症。たまには美味しいもの食べて、きれいな景色でも見てみたらどうかな」




 ◆




 石碑は当然のように頭に直接語りかけてくる。


《皆さんお久しぶりです》


「久しぶり! ル・カーナ、私のことが分かるの?」


《ラ・クリカラですね。会うのは3234年ぶりですか。相変わらずお美しい》


「その皮肉っぽい感じ、まさにル・カインの弟子ね。性格悪いわあ」


「儂からすると二人とも似たようなもんじゃよ」


 オーケンがその場に座る。カーナとクリカラの事は思い出しているらしい。直接姿を見たことが効いているのだろうか。


「さて、別に私らは旧交を温め合う仲じゃ無いでしょ。そこのアンリが聞きたいことがあるんだって」


 クリカラも座る。器用に関節を曲げているがどんな原理なのだろうか。今聞くべきでは無いのは確かだが。


「まずは……このダンジョンは誰が作ったのですか、何を目的に?」


《ここは元々ダンジョンではありません。我々が『方舟』と呼んでいた施設なのです》


「そうそう、オーケンハンマーも設計に携わってるし、私も調整役で頑張ってたのよ。妖精とか居たでしょ? あれ私が作ったんだから」


《我々はかつて文明が滅ぶ前に、培った技術を次世代に残すため方舟を造ったのです》


 エーファの民が残した遺物アーティファクトは各地で認められているが、欠損のない遺物は殆ど残っていない。それを残すための方舟。次世代への継承施設という事か。


《それをル・カインがダンジョンに改造しました》


「いや何で!? 普通に残せば良いじゃないか!」


《何ででしょうね……? ル・カインは変わり者でしたから》


「アイツはクソ野郎じゃった。頭は良いが性格悪くてのう。多分深い意味はないじゃろう」


 疑問は残るが聞きたいことは山程ある。


「ダンジョン内に居る不思議な魔物。あいつらは何だ?」


《人類は長い時間を掛けて発展してきました。落雷や火山から火の存在を知り、流れるマナから魔術を編み出しました。魔物から身を護るために堅牢な防壁を築き、知識を文字にして残し、神を創り出し心の安寧を図った。では魔物の発展とは何でしょうか?》


「あいつらは人を喰うくらいしか考えていない筈だ。進歩する生き物ではない」


《違います。人の世に傑物が現れるように、魔物からも英雄が生まれるのです。人から学んだ魔物が居たでしょう、異種族同士で交わり異常な力を得た魔物が居たでしょう、ただひたすらに他者を喰らいマナを溜めた魔物も居たでしょう》


「……」


《ダンジョンに居た魔物──あれは一種の進化した魔物の姿なのです。私たちが滅んだ頃には、あんな魔物が地上を闊歩しておりましたね。そして……我々は生存競争に破れて滅びました。我々が滅んでから魔物たちもまた衰えていった。天敵の居ない生き物は怠惰に溺れます。今この世にいる魔物たちも強さを失いましたが、かつての栄光を取り戻そうと足掻いているのでしょう》


 少し淋しげな声。

 滅んだ世界を想っているのだろうか。


「そんな感じよ。オーケンハンマーと私は最後にダンジョンに潜り込んだの。んで助けてくれる人を待っていた。それがあんた、アンリって訳。あんがとね」


「クリカラは魂の形で残り、儂はこの体をダンジョンに無理やり滑り込ませて仕組みを弄った。『魔物の再生成』の対象範囲に儂を含ませたのじゃ。だから儂がダンジョン内で死んでも『再生成』で復活しておったのよ」


「無茶するわねえ」


 クリカラとオーケンが笑い合う。

 悪友同士なのだろう。


《この大地はまた滅びるのでしょう。アンリ、なぜ優れた技術を持つ我らが滅んだか、その本質は分かりますか?》


「優れた力は嫉妬を生み、嫉妬に駆られた人間は協力する術を忘れる。人類は決して手を取り合わずに、互いの足を引っ張り合いながら滅んだのだろう」


《……驚きました。まさか言い当てるとは。そうです我々は国を持ちませんでした。各国で技術者や研究者として貢献し、報酬と引き替えに知恵を分け与えていたのです。ですが……大きな危機、それが来た時には──》


「けーきょく、国の重鎮たちは助け合わずに最後まで独占技術を秘匿していたわ。覇権国が頑張って魔物を退治しても、他の国はがら空きの国境線に攻め込むんだもん」


「そうじゃのう。儂らは流れ者じゃなからな。頼られることはあっても信用されることは無かった。お偉方へ意見なんて通らんかったわ」


 滅びは避けられなかった。

 歴史家が調べ尽くしても分からなかった歴史の真実、知ってみると呆気ないお粗末な顛末。だが人類にはある意味ふさわしいとすら思える。


「けどのうアンリ、儂は悔しかったんじゃよ。人生を賭けて培った技術が逸失するなど耐えれんかった。無駄とは分かっていても誰かに残したかったんじゃ」


「オーケンさん……」


 絞り出すような心からの声。才ある人間が認められず、その人生が徒労に終わる苦悩。想像もできないほど辛かったのだろう。


《この世界は滅びるように出来ているのです。そしてまた人と魔物の歴史が一から作り直される。この方舟も気休めです。だからアンリ、貴方の頑張りは崩れ行く砂上の楼閣を支えるようなもの。諦めて出会った友人たちと平穏無事に余生を過ごされては如何ですか?》


「それは出来ない」


《何故ですか?》


「やるべき事をやって、それから死ぬ。その為にはダンジョンで貰う報酬が必要だからな」


 それに王族の責任もある。

 この身は俺一人のものではない。


《ほう……ああ、面白い。ダンジョン内で悶え苦しむ貴方を見るのは、この三千年での一番の痛快事です。精々足掻いて下さい。このル・カーナが見届けましょう》


 なんて性格が悪いんだ。

 蹴飛ばしてやろうかと思うが堪える。

 彼女なりの愛情表現かもしれない。


《足掻く貴方にもう一つ真実を。マナを体内に取り込むステータスシステム、魂の変異によって獲得するスキルシステム。これらは我々が魔物たちから学び次世代に残したのです》


「衝撃的」


《そしてアンリ、貴方の『ステータス保持』ですが、厳密にはそれはスキルではありません。昔に管理個体6831番という者が居まして、彼は不思議なことにステータスシステムに異常が発生していたのです。決して下がらぬステータス、ル・カインは頭を悩ませて、最終的には彼を処分することに決めました。あなたの祖先ですね》


「待てい! 殺すな! 俺のご先祖様!」


「落ち着きなさいアンリ。私とオーケンハンマーが止めたのよ。多様性は大事だってね。現に貴方は生きているでしょうが」


「ありがとう……二人とも……」


 危うく先祖が死ぬところであった。

 王宮ではさんざ外れ王子だ、外れスキルだと言われていたが、まさか本当にここまで外れていたなんて思いもしなかった。悲しすぎる。


《魂の組み合わせ、あなたの父母のどちらかが偶然にも因子を持っていたのでしょう。それが貴方の代で発露した。血を分け与えてスキルが共有されるのも、歪んだ因子が他人に移るからです。そもそも『ステータス保持』はスキルでは無いですからね》


「そうですか」


《その『ステータス保持』がアンリの子孫に継承されるかは不明ですね。前例に鑑みると世代を重ねると消えるはずですが、試す相手はいますか?》


「いませんが?」


《ふっ……いえ、失礼》


 鼻で笑われた。腹が立つ。


《喋り疲れたので休みます。話していない事はありますが、貴方には少し早い。もう少し足掻いてみて下さい》


 カーナは眠りにつく。


 釈然としない気持ちはあるがクリカラを抱えて部屋から出ることにした。ついでに前回のダンジョン報酬も選んでおく。途中までの踏破でもDPが貰えるのはまさに僥倖であった。ありがとう帰還魔法陣。またお世話になります。

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