第63話 ル・カインの試練1周目 2/99階層
一階層の最奥には転移魔法陣があった。
最初は罠かと思い無視していたのだが一階層をくまなく捜索しても次へ繋がる階段や経路は見つからず、最終的には転移魔法陣を利用した。
今いる場所は二階層となるのだろう。
恐らくだが。
景色は変わらず暗然たる森。不明瞭な視界は魔物の恐ろしさを際立たせる。索敵に優れたガブリールが居なければ厳しかったであろう。
二階層の探索では大した敵は出てこず、殲滅しつつアイテムを拾い集める。そして転移魔法陣を探すべく森の探索を続けた。
探索中、ふと木から音が聞こえてきた。中で蠢く音。いやこれは融合ワームが木を食べている音だ。
「融合ワームか。拾った装備を鍛えようか」
「融合、何だそりゃ?」
クロードが聞いたことのない言葉に首を傾げる。
「二つの装備を一つにすることを融合という。飛躍的に切れ味や硬度が増すんだ」
「へえー」
「危ないから皆離れていてくれ」
剣で一抱えはある木の幹を横薙ぎに両断する。驚いた融合ワームが逃げようとするがすかさず捕獲。頭部を石で何度か叩くとぐったりと横たわった。
「死んでねえかソレ?」
「意外に頑丈な魔物だから大丈夫。さてダンジョン製の装備を身に着けていないのはクロード、リリアンヌ、ベルナの三人か」
まずはクロードの革鎧を脱いでもらう。そして俺もブレストプレートを脱いで横に並べる。
「まずは実演しよう。俺の防具はダンジョン製、クロードのものは外の物。そして今から使うオリハルコンの剣もダンジョン製だ」
ダンジョン初挑戦の三人が頷く。
そしてクロードの革鎧の上から剣を真っ逆さまに落とす。何の抵抗もなく革鎧は剣が突き刺さり大きな穴を空けてしまった。
「ああっクロードさんの鎧があっ! アンリさん何するんですかあ!?」
ベルナが悲鳴を上げる。
クロードとリリアンヌも呆けている。
「俺も残念だよ。だがダンジョンの魔物、その前ではこの革鎧はあまりにも無力なんだ。この性能ならばむしろ脱いで身軽になったほうがマシかもしれない」
次は俺のブレストプレートに同じことをする。だが穴は空かずにカツンと音を立てて跳ね返る。
「これは金属製と革製の違いではない。純然たる性能差。だから革製でも融合で鍛えれば驚くほど性能が増す。驚かせてしまったかクロード?」
「俺はなあ、前置きもなく人の鎧を駄目にしたお前に驚いているよ?」
「だが人は見たものしか信じられない。そういうものだろ」
「一理ある。だが言葉で説明すべきだったと思うが……」
まあまあとクロードを宥めて融合ワームに革鎧を放り込む。そして拾った鉄製チェインメイル+3と融合させる。少し待って融合ワームの口に手を突っ込んで引きずり出せば、強化された革鎧が出てきた。先程のように剣を上から落としたが穴は空かなかった。
「これが融合。ついでに硬き盾のスクロールで強化値も増やしてやろう」
「何か分からんがありがとよ。もう全てをお前に任せる」
スクロールを読むと皮鎧がまばゆい光に包まれる。武器のハンマーも同じように強化させてクロードに渡して装備させた。
「あとはベルナとリリアンヌもだが……」
二人を見つめる。リリアンヌは白の修道服、ベルナは黒の修道服。鎧は身につけていない。
「私たちは鎧を着て戦うなんて無理ですね……どうしましょうアンリ様」
「ならば修道服を強化するしか無いが──」
じゃあここで脱いで下さいね。
──なんて誰が言えるだろうか。
「ここで脱げって言わないですよねアンリさん……?」
ベルナがジトッとした目で見つめてくる。
「流石だアンリ、こうも自然に服を脱がす口実を作るとは。俺様を辛くもカセヤエで倒した実力──悔しいが認めざるを得ないな。この鬼畜助平領主が」
「違うっ! フェインは少し黙ってろっ!」
「主よ……それはどうかと思います。そういった年頃なのは承知していたつもりですが……」
「お前はマトモな方だろ! フェインの戯言に乗らないでくれ、ていうか楽しんでいないか?」
シリウスが口を手で抑えてクツクツと笑う。
「冗談ですよ、いやはや楽しい。そこの木陰で融合を済ませればよいでしょう。護衛はガブリールにさせて我々は少し離れていましょう」
「はあ……そうだな」
融合ワームをリリアンヌにずいと差し出す。だがリリアンヌは顔を真っ青にして、首を横に振る。まさか蟲が苦手だったのだろうか。
「ちょ、ちょっと手づかみは無理ですね……それに装備を取り出す時、口に手を突っ込むのでしょう? 私たちではとても……」
「私も無理です……」
「だが装備の強化は必須なんだ。この中で一番の紳士たるシリウスについて行かせようか?」
一同が思い思いに悩む。
だが結論は出ず、重い雰囲気の中で第二回円卓会議が開催された。
円卓は無いのだが。
◆
王政は死に、共和制に近い我が領地の統治制度。民の声は権力者の力を容易く削ぐ。結論としては俺が融合役となってしまい、部下の反乱にひどく心を痛められるのであった。
太い木に体を隠したリリアンヌとベルナがこちらを窺ってくる
「こちらを覗かないようにお願いしますね」
「はい」
「絶対ですよアンリ様? 修道女の着替えを覗くなんて神罰が下りますからね?」
「はい、絶対に覗きません」
「……覗かないんですか?」
「はい、ん?」
木に背中をもたれさせて着替えを待つ。
ガブリールは首を上げて匂いをスンスンと嗅いでいる。
どうやら魔物は居なさそうだ。
衣擦れの音が聞こえてくる。耳を両手で塞いで神に祈りを捧げる。しかし両手が塞がっているため神に祈りは届かないだろう。
「あのうアンリさん……こちらお願いします」
「わ、私もお願いします……」
白と黒の修道服が後ろから手渡されるので、目を瞑って両手で受け取る。少し暖かいのがなんとも生々しい。二人が使っている杖に関しては先ほど強化したので、早く修道服も強化して返さなければ。
「マナと安寧の象徴たる主神イールヴァ・カティエルよ──哀れなる無垢な孩児──我を許し給え」
拝月教の主神に許しを請いながら修道服と手頃な防具を突っ込んでゆく。程よい頃合いで口から融合装備を取り出し、二人にそっと渡して着てもらう。魔物の体内にあった装備は不思議と汚れてはいない。
「着替え終わったか?」
「は、はい。では行きましょうか」
二人が木陰から出てくる。
どっと疲れた。
だが修道服を強化することは良い判断だと我ながら思う。彼女たちはハーフェンに帰るのだし、強化された修道服があれば荒事にも対応しやすいだろう。
「それじゃあ次の階層へ向かおう」
もしかして防具の強化の度にこれをするのだろうか、そう考えると暗澹とした気分になる。
蟲を触れる女性領民が増えて欲しい──そんな益体も無い事を考えながら枯れ葉を踏みしめて進む。横に並んだガブリールが護衛完了の褒美を要求してきたので、首を撫でて褒め称えた。
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