第62話 ル・カインの試練1周目 1/99階層
森であった。
ただひたすらに森であった。
七人と一匹でダンジョンの攻略を開始するために石碑の部屋から階段を下ったものの、そこに広がる風景は一面の針葉樹と湿った地面。木々は日光の殆どを遮っており、五本先の木までは見えるが十本先は闇に包まれている。
「ガブリール、匂いで魔物を索敵してくれ」
ガブリールは小さく吠えて了承する。当たり前のように俺の言葉を理解するガブリールはなんとも頼もしい。ふんふんと地面を嗅ぐガブリールに先導され一同はゆっくりと森を進んでいく。
ダンジョン攻略最初の目標、それは
「マモモ、じゃねえ。おいアンリ、罠は大丈夫なのかよ?」
「フェイン……まだ後遺症が残っているのか。何だそのマモ語は……」
「仕方ねえだろ。それより罠だよ罠! 死にたくねえよぉ!」
「ガブリールがある程度だが罠を探知できるらしい。そもそもなぜ領地にずっと居たお前が知らないんだ……?」
ガブリールが唸る。どうやら罠を見つけたらしく全員で罠を避ける経路を辿る。元々ガブリールは匂いに敏感で、はるか遠くに居る魔物の匂いすら嗅ぎ分けていた。ダンジョンで成長を遂げたことにより、その嗅覚はマナの残滓──罠の痕跡すら見分けられるようになっている。
昨日の円卓会議では『ゴーレムをダンジョンに大量放流してはどうか?』との議題もあったのだが却下された。トール曰く『魂のない者はダンジョンに潜れない』と石碑──ル・カーナに告げられたらしい。なんとも心無い発言。ゴレムスに謝ってほしい。
索敵と警戒を兼ねつつ森の中を進む。
ポーションを拾っていると、ふとリリアンヌが俺の横に来る。白色の修道服は薄暗い森において目立つ。
「不思議な場所ですね。地下に来たはずなのにまるで別世界に飛ばされたみたい」
「常識の埒外にある場所だからな。それにここはル・カインの名を冠したダンジョンだ。相当に性格が悪いはずだぞ。なんたってこの悪意に満ちたダンジョンの創始者かもしれない」
「ええ、注意して進みましょう。怪我をしたら治癒魔術で治しますからお任せ下さい」
微笑むリリアンヌ──そしてニヤニヤするクロード。ここがダンジョンでなければなにか一つは物申したい所だ。仲間割れで余計な体力は使いたくないためグッと堪える。
地面は湿っているが靴に泥が付くほどではない。湿った枯れ葉の匂いを感じつつ歩んでいく。パーティーとしては前衛戦士が俺、クロード、シリウス、フェイン、そして魔術師としてサレハ。幻惑魔術師のベルナと治癒術師のリリアンヌ。最後に探索役のガブリール。
前衛戦士が半分であるが多すぎるとは感じない。何より乱戦となれば魔術師は悲しいくらいに打たれ弱い。だが火力としては最重要ではあるので、前衛戦士は何としても魔術師を護る必要がある。
「サレハは俺の後ろに居るように。戦闘になったら必ず前衛戦士の陰から魔術を打つんだぞ」
「分かりました。これだけ人が居ると味方に当ててしまいそうで怖いですね……」
「俺も剣が味方に当たらないか恐ろしいよ。攻略時の人員数も課題事項だな」
スクロールを拾ってアイテムボックスに放り込む。駄載獣という訳ではないがガブリールには持ち込んだアイテム、物資、夜具、調理道具を革袋に入れて背負ってもらっている。動きが鈍るといけないので出来るだけ軽量化しており、戦闘時には素早く外せるように開閉機構が付いた金具で固定されている。
「どうしたガブリール?」
ガブリールが唸る。
魔物の気配を感じたらしい。
全員で戦闘の陣形を取る。
──少し待つとブブブ、と羽音が四方八方から聞こえてきた。すぐに先行した魔物が俺を刺し殺そうと突進してくる。蜂だ。それも人頭より大きい。
「キラービーだ。女王蜂を殺さない限り無限に出てくるぞ」
さっそく性格の悪い魔物が出た。女王蜂はキラービーを召喚するスキルを持つ。キラービー自体も針を射出したり、刺し殺そうと突進してくるため非常に厄介。弓兵と戦士の役割を兼ね揃えた魔物であるのだ。
腰に差した二振りの剣、灰なる欠月ではなくオリハルコン製の剣を抜く。まだ使うべき場面ではない。しかし俺が剣を振るうより早くシリウスが槍で突いて魔物を仕留めた。
「大丈夫ですか主よ」
「ああ、まだまだ来るぞ」
木々の間から蜂が羽音を立てて出てくる。数は軽く見ても百体以上。そのうちの数匹が針を飛ばしてその場で息絶えポトリと落ちる。あいつらは針を飛ばすと死ぬので文字通り命がけの攻撃となる。
「行くぞオラアッ!」
フェインが両手に持った大盾で針を防ぐ。以前は鉄棒を振り回していたが『大盾を二つ持つ』このスタイルを今ではたいそう気に入っているらしい。守るだけと思いきやフェインは蜂の群れに突進し大盾で魔物を叩き潰した。
「行きます!
氷の嵐が荒れ狂う。サレハの前方の魔物は強風に煽られたように吹き飛ばされ、地面に落ちた時には完全に凍りついていた。三十体は仕留めただろう。負けじと俺も後衛を守りつつ魔物を切り落としていく。数を減らせば女王蜂を探すのも楽だと思ったが、残念なことに女王蜂はどこかに隠れているらしい。
「駄目です! またキラービーが増えていきます!」
「ぬぐぐ……仕方ない、アイテムを使う。貴重なのに……」
千里眼のスクロールを広げて効果を顕現させると、敵の位置が脳裏に浮かんだ。無数の小さい点の中にある、ひときわ大きな点。それが女王蜂だろう。
「ガブリール、あそこだっ!」
女王蜂を指差す。ガブリールは地面を駆け、射出される針を避け、木々の枝を足場にして森を進んでゆく。そして女王蜂をその牙で噛み砕いた。
「良くやった! あとはひたすらに数を減らせっ!」
円陣を組んで魔物を掃討する。死角より飛んできた針が左腕に刺さり、激痛と毒による酩酊感が襲ってくる。眼底の底がズキズキと痛み視界がわずかに歪む。
心を奮い立たせて針を無理矢理に引っこ抜いて右腕一本で魔物に相対。すぐにリリアンヌが【
「魔術いきますっ!」
「おうっ!」
ベルナが【
魔物の数はどんどんと減っていく。たまに負傷する者は出るがリリアンヌの治癒魔術により即座に戦線復帰。陣形を崩すこと無く順当に戦闘は続いた。
そして最後の一匹を切り倒して戦闘は終了。
ガブリールはまだ女王蜂を咥えている。
「汚いから捨てなさい」
「クウン……」
ガブリールは悲しげにしており女王蜂を放そうとしない。
「アンリ様、褒めてほしいんですよきっと」
「そうか……良くやったガブリール。第一勲功はお前だ」
リリアンヌの言葉に従いガブリールの頭を撫でて褒め称える。するとガブリールは満足気に女王蜂を放り捨てた。大きくなったとはいえガブリールもまだ若い狼。褒めてほしい年頃なのだろう。
周囲は蜂の体液で緑に染まっている。僅かな刺激臭を我慢してその場を離れてダンジョンの奥深くに進んでゆく。俺の後ろでクロードとシリウスが喋っているようで声が漏れ聞こえる。
「クロード、先程の戦闘は中々良い動きでした。外でも主を手助けしてくれたようですね。感謝しています」
「別に手助けしたわけじゃねえよ。俺とアンリの利害が一致していて、金稼ぎの一環って所だ。まあ……街の奴らは俺のことをアンリの兄貴分って呼んでるらしいけどな」
そんな事は知らなかった。聞き耳を立てる。
「兄貴分ですか、私の方が主を支えていると思いますが」
「そこは知らねえよ。別に俺はあいつの臣下じゃねえからな。にしてもお前の主は本当に無茶野郎だよな。外で何をしてたかちゃんと聞いてるのか?」
「詳しく聞かせて下さい……いつも報告の際に誤魔化されておりまして……」
「どれから話そうかな」
俺の恥部がシリウスの知れる所となってしまう。止めたい気持ちもあるがいずれバレるモノでもある。下手に隠すと後が怖いのでクロードに任せることにする。
「ベルナとリリアンヌもマナの残量は大丈夫か?」
「大丈夫ですよアンリさん。私は控えめに使ってましたし」
「まだまだ行けます。それなりに鍛えているのですよ」
「よし、辛くなったら休息……できる場所があれば休もう。それまでは頑張ってくれ」
人数が増えて戦闘の安定感が格段に増した。
満足感とともに次の階層を目指す。
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