第34話 テーネブリス鉱山1周目 1/7階層
「サレハ、ダンジョンの基本を教える」
「はい! お願いします兄様!」
鉱山内を歩きながら説明する。壁には簡素なランプが等間隔で並んでおり、オレンジ色の光が足元を照らしてくれる。光量は乏しいが文句は言えない。松明を持って片手を塞がれるよりは良い。
トールたちが起きるより前に、そっと二人で起きてダンジョンに潜り始めた。ダンジョン潜りを再開したことは皆には内緒にしている。
「まずは罠に掛からないこと。これが第一だ!」
「……罠ですか。怖いです」
「防御力が高い俺が先を行くから大丈夫だ。足跡を見て、同じところを踏むようにするんだ」
だがどれだけ防御力を上げても、罠に掛かれば痛いものは痛い。世の迷宮探索者たちはどうやって罠を避けているのだろうか。
「ダンジョンに潜る時、一切の希望を持ってはいけない。すべての事柄は悪い方に転ぶと考えて、死から身を守るんだ」
サレハが少し怯えた様子を見せる。
「なあに俺に任せておけ」
充分に注意して進む。
──カチリと聞き慣れた音がする。足元でガスが吹き出す音がしたかと思うと、小さな火花が罠から発生する。一瞬のうちに炎上して猛火に包まれた。
「──ッ゛! 熱ッあァ!!」
「あぁっ! 兄様ぁああああっ!!」
顔面を腕で覆って地面を転がりまわる。体が燃えた時は熱い空気を肺に取り込んではいけない。ひたすらに地面を転がって火が消えるのを待つしか無い。
昨日の夕飯を思い出す。あの時は山羊肉が火に焼かれたが、今では俺が無様にも同じ目に合っている。違いは食用か、そうでないか。いや魔物から見たら俺は食用なのか。
しばし転がると火が消えた。
「だ、大丈夫だ! 直ぐに消えたから大火傷はしていない」
「うぅ……本当……ですか……」
倒れ伏した姿勢のまま応える。サレハが涙ぐみながら俺の前にかがみ込み、そして覗き込んでくる。
「これが炎上の罠だ、よく覚えておけ。罠はまだ残っているから絶対に踏まないように」
立ち上がると服の一部が焦げ落ちた。治癒ポーションが無いので回復もできないが、まだ死を覚悟するほどの損傷は受けていない。
「兄様……服が……」
「なあに鉱山内は熱いからな。丁度いいってもんだ」
こんなのは序の口だ。服だって大事な場所はきちんと隠れている。
特殊なスキルを持った魔物たち、悪意溢れる罠、使い道を誤れば死に誘うアイテム。ダンジョンの恐ろしさは階層を下るごとに増してゆく。
会話を聞いたのだろうか、魔物の足音が近寄ってくる。ぬるぬると粘着質な音を引きずっているから、恐らくスライム種だろう。
「魔物が来ました!」
赤いスライムが姿を現した。さしずめレッドスライムと言った所か。
定石通り、体内のコアを潰そうとしたがサレハに止められる。
「魔法を使います! 任せて下さい!」
サレハが両手を前にかざし、神経を集中させる。
「
──小さな氷矢が魔物に飛来する。矢はレッドスライムの体を貫通したがコアからは外れた。サレハが続けて詠唱する。
「……っ!
──5本の氷矢がレッドスライムに飛んでゆく。そのうちの一つがコアに突き刺さるや、レッドスライムは真っ赤なマグマを撒き散らして爆散した。
「……ふぅっ」
緊張から開放されたサレハが息を吐く。もし俺が素手でレッドスライムを仕留めていたら、マグマが体に掛かって大怪我をしていただろう。
「ありがとうサレハ。魔法……覚えていたんだな。よくこんな短期間で……」
「魔導書通りにしただけです。多分ですけど……不慣れさをMPの多さでカバーしているだけです。こんな弱い魔法でもMPが減った感覚が強いです。あと、兄様から貰った魔術書に書いてある魔法はかなり変わっていますね」
「普通の魔法とどう違った?」
「詠唱方法と理論がまるで違っていました。氷矢の魔法でしたら【アイスボルト】が一般的ですが、この魔導書の魔法、古代魔術と言うべきでしょうか。これは言葉を組み合わせて詠唱を形成しているんです。他にも──」
サレハの説明を聞く。どうやら先程の魔法だと
組み合わせは無数にあるが、不慣れなものや強力なものはMP消費が多いそうだ。サレハは俺の600倍以上のMPを持っている。それで不慣れをカバーしているのだろう。
サレハは王宮にいた頃に、図書館でこっそり魔導書を読むことがあったらしい。それで違いが分かったのだと。普通の魔法は覚えられなかったとも言っていた。仰ぐべき師と時間さえあれば会得できただろうに。
「凄いじゃないかサレハ! やっぱり魔法の才能があったんだな!」
頭を乱暴に撫でる。髪が乱れてしまったがサレハも嬉しそうにしている。
「よし。MPを温存しつつ先に進もう」
「はい!」
また歩みを進める。
道中で拾った『鋼鉄のフレイル+2』を装備する。それとポーション、スクロールを拾ったので、アイテムボックスにしまう。
投石オークを見つけたが攻撃される前にフレイルで叩き潰した。魔物も単騎ならばそこまで苦戦はしない。
後方にも留意する。サレハのステータスはMPと魔法力以外は一般人と変わりない。いや、むしろ弱い部類だ。非力なままダンジョンに挑んだ者が、どういった末路を辿るかはこの身で覚えてきた。
だが、HPや防御力を上げるには魔物から攻撃を受けなければいけない。サレハでは耐えられないだろう。魔術師はパーティーの戦力を底上げしてくれるが、同時に脆い場所でもある。
歩く度にフレイルの鎖が音を鳴らす。
この鉱山は通路が複雑に入り組んでいて迷いやすい。壁は木の柱で補強されており、辺りにはトロッコ用の線路が走っている。鉱石を入れるための麻袋も見て取れる。
「ダンジョンというより、本当の鉱山みたいだな。魔物とアイテムがなければ、今にもツルハシの音が聞こえてきそうだ」
「そうですねえ。ドワーフの人々はこういった所で仕事をしているんでしょうね」
「……ドワーフ。ドワーフも領民に欲しいな」
獣人たちは手先はそれなりに器用だが、鍛冶を得手とするものは居ない。鍛冶と言えばやはりドワーフである。一人でも居てくれると助かるのだが。
「まずはダンジョンを踏破しないとな。先は長いぞ」
──足を踏み出す。嫌な感触を覚えたがもう遅い。
「しまった! サレハッ!」
──咄嗟にサレハを抱きかかえると、地面が大口を開けた。案の定、落し穴の罠に掛かってしまった。真っ暗な空間をサレハと一緒に落ちてゆく。
「あああぁああああああッッ!!」
落ちる。ただ落ちてゆく。
何とか意識を平静に保ち、次の一手を考える。まずは着地に備える。頭から落ちれば即死、サレハを潰してもいけない。ならば両足で踏ん張るしか無い。
覚悟を決めて両足を地面に向ける。直ぐに来るであろう衝撃が恐ろしい。どれだけの高さを落ちているのか見当もつかない。
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