第24話 アンリ・ボースハイト
「シリウス。戦況はどうなっている」
「西の土塁付近が崩れかけている! フェインを向かわせたが危うい、直ぐに向かってくれ!」
「応! 直ぐに行く!」
防衛戦が始まってより、スケルトン共は数の利を活かして遮二無二突進してくる。一人一人で見れば獣人たちの方が圧倒的に強い。だがこの村で戦える男は多くても30名ほど。戦士と呼ばれる男はさらに少ない。
1000を超えるスケルトンの波状攻撃により徐々に押され始めている。スケルトンの密集地に飛び込んで数を減らしてはいるが、まだ戦況は劣勢だ。
「……お兄さん。今……人の声が敵陣から聞こえませんでしたか?」
西の土塁に向かおうとした所をシーラに呼び止められる。
「何を言って……エイス兄上がわざわざ声を出して場所を知らせるはずがない。気のせいだろう」
「そ、そうですよね。ごめんなさいこんな時に」
「いや、気になることがあったら何でも言ってくれ。治癒ポーションの分配は任せたぞ!」
スケルトンに交じる人の声。もしエイス兄上で無いとしたら、鎖で囚われている男の子か。
気にはなるが、敵か味方かも分からない者のために時間は割けない。もしかするとエイス兄上がそこにいるかも知れないが、今は西の土塁の方が優先される。
「分かりました! あの、これを持っていって下さい!」
シーラから瓶入りの治癒ポーションを渡される。用途ごとに色分けされたラベルが貼られている。
「ありがとう! 行ってくる!」
走る。
今は一秒でも惜しい。
◆
西の土塁の上に着くと、獣人とスケルトンが戦っていた。
猛る篝火が戦士たちの姿を影絵のように映し出している。見るからに戦況は劣勢であるが、フェインの奮闘により戦線は保たれている。
「遅いぞアンリ!! 早く来ないと俺様が骨共を全部ぶっ殺してしまうぞ!!」
こちらを目ざとく見つけたフェインが叫ぶ。カセヤエが終わってから少し話すことがあり、
「ガハハハハ!! 喰らえぇええっ!!」
フェインが身の丈はあろうかという鉄棒を振り回す。するとスケルトンの首が遠くに吹っ飛んでいった。
「俺も行くぞフェイン!」
大鎌を構えて低い姿勢で疾駆する。
敵の中心に飛び込もうかと考えたが、倒れた獣人に群がるスケルトンの群れが見える。
「うわあぁっ! うわぁああああああっっ!!」
獣人の男が叫ぶ。時間がない。
駆け寄って一つを前蹴りで粉砕すると残ったスケルトンがこちらに敵意を向けてきた。
「すまねえ! 恩に着るぞアンリの旦那!」
「ああ! 出来るだけ皆で集まって戦ってくれ!」
スケルトンがサビだらけの剣を振り下ろしてきたが、ヒヒイロカネの大鎌が軽く当たるだけで真っ二つに折れた。
剣戟を防いだ勢いのまま、大鎌を大きく振り回して残ったスケルトンを叩き切る。鋭利な断面を残したまま、スケルトンはその場に倒れた。
「やるじゃねえかアンリよぉお! 獲った首の数を比べようぜえ! 俺様は7体だぜ!!」
「俺は100体だ!」
細かい数は覚えていないがそれ位は倒しているはずだ。
「見栄を張るなアンリいいい!! 俺様がシルバークロウ氏族の煌めく一等星になり、そして村一番の美女を娶るのだああ!!」
フェインが滅茶苦茶に鉄棒を振り回す。巨躯から繰り出される一撃に、恐れ知らずのスケルトンが一歩引いている。ように見える。
ふと、土塁に腰掛けて項垂れている獣人が見えた。
駆け寄って声を掛ける。
「おいッ! 大丈夫か!? ポーションがあるから気をしっかりと持て!!」
「アンリ! ポーションが勿体ねえから使うんじゃねえ!!」
フェインが何を言っていか分からない。。
シーラの作った治癒ポーションはあらゆる傷を治せる。この男だって治せるはずである。
「死人に使うんじゃねえ!! よく見てみろ!!」
首に手を当ててみたが脈がない。
服を破って確認すると、腹部からおびただしい血が流れていた。もう死んでいる。
この男はスケルトンに殺されたのか。それともアンデッド化してから仲間たちに殺されたのか。
「ぐうッ……!」
歯を折れそうなほどに噛みしめる。また一つボースハイト家の罪が増えた。
「怯むんじゃあねえぞお前ら! 俺たちは何だ!!」
フェインが獣のように叫ぶ。
「俺たちはシルバークロウ氏族! 誇り高き狼の末裔ッ!!」
一人の若者が槍を振り上げて呼応する。
「そうだぁあ! シルバークロウ氏族は引かねえし負けねえっ! 村を守るために全員死んでも戦えッッ!!」
苦戦に萎えかけていた周りの獣人が、武器を手に喚声を上げる。集団でスケルトンに当たり始め着実に敵の数を減らしていく。
俺も敵の塊を見つけては突撃する。
ダンジョンで戦った猛者どもに比べれば雑魚だ。恐れるは数の多さのみ。だがそれが一番恐ろしい。
◆
西の土塁の次は、南の木柵、そして次は北の正門。
雲霞のごとく押し寄せるスケルトンたちを遊撃して回る。夜半に始まった防衛戦だが、地平の彼方から朝日が昇ってくるのが見える。
休まずに戦い続けているせいで体の調子がおかしい。
疲労が溜まれば治癒ポーションの原液を少し舐める。すると体に力が漲ってくるが、淀みが溢れるように体に異変が起こる。
「ぐうううぅうっッ……」
時折、頭の中で海鳴りの様な音がする。戦っているうちに意識が数秒飛ぶ。気がつけばスケルトンが倒れているので、きちんと体は動いているようだ。
──ステータス保持。あらゆる怪我や病気でもステータスが下がらない固有スキル。心さえしっかりと保てば、文字通り死ぬまで戦えるだろう。
「母上……このスキルは今日の為にあったのですね……」
今は戦いと戦いの間の小康状態。そこかしこで剣戟の音は聞こえるが、スケルトンの大攻勢はどこでも発生していないはずだ。
「アンリ! 大丈夫!?」
トールとガブリールが駆け寄ってくる。
膝を付いた俺の肩を支えようと、かがみ込んで手を添えてくる。
「いや……疲れた……戦況がどうなっているか分かるか?」
「シリウスが言ってたけど、敵が少しづつ引いてるよ。残ったスケルトンを倒したら、エイスを見つけて倒すんだって!」
「そうか。少し休んだら俺もエイス兄上を探すよ」
トールが俺の顔を覗き込んでくる。
「ねえ……? もう頑張ったし休んで良いんじゃない。このまま行けばシリウスが全部終わらしてくれるよ」
「駄目だ。これは俺の一族の問題でもある」
「お兄ちゃん……なんでしょ。駄目だよそんなの」
何が兄だ。あの糞袋どもに家族の情なぞあるものか。
「奪うな……」
トールの優しさが心の何処かに刺さって痛い。
「え……どうしたのアンリ? ねえシリウスのお家にお爺ちゃんたちが待っているから、そこに行こうよ? ねえ……そこは子供も居るし、アンリが守ってくれると嬉しい……な」
「俺から奪うなアぁッッ!!」
奪うな。この苛立ちも憎しみも、全部俺のものだ。
これがあるから、今日まで生きてこられた。
殺してやる。絶対に殺してやる。
穢れしボースハイトの一族を苦しみの中で殺して、生まれてきたことを後悔させてやる。
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