クリスマスプレゼント
そして、ハナと過ごす初めてのクリスマスがやってきた。
12月24日。
クリスマスイブ。
僕らは、この家でふたりきりでささやかなパテーティーをした。
先週の日曜日に買ってきた大きなクリスマスツリーのイルミネーションが、ピカピカ光ってとてもキレイだった。
ハナは、腕によりをかけてご馳走を作ってくれた。
もちろん、どれもこれも美味しかった。
食事もひととおり落ち着いたところで、僕は冷蔵庫の奥からクリスマスケーキを出してテーブルの上に置いた。
ハナを喜ばせたくて、美味しいと評判の人気の店のケーキを予約しておいたのだ。
イチゴとチョコクリームのオシャレなケーキだ。
「じゃん!」
カパ。
箱を開けると、サンタやトナカイや雪だるまの砂糖菓子が乗った美味しいそうなケーキが姿を現した。
「うわぁー。可愛いー!」
ハナの目がキラキラしている。
よかった、喜んでくれて。
僕も満足しながらケーキを眺めていると、突然ハナがぷっと吹き出したんだ。
「どうしたの?」
「思い出したの。トオルと私が出会った日のこと」
「……ああ、そっか。ハナが自転車で突っ込んできてケガしたあと、日付変更ギリギリででケーキのロウソクの火、消したもんな。で、そのあとふたりで残さず食べたよな」
「そうそう。ちょっとつぶれたケーキね」
「真夜中のコンビニの外でな」
僕もハナも、あの時のことを思い出しておかしくて笑ってしまった。
「ねぇ、ロウソク……じゃなくて。キャンドルつけよっか。この前買ったヤツ」
ハナがイタズラっぽく笑った。
ふたりで3つの赤いクリスマスキャンドルに火をつけ、部屋の電気を消した。
「おお……。キレイだねぇ……」
「うん。キレイだ……」
僕とハナは、揺らめく美しい炎をしばらくの間ぼんやり眺めていた。
「あ、そうだ」
僕はすっと立ち上がりその場を離れた。
実は、ハナに内緒でクリスマスプレゼントを用意していたんだ。
僕はプレゼントを隠し持って、再びハナの隣に座った。
「どうしたの?」
キョトンとしているハナに、僕は差し出した。
「はい。クリスマスプレゼント」
「えー?」
ハナが嬉しそうに僕の顔を見る。
「気に入るかわかんないんだけど……。開けてみて」
ドキドキする。
ハナは喜んでくれるだろうか。
僕がソワソワしていると、ハナがすっと立ち上がった。
「じゃ、一緒に開けよう!私もトオルにプレゼントがあるんだ」
「え?」
「ちょっと待ってて!」
そう言って、ハナは嬉しそうに隣の部屋に走っていった。
お互いプレゼントの話題は特に出なかったので、僕は内緒で用意してたんだけど、ハナも、同じように内緒で用意してくれてたんだ。
「おまたせっ」
ハナが急いで戻ってきた。
そして。
「はい」
キレイにラッピングされてる袋を僕に差し出したんだ。
「うわー。なに?これ」
「ちょっと待って、明るくしよ!」
ハナはパチッと電気をつけると言った。
「まだ開けちゃダメだよっ。せーので開けよう」
ハナは、『せーの』というかけ声が好きだ。
「せーのっ」
お互いニヤニヤと目を合わせながら、僕らはプレゼントを開けた。
ガサゴソ、ガサゴソ。
包装紙や箱を開ける音が響く。
そして、ほぼふたり同時に声を上げた。
「うわー」
「おおっ」
笑顔で顔を見合わせる僕ら。
僕がハナにプレゼントしたもの。
それは、小さな向日葵の花びらを象った優しいゴールドのネックレスと、ミニ向日葵が揺れる小さなピアスだった。
「可愛い!!」
ハナが嬉しそうにそれを持って鏡の前に駆け寄った。
「クリスマスに真夏の向日葵もどうかな……って思ったんだけど。どうしても向日葵の形をしたアクセサリーをあげたくて……」
街中のいろいろな店を探して、ようやく見つけたんだ。
「すっごく可愛い!私、向日葵大好きなんだ。たぶん、花の中でいちばん好きかも。でも、トオルはなんで私に向日葵をくれようと思ったの?」
僕は、ちょっと照れくさくて目をそらしながら言った。
「……似合いそうだな、と思って。ハナは明るくて元気で。……向日葵みたいだから……」
僕の言葉に、ハナがまたとびきりの笑顔を見せた。
「ありがとう。嬉しい」
ほら……。
やっぱり向日葵みたいだ。
明るくて、キレイで。
冬なのに、僕の心はあったかい。
ハナの笑顔を見ていると、元気になる。
僕まで笑顔になってしまう。
ハナは、僕の心に咲く僕の向日葵だのようだーーー。
そして、ハナが僕にプレゼントしてくれたもの。
ブルーのマフラーと手袋だった。
「なかなか上手でしょ?」
ハナはが後ろから覗き込んでニカッと笑った。
「え?これ。もしかしてハナが編んだのっ?」
「うん」
マジか!!
「すごいよ、すごいっ。こんな才能もあったんだ。ありがとう!」
目の揃った、シンプルでキレイな編模様。
お店に並んでいてもおかしくないくらいの出来栄えに、僕はただただ感心するばかり。
「貸して」
マフラーを手に取ったハナは、そのマフラーを僕の首元に優しくかけてくれた。
感触がとても柔らかく、あたたかい。
「どお?」
僕が聞くと、ハナは嬉しそうに手を叩いた。
「似合う、似合う!やっぱトオルは青が似合うね」
僕も鏡の前に立ってみた。
「おお、いいねー。ハナ、ありがとう」
「うん。私は向日葵で、トオルは海の青。やっぱ私達夏生まれだから。冬だけどちょっと夏色」
「だな」
そう言って、僕らは笑った。
「あ、それと……もうひとつ!」
そう言いながら、ハナが僕の前になにかを差し出した。
「じゃんっ」
「え?」
ハナが僕に差し出したもの。
それは、水彩画の絵の具セットだった。
「絵の具……?」
不思議そうに見てる僕に、ハナは言った。
「この前さ、トオルが昔描いてた絵、私に見せてくれたでしょ?クローゼットの中をふたりで片付けてて掃除してた時に、たまたま出てきて……」
「ああ、うん」
そう。
ハナとふたりでゴチャゴチャになっていた僕のクローゼットを整理していたら、昔僕が描いた大きな絵が数枚、奥の方から出てきたんだ。
僕は、子どもの頃から絵を見るのも描くのも大好きだった。
だから、自分が描いた作品もきちんと額に入れて大事にしまっておいたんだ。
この家に引っ越してきた時に一緒に持ってきたものの、クローゼットの奥にしまい込んだままになっていた。
その存在も、すっかり忘れかけていた。
僕の描いた絵は、ほとんどが風景画だった。
ハナは、僕の絵をえらく褒めてくれた。
でも、なぜ絵の具を……?
今はもう全然描いていないのに。
疑問に思っている僕に、ハナが言ったんだ。
「トオル、また絵を描いて」
「……え?」
「私、トオルの絵を見て感動したの。優しく、キレイで。ホントにすごいと思ったの。もう一度やってみてほしいなって思ったの」
「ハナ……」
突然のハナの言葉に、僕は正直驚いた。
確かに絵を描くことは好きだったけど。
でも、もうそれは何年も前のことで……社会人になってからは全く描いてないし。
果たしてそんな僕が、今でもあの頃のようにスラスラ描けるのだろうか。
僕は、戸惑いのような懐かしさのような……なんとも言えない気持ちの中で。
静かに絵の具をセットを開けた。
真っ白いパレットに、カラフルな絵の具。
ふさふさとした真っさらな筆。
久しぶりに手にする、懐かしい筆と絵の具の感触。
不思議だった。
僕は、『また絵を描きたいーーーーー』そう、純粋に思ったんだ。
「……描いてみようかな。もう一度……」
僕の素直な気持ちだった。
「………うんっ!」
嬉しそうに大きくうなずくハナ。
そんなハナの姿を見ていた僕は、ふとこんなことを思ったんだ。
ハナの絵を描きたい。
僕がプレゼントした、その向日葵のネックレスとピアスをつけて、向日葵のように笑っているハナを描きたい。
そう思ったんだ。
こうして。
ハナから絵の具をセットをプレゼントしてもらったことをきっかけに。
僕は思いがけず、再び絵を描き始めることとなった。
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