第52話(騎士A視点)

「はっ? ロヴァルタを、レイザードのところに行かせた?」

「ああ、王子の命でな」


 ちょっとした仕事を終えて、戻ってくると部下の一人―― サルヴァの口から、予想してなかった言葉が飛び出す。


「発作が起きたわけね……」


 一仕事終えて戻ってくれば、これか。まさかため息をつきたくなる報告を、受けることになるとは思ってもみなかった。


 ―― 俺がいない隙を、狙ったな


 いたら苦言の一つどころか、十くらいは投げつける。それが分かっていたから、俺の留守を狙ったんだろう。


 帰ってきてみたら、主が初恋の相手に贈り物をするという個人的な理由で部下を使っていた。なんて報告は、聞きたくもなかった。


 普通なら勝手にしろで終わる。好きな子に贈り物をして、断られようが受け取られようが知ったこっちゃない。

 けれどあの人は、一国の王子だ。贈り物一つでも、厄介ごとを引き込みかねない。

 いつもならそんなこと、言われなくとも理解している。


 ―― 本当にあの子が絡むと、どうしようもないな


「お前らな、近衛じゃないんだぞ。命令されたからって、素直にほいほいお使い行ってるなよ」

「私服で、向かっている。王子の名も出していない、贈り物を包んでいるのも、そこらで売っている安物だ」


そうかなら問題はないか。なんて言ってやるつもりはない。そもそも届けに行くこと自体が問題なんだ。あの状態の王子の行動を、諫めないでいうことを聞いてどうする。


「なに制服のまま行って、王子の名をそのままだし、挙句に豪華な包みでもっていくだろう近衛よりましだって褒めてほしいわけ? 俺が言ってるのは、そういうことじゃない。分かってるだろ」

「そうだな」


 そうだよな。分かってるよな。

 王子が平民であるレイザードに、贈り物をする厄介さも何もかも理解している。そのうえで、ロヴァルタを見送った。質の悪い奴だ。


「せめてお前が、行けよ。あいつ彼に、出し抜かれてからやたらと対抗意識燃やしてるんだぞ」

「あいつも仕事に私情を、もちだすほと愚かではないだろう」


 伝えるべきことは、もう言ったとばかりに視線をそらす。いつものことだが、愛想のかけらもない。


「本来の仕事ならね……はあ、ちょっと外す。留守は、任せたぞ」

「随分と……」


 彼がかすり傷一つでも負ってみろ。もし万が一そのことを、王子が知ればうるさい。それをどうにか落ち着かせるのは、当のロヴァルタじゃない。すました顔で、書類仕事を再開したサルヴァでもない。この俺だ。


「なに」

「いや、随分と気に入っているようだな」


 入ってきたばかりの扉を開けようと、ドアノブに手をかけようとしたときぼそりとつぶやく声が聞こえた。振り返れば、落としていた視線が上がっている。


 気に入っているとか、気に入ってないとかいう問題じゃない。面倒なことが起きたら、俺の仕事が増える。


 事前に防げれば、こしたことはない。まだあの子に会う前なら、俺が届けに行く。

本音を言えば、届けずに贈り物とやらも持ち帰りたい。だがこの状況で、持ち買ったら王子がとんでもなく面倒くさいことになるのは想像しなくともわかる。


 もう会ってしまっていれば、阿呆なことをする前に止める。どっちにしろ、急ぐ必要があった。


「まあ将来有望な若者の芽を、駄目にするのもったいないだろう?」


 適当に返して、肩を竦めて見せる。

 確かに気に入ってはいる。けれどそれは、別問題だ。一番の問題はあの子に何かあれば、王子が仕事をしなくなるという一点に尽きる。そうなると自動的に、俺の負担が増えるんだ。


「そうか、行ってくるといい」

「ああ、留守はまかせた」


 何の感情も載っていない目で、静かに返してくる。


「ああ、お前のお気に入りに、してやられる程度の腕しかないが。尽力しよう」

「あのなあ俺はお前もロヴァルタも、あの子に劣ってると本気で思ってるわけじゃない。標的を仕留めもせず、傷を負わせもせず捕まえる。なんて本来の俺達の、仕事じゃないだろう」


 いつもと変わらない感情の、読めない顔の裏で機嫌を損ねていたらしい。嫌みを乗せてくる。

サルヴァはロヴァルタのように、感情の起伏が激しくないから読みづらい。いつも淡々としているせいだ。


 こいつが言ったように、仕事に私情をはさむような愚かな真似はしないだろう。けれどものすごくつまらない、実務には支障のない程度の嫌がらせはしてくる可能性もある。

 だから面倒くさいが、俺の考えを言葉にした。


 レイザードは強い。それは間違いない。学園なんぞ、もう通う必要もないだろう。王子の事が、ないのなら今すぐにでも俺の部下にほしい。

 

 確かにロヴァルタも、こいつも手間どり捕まえることができなかった。

 けれどあそこまで、こいつらがしてやられたのは――あの子の命を奪ってしまう訳には、いかなかったからだ。奪う事に特化した俺たちの戦い方は、傷つけずにという条件が付くと難しいものになる。

 

 まあ最大の要因は、王子の言葉だ。


 『かすり傷一つでもつけるな』


 寒気すら覚える笑顔を浮かべた王子に、そんなことを言われれば従うしかない。

 まあそんなふざけた命令があっても、捕まえられると踏んでいた。それでも苦戦したのは、あの子が予測以上に腕が立ったからに他ならない。


「ふっ、分かっている。冗談だ」

「お前の冗談は、笑えないうえに面白くないから止めろって」


 真顔で冗談を言うのは止めろ。思わずツッコミを入れたくなったが、止めた。

こいつが笑顔を浮かべたりなんかしたら別人かと疑いたくなる。


「そうか、ロヴァルタは、ときどき腹を抱えて笑うぞ」

「俺、あいつの笑いの感性がわかんない」


 そういえば時々、無表情のこいつと腹を抱えて笑うロヴァルタの組み合わせを見かける。面倒だから一々関わらないけれど、あれはこいつのいう冗談に笑っていたのか。気になるから、どこに面白さを感じるのか今度聞いてみることにしよう。


 ―― 余計な時間をくったな


 脳裏にレイザードに、一方的にまくし立てているロヴァルタの姿が目に浮かぶ。


「いまは、生かして捕えるのも仕事の内だ。そうだろう?」

「……そうだな」


 ドアノブに、手をかけると背後から声がかかる。それに振り返らずに、答えて扉を開けた。



「ただいま! あー、疲れた!」


 開けた途端、ロヴァルタが勢いよく入ってきたせいでぶつかりそうになる。あたるような間抜けはしないが、ノックぐらいしてから入ってこいと小言を言いたくなった。


「誰も傷つけない、小間使いの様な仕事もたまにはいいものだろう」

「いいわけあるか! あのガキ、屁理屈こねて、中々受け取らないんだぞ!」


 背伸びをして椅子に座るロヴァルタに、淡々とセルヴァが言葉をかける。それに脊髄反射のように、声を荒げてロヴァルタが返した。


「そうか彼は、お前より知能の程度が上か」

「そういうことを、いってるんじゃない!」

「はいはい、そこ騒いでないで王子に報告してこい。お仕事は報告までして、終了ですよ」


 放っておいたら永遠に、続けそうな二人を止めに入る。いつもならほおっておくが、さっさと報告しにいかないと王子がこの部屋まできかねない。


「うるさい、今行くところだよ」

「はいはい、そうだな。今行くところだったんだね。ならいい子だから、さっさ行ってきなさいって」


 さっさといけと手を振ると、露骨に片眉があがった。


「子供扱いするな!」

「お前をガキあつかいできないなら、他に誰をすればいいんだよ。ほら分かってるなら、王子に報告に行くぞ。俺も用があるから、一緒に行く」


 一人で行けないなら、連れってやろうか。そう付け足すと、肩を怒らせて返してくる。そのままの勢いで、扉を開けようとして動きを止めた。


「お供します」


 振り向いたロヴァルタからは、怒りの感情が消えている。

 感情の起伏が激しくて、子供のような態度をとる。そんな姿はこの扉を一歩でもでれば、見せることはない。


 ここから出れば王子直属の騎士として、それ相応の振る舞いを求められるのは当たり前だ。騎士の服を身にまとう、王子直属の騎士―― 城の中であのままの態度でいれば、王子の名に傷をつけることになる。だからがらりと、表情も口調も変える。


 いつもこうならいいとは思うけれど、そうなったらなったで気味が悪い。

 口にしても、扉が開いているなら怒鳴り声は返ってこないだろう。ただあとで面倒なことになるのは確実だから、そのまま軽く返事をして王子の執務室に向かった。 



「ただいま戻りました」

「どうだった! 喜んでくれたか!?」


 執務室の扉を開けて入室すると、室内をいったりきたりしている王子が見えた。


 ―― おい、まさかずっとこの調子だったのか?


 室内で警護についていた部下に、視線を向けると一度だけ瞼を閉じてまた開けた。

 どうやら仕事もせずに、ひたすら部屋を徘徊していたらしい。


「……とても喜んでおられました」

「そうか! ご苦労だった。ありがとう」


 口元をひきつらせるのを何とか堪えたロヴァルタが、恭しく礼をしてから言葉を返す。気持ちは分かる。何度見ても、これが自分の主が疑いたくなるよな。普段と違いがありすぎる。むしろこれが現実だと言われるより、お前の頭がおかしくなって幻影を見ているのだと言われたほうがマシだ。


「いえこれくらいお安い御用です。いつでもお申し付けください」


 帰ってきてからも不満を垂れていた奴とは思えない反応を示している。けれど思わずそう返してしまうのも、分からないでもなかった。あんなに心の底から、嬉しそうに微笑まれたらそう返したくもなる。


 ―― まあそれで、済ますつもりはないけどな


 先に戻ってろと、ロヴァルタに視線を送る。警護していた部下にも、扉の前で控えているように指示を出してから王子に向き直った。

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