第47話
―― 馬鹿か俺は……
張り切って学園に来たんだが、今日が休みなのを失念していた。シーディスさんのところで過ごしていた間は、日にちを気にすることもなかったからうっかりしていた。
休みなら学園にいてもしょうがない。帰ろうとすると、サイジェスの姿を見つけた。
「怪我は、もういいのか?」
「はい。ご心配おかけして、申し訳ありません」
心配していたかどうかは、分からないが礼儀として頭を下げる。
「気にするな。……少しいいか。話がある」
「はい」
うなずくと、着いてくるように言われる。ここでは話せない込み入った話でもあるのだろうか。わからないが、大人しくついていくことにした。
「最初に謝罪する。すまない」
「謝られるようなことを、された覚えがないのですが」
主任室に入ると、頭を下げられた。特に謝られるようなことも、思いつかないので正直に口に出す。
「闇の術師についてだ。調べると、対策を練るといっただろう。あんなこと言いはしたが、全く収穫がない」
あれから闇の術師について、調べて続けてくれていたらしい。だが結論から言えば、めぼしい成果がないということを報告された。
「すまない」
「いえ元々、闇の術師についてはろくに記録が残っていないと聞きます。調べようにも、できないのは無理もありません」
文献にも、残っていない。こんな術だったという情報はあれど、正確なところは分からない。そんな状況なんだ。分からなかったことを、責める気にはならなかった。
それに必要ならいずれ情報が、もたらされるだろうと思っている。理由はロイだ。あの一件には、主人公であるロイが絡んでいる。ということはもしイベントが進めばロイに、情報がもたらされることになるだろう。
正直にいうと、闇の術なんて未知数の危ないものに関わってほしくないという思いもある。あのときロイは軽傷で済んだ。けど次もそうなるとは限らない。
―― 大丈夫か……
モブの俺が、大けがを負ってはいるもののここはライトなBLファンタジーの世界のはずだ。
きっと主人公が、重傷をおうなんて展開もないだろう。
できれば俺も、怪我なんてしたくない。もう少しモブにも、優しい世界にならないだろうか。
「どうかされましたか?」
「いや……」
言いたいことがあるのに、言葉に出すのは憚れる。そんな表情で、サイジェスが視線を寄こしていたから声をかける。
「少しではあるが、闇について知識のある講師がいる。お前さ良ければ、話を聞きいってもいいんだが……」
「闇について、詳しい先生ですか?」
それならこれから巻き込まれる可能性の高いロイに、ぜひ教えてあげてほしい。俺はただの巻き込まれたモブだから、必要ない。
「ああ闇の気配が、ジルベールに残っていることに気づいたのも奴なんだ。だが、そのな……」
「はい」
なんとも歯切れの悪い。いったいなんだというのか。
「少々、人間性に問題がある。不快に感じたら、すぐに話を止めていいからな」
人格に問題がある奴が、講師をしているというのはどうなのか。ちょっと言ってやりたくなったが、止めておく。サイジェスはあくまで、中間管理職だ。言っても困らせるどころか、ストレスを増やしかねない。
内心を口に出さずに、話を聞いているとなぜだが俺が話を聞きに行く方向でまとまってしまった。
正直に言うと、人間性に問題がある。そう言われた奴に、会いたくはない。だがここで『俺は良いので、ロイに伝えてください』なんて言ったらその問題講師とロイが対面する羽目になる。とりあえず俺が会って、問題ないと判断してからロイに伝えてもらうように言ってみることにした。
「やあ君が、闇の術師に襲われたレイザードだね! 会えてうれしいよ」
―― 俺は、全くうれしくない
人が襲われたというのに、それを満面の笑みで言葉にするなんてどういう神経をしてるのか。
教えられた講師室に行くと、白衣をきた瓶底がいた。これが攻略キャラなら、瓶底眼鏡を取ったら美形というお約束があるかもしれない。だがこいつが攻略キャラでも。俺は関わりたくない。会って数秒だが、こいつとの相性は最悪だと判断した。
なんかイラっとするんだ。声のせいなのか、やたらとテンションが高い背なのかはしらんが一々癪に障る。
テンションが高いまま、瓶底が朗々と語り始める。至極うっとうしい。大した話じゃなかったから、聞き流しているとある気になる情報が耳に入った。
闇の術で操られた人の目は、紅くなるというものだ。
「それで、どうかな。君を襲った生徒の目は、赤くなっていた?」
「覚えていません」
あの状況で、目がどうだったかなんて見る余裕はない。ただでさえとんでもないジルベールが、手加減なしで術を放つところだったんだ。目がどうのなんて、気づけるわけがない。
「操られている人は、全員が目が赤くなるんですか?」
「いや闇の術師と言っても、ほかの適性と同じく程度に差がある。露骨に赤くなる場合もあるし、凝視しないと気づかないレベルの時もある。レベルが高いと、全く変化ないこともあるそうだ」
「そう……ですか」
なんというか、説得力に欠けるな。
「しょうがないだろう? 闇の術師に関する文献は、凄く少ないんだよ。残っていても、古くて損傷が酷くて読めないものをあるし。この情報だけでも、かなり貴重なものなんだよ」
「そうですか」
確かに大した情報がないのに、それだけでも貴重なものなのかもしれない。けどなんでこいつが、そんなことを知っているのだろうか。
「先生は、その情報をどこで知ったんですか?」
「前に酒場で、話してくれた人がいるんだ。闇の術の残影のことも、教えてくれたんだよ」
―― 酒場で?
ただの酒場で、ほとんど情報のない闇の術師について話す奴がいた。なんだそれは、とてつもなく怪しいだろうが。
大丈夫かこいつ、なんでそんなところで得た情報を鵜呑みにしているんだ。
もしその情報が、本当の話だとしても怪しすぎる。なんでこいつに、わざわざそんな話をした。
こいつが闇の術師について知りたがっているから、からかったって理由なら一番納得がいく。情報が得られない事を、酔った勢いで愚痴っていたのかもしれない。
けどそれがもし本当なら、いったい何の目的で話をした。
―― いやちょっとまて
思考がどんどんと、暗いほうに向かっていく。この講師が、胡散臭いせいで思考がシリアスになってしまった。きっと暗い展開なんて、ならないはずだ。ここはあくまでライトなBLファンタジーの世界なんだから。
「けれどそれだけじゃ情報が少ない。よって研究も、中々進まないんだ。でも闇の術師に襲われたという貴重な存在がいる。そうだ君だよレイザード! これで僕の研究も、進むかもしれない!」
―― おい
お前は講師の端くれだろう。生徒が襲われて、喜ぶなんてどういう神経をしているんだ。
これはロイに合わせないほうがいいな。きっと嫌な思いをする。
「その発言は、講師として問題があるぞ」
心の声が、漏れたのかと思った。けれど違う。後ろを振り向くと、眉間にしわを寄せてため息をつくサイジェスがいた。
「すまないな。何か役に立てばと、思ったんだが……戻っていいぞ」
「何を言っているだサイジェス! これからいろいろ聞いて、闇について調べるんだよ。ああそうだ! 彼の次は、操られていたという生徒も連れてきてくれ。覚えていることを、詳しく聞けば何か研究の役に立つ……」
「もうしわけありませんが、ご期待には沿えません」
わめく声の不快度が、あがる。
こいつはなにを、言っているんだ。闇に操られ心に傷を負ったジルベールの、傷をえぐるつもりか。
もし生徒を、守るために必要なことならまだ我慢できる。二度と生徒に被害が、及ばぬように対抗策を考えるために必要だ。そう言われれば、納得もするだろう。
だがこいつは、今なんて言った。研究の役に立つから、操られていたジルベールから話を聞くだと? こいつの知的好奇心を、満足させるためにあいつを傷つけるつもりか。あいつは操られて、人を傷つけたことで心に傷を負ったんだぞ。
自分が満足すれば、生徒の心の傷をえぐろうが構わないといったも同然だ。まるで人ではなく、モノを扱いじゃないか。
―― ふざけるな、やめろ
『そんなこと、二度とさせるものか』
モノなんかじゃない。違う、生きてる人間なんだ。
言いようのない怒りが、まるで俺を侵食するかのように広がっていく。何かわからない、モザイクがかかったような映像が目の前に広がる。
何も見えない。なんだが分からない。けど目に映るそれに、ひどい痛みと怒りがごちゃ混ぜになっていく。
「それ以上は、止せ」
「サイジェス先生……」
肩を掴まれた。気づけば、汚らしい部屋が目に映る。
そして自分でも気づかないうちに、術を構築していたんだろう。鋭い氷の刃が、宙に浮いていた。
「俺は、貴様の知識が何か役に立つと思ったから彼と会う許可をだしたんだ。生徒を傷つけさせるためじゃない。例の件に関わった生徒への接触は、禁ずる。分かったな」
サイジャスの目つきが、鋭利になっていく。怒鳴り声をあげているわけでもないのに、随分と怒っているのが分かった。
横目で見ただけも結構な迫力がある。瓶底がひきっつた声をだして、頷いたのが見えた。
「すまなかったな」
「いえサイジェス先生は、悪くありませんので。止めて下さってありがとうございます」
会話をしながらも、考えるのはなんだかよく分からない映像のことだ。まるで塗りつぶされたように、何も見えなかった。
またバグだろうか。王族とそれに関係する連中に、関わらなければおきないと思っていた。だがどうやら違うらしい。
バクだ。分かっているんだが、もやもやした気分になる。
―― ジルベールの入れた茶が飲みたい
あいつが入れた茶は上手いし、ほっとする。今どこにいるだろうか。
サイジェスと別れて、ジルベールを探すことにした。今日は学園が休みだから、学内を探しても意味がない。かといってあいつが、休みの日にどこに出掛けているのかわからない。
そういえば俺から、あいつを探したのは初めてな気がする、いつも気づいたら、寄ってきていたから探すこともなかった。
やみくもに探しても意味がないだろう。出かけているかもしれないが、家に行ってみることにした。
ジルベールの家まで行き、来訪を告げると扉が開く。どうやら今日は、運がいいらしい。いやよくないか瓶底に会ったしな。
「お前の入れた茶が飲みたい。入れてくれ」
何の約束もなく家まで、押しかけたうえに茶を入れろ。そんなことをいったせいか、扉を開いたジルベールは目を丸くしている。
「えっ? それはもちろん喜んで。レイザード、体調が悪いんじゃないか? 顔色が悪いよ」
「悪くはない」
―― いいのか……
休みの日にいきなり押しかけられて、この反応だ。こいつは結構いいやつなのかもしれない。
心配はされたが、体は全く問題ない。ただもやもやした気分が、全く晴れてくれなかった。重くなって沈んだまま浮上してくれない。
なんでだろうか。なんでこんなにも、頭が重い。
「頼む、お前の入れた茶が飲みたい」
そうすればなんでか、気分が晴れる気がするんだ。
「わかった。すぐ入れてくるか、座って待っていてくれ」
中に入るように促されて、以前に入ったリビングに通される。しばらくするとティーカップを、お盆に乗せてジルベールが戻ってきた。
「どうぞ」
「すまない」
どうやら相当具合いが、悪く見えるらしい。心配そうな視線を寄こしてくる。
温かい茶を、飲むと少し気分が楽になった気がした。理由の分からないもやもやは、まだ残っている。それでもだいぶましになった。
なんでこんなに、気分が落ち込むのかがわからない。自分の事なのに、分からないことにイライラする。
もう一口、飲み込む。茶の温かさに、包まれているような気になった。なのになぜか、酷く悲しい気持ちにもなる。なんで温かい茶を飲んで、こんなことを思うのか。
「美味い」
「よかった。前にも入れたときに、好きみたいだったから選んだんだ。いつでも言って、また入れるよ」
『本当のこのお茶が、お気に入りね』
微笑みを浮かべて俺を見るジルベールに、礼を言おうした時だ。誰かの声が聞こえてくる。
―― 誰だ?
『またお茶の時間に、いれましょうね』
誰かが俺に、微笑みかけている。けれど誰だかが分からない。微笑んだ。そう感じたはずなのに、目の前に誰かの顔が見えない。まるで接触不良を起こしたテレビの画面を、見ているような映像が目の前に広がっている。
耳障りな音が、断続的に脳内に響く。
『―― 』
名を呼ばれた気がした。けれどそれは俺の名ではない。俺のここでの名前は、レイザードだ。名を呼ばれた、違う。何も聞こえないのに、なぜかそう感じる。
―― ……さん
今俺は何を思った。おかしい、わけが分からなくなってくる。きっとまたバグだ。それ以外ない。そのはずなのに、なんでこんなに……こんなになんだというのだろうか。わからない。いたいのか辛いのか、嬉しいのか。感情がごちゃごちゃになって、訳が分からなくなっている。
ただのバグだ。けれど精神に影響してきている。迷惑極まりない。
―― もうつかれた
何につかれたというんだ?
―― もうだめだ。きっと……
何が駄目なんだ。きっとなんだというのか。
無意識に手を引いていたらしい。カップとソーサが、接触して軽い音をたてる。けれどそのおかげで、もやもやした雲のようなものが晴れた。
傾けていたカップの中身が、空なことに気が付く。茶を飲みたくて此処に来たんだ。飲み終われば用もない。
―― 帰ろう
休日に約束もなくこられて、長居をされたらジルベールもいい迷惑だろう。
「礼を言う。いきなりきて、すまなかったな」
「レイザード、良かった今日泊まっていかないか?」
礼を言い、出ていこうとすると予想外のことを言われる。いったいなんで、泊っていけと言われたのだろうか。
「ごめん、今の君を一人にしておきたくないんだ」
なんでそんな心配そうな顔をして、俺を見ている。今の俺が、なんだというのか。
いつも通りだ。俺は何も、変わりは……いや違うな。いつも通りなんかじゃない。
「一晩、世話になる」
頷き返すと、安堵の表情を浮かべる。どうやらよほど、心配をかけているらしい。バグのせいでイライラして、気分が低下して心配かけるなんて迷惑極まりないな。気を付けることにしよう。
「夕飯に、何か食べたいものはあるかい? 作るから遠慮なくいってくれ」
「カルヴァーダ」
聞かれて口からこぼれ出たのは、全く聞いたことがない単語だった、自分で言っておいてなんだが、それがなんだかわからない。地名なのか、人名なのか、食べ物なのか。それとも問われた料理なのか。
わからない、わからない。自分の事なのに、分からないことだらけだ。
ただのバグだ。それは分かっているのに、なぜだが収まった不安が、再燃する。
「ごめんレイザード、聞いたことがない料理だ。よく行く店の料理人に、聞いてくるよ」
「そこまでしなくていい。体が温まるものなら、なんでもいい」
口にした俺も、何だか分からないんだ。料理かすら分からないのに、そこまでする必要もない。
そうなんだか分からない。なのになぜか、口からでていたんだ。
軽視していたバグだが、ここまでくると深刻な気がしてきた。だが俺にはどうしようもない。
常識的に考えれば、さっさと帰るべきだろう。約束もなく押しかけて、茶を入れさせた挙句に泊っていく。どこからどうみても、非常識な奴だ。
それにあれだ。ロイが泊っていくイベントなら、萌えるが俺じゃ欠片の萌えにもならない。そう普段の俺なら、萌えもしないのにジルベールの家に泊まろうなんて思いもしない。
けれどなぜだろうか。今は一人じゃないことに、安堵している自分がいた。
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