第46話

 やっと帰ってよいと、先生に許可をもらえた。


 ずっと休んでいたせいで、体がなまっている。いきなり張り切って、動いても早々にばてるだろう。

 そう思って散歩がてら、外出することにした。


 久しぶりの街を、満喫していると目を疑う光景が目に入ってくる。


 ―― 白昼夢でも、見ているのだろうか


 現実には、こりえないだろうことが、目の前で繰り広げられている。


 ―― 別人かな


 そうだ、きっとそっくりさんだ。そう思おうとしたが、あまりにも似すぎている。

 先生が……先生が、愛想よく屋台の店員と会話をしている。笑顔のオプションまでついていた。

 よし人違いだ。別人だ。あそこまでいくと、同一人物とは思えない。


「無視とは、いい度胸だな」


 踵を返して、去ろうとした。したんだが後ろからかけられた声に、止まらざるえなくなる。


「すいません。別人かと……」


 口が滑った。どうした俺の口、なぜこんなときに本音が漏れた。


「お前、俺のことを誰彼かまわず地を出す非常識な奴だと思ってたのか? 初対面の相手に、出すわけないだろうが」


 ―― 俺は思い切り出されていましたが


 心の声を出すのを、なんとかこらえて黙り込む。


「お前の時は、シーディスの馬鹿があほな行動をしてたせいだ。ばれてるってのに、取り繕っても意味ないだろう」

「そうですね」


 言ってから、同意すべきじゃなかったか。そう思ったが、とくに気にしている様子もない。

 怒らせなかったことに、心底ほっとしているんだが俺の顔はいつもと変わらない無表情である。


「おい、お前暇か?」

「いえ暇では……」


 特に用事もないから、頭を下げて立ち去ろうとした。だがなぜか呼び止められてしまう。


「暇だな?」

「はい」  


 笑顔で凄まれて、いいえと言えるわけがない。とても不本意だが、頷いておいた。


 ―― お世話になったしな


 命の恩人でもある。なにか用事があるようだし、俺にできることなら手伝うのは問題ない。そんな思いもあって、頷き返す。


「ちょっと付き合え」

「わかりました」


 校舎裏にですか? なんて、聞き返すわけにもいかずに、おとなしく返した。言っても、意味が通じないだろうしな。






「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう……うるせえぞ」


 連れてこられたのはカフェを、併設しているケーキ屋だった。店員の女の子には、笑顔で礼を言っていたのだがなぜか俺には声を低くしてすごんでくる。


「何も言ってませんが」


 そう俺は何も言っていない。甘いものが好きなんですねとも、意外ですともなにも口に出してはいないんだ。


「男が一人で、入り辛いんだよ」

「意外です。気にされるんですね」


 また口が滑った。まったく周りの目を気にせずに、入りたければどこでも入りそうなイメージがある。そんなことを、考えていたせいだろう。

 それにしても俺は、先生に対して心の声がよく漏れる気がする。疲れているのかもしれない。今日はもう帰って休みべきだろうか。


「うるせえよ」

「せっかくきたんですから、食べませんか?」


 二回目の『うるせえよ』には、全く迫力がなかった。ばつの悪そうな顔に、子供のようにいじけているような表情が混じっていたからだろう。

 意外な一面を見た。いつも怖いと、思っていたがその怖さが少し和らぐ。ほんのわずかだけれど。


 何か言おうとしたのだろう。口を開いたけれど、ため息をついて先生はケーキを食べ始める。

 どうやらよほど甘いものが、好きなようだ。食べ始めてからは、機嫌が露骨に良くなったのがわかる。

 せっかく機嫌がよくなったんだ。下手なことを言って、損ねたくないので黙って食べることにした。




「これどうぞ」


 ケーキを食べ終わり、店の外に先生を待たせておいてまた店の中に戻る。

 用事を済ませて、人通りが少なくなってから持っている箱を先生に渡すと怪訝な顔をされた。


「なんのつもりだ?」

「お好きなようなので、これくらいではお礼にもなりませんが」


 めちゃくちゃ露骨に、訝しんでいる表情をされる。

 そんな怪しまないでもらいたい。俺が渡したのは、ケーキ屋の箱だ。もちろん中には、先生が笑顔で食べていたケーキと同じものが入っている。

 シーディスさんもそうだが、先生にもお世話になっている。正直、ケーキの一個や二個で礼にはならないだろう。だからほんの気持ちというやつだ。


「シーディスには、言うなよ」

「言いませんが……」


 なんでここでシーディスさんの名前が、出てくるのだろうか。全く分からない。


「お前になんぞもらったと、知られたらうるせえだろうからな」

「はあ……」


 長いため息を、つかれた。意味が分からない。なんで俺からものを、もらったらシーディスさんがうるさいのだろうか。


「はあってお前、まさかきづていな……あいつに、可愛そうって感情抱いたの初めてだ」


 呆れたような顔をした後、何とも言えない表情をされる。

 意味が分からないが、あいつは話の流れから言ってシーディスさんのことで間違いはないだろう。なぜシーディスさんに対して、可愛そうだという話につながるのかが分からない。


「あの先生……」

「よう美人な姉ちゃん、少し俺につきあってくれよ」


 どういう意味ですか。そう続けようとして言葉が、遮られた。

 先生の目が、冷たいものに変わり細くなるのが見える。できれば見たくなかった。とても怖い。


 きっと原因は『美人な姉ちゃん』という言葉だろう。周りには、俺と先生しかいない。その状況で、それがさすのは百パーセント俺じゃない。先生のことだ。


 ―― 完全に、機嫌を損ねさせたな


 いったいどこの馬鹿だ。いらつきながら振り返ると、顔を赤くした酔っ払いが見えた。


 確かに先生は、格好いい系か美人系かと言われれば後者だ。だが間違っても女の人的な、華奢さは持ち合わせてはいない。

 どうやら男女の違いが、分からないほど酔っぱらっているらしい。


「ハッ……」


 先生が鼻で笑った。冷笑付きでだ。顔立ちが整っているだけに、怖さが倍増している。

 酔っ払いは、先生の変化に気づていないらしい。ある意味、羨ましい。


「おい、もってろ。傾けるなよ」


 先生に渡したケーキの箱を、手渡される。

 箱を受け取るのと、同時くらいに酔っ払いが先生に向かい手を伸ばしたのが見えた。


 ―― ふせぐか


 酔っ払いくらい、手がふさがっていてもどうにでもなる。恩人が危害を加えらそうになっているのを、黙ってみている気にもなれずに術を構築しようとして――やめた。

 伸ばされた手を、先生が軽くよけたたからである。その動作を見てすぐに、理解した。今この場で、俺の助けは必要ないということを。


 気づいたら、酔っ払いは腕を抑えられて身動きが取れなくなっている。

 腕を取られ壁に押し付けられた状態で、声を荒げて暴れるがびくともしない。


「失せろ。目障りなんだよ。それともこの腕、使いものにならなくされたいか?」



 捻り上げられた腕が、相当に痛かったのだろう。酔っ払いは、悲鳴を上げながら懸命に首を縦に振っている。

 ただその反応だと失せろに頷いているのか、腕を使えなくされたいのかどっちともとれ……ないな。悲鳴上げてるし、この状況で後者であるわけがない。


 情けない様子に、呆れを見せた先生が手を放し酔っ払いの背中を押す。するとすぐによろめきながらも、必死に走り去っていった。


「お強いんですね」

「あ?」


 褒めたのに、睨まれた。

 なんでこの人は、いちいち睨み付けるのだろうか。万年反抗期中なのか、こわいからやめてほしい。心の中でいくら怯えても安定のモブである俺の顔面は、ぴくりとも動かないんだ。

 これで怖いんです、凄まないで下さいと言っても説得力がない。馬鹿にしていると捕らわれる。ものすごく、難儀な顔面である。


「はっ! お前もどうせ、光は治癒の術師だから、それしか能がなくてこんな奴らも一人で締められないと思ってんだろう」


 思ってません。そんなこと全く、思っていません。

 ただ線が細めの先生が、あんなに強いとは意外だとは思いましたけどそんなことは考えていないです。


 というかいくら人がいないからと言って、光の術師と声に出してしまっていいのだろうか。誰も聞いてないから、大丈夫だろうし俺はもう知っているからいいのか……?


 誤解されたままでもいやなので、弁明を口にしようとするがその前に先生が口を開く。

 短くはきだした息の次に、変化した表情はどこか自嘲めいていて何とも言えない気分になる。


「俺らの治癒の能力は希少だ。だから俺らの意思を無視して囲い込もうって奴らは、吐いて捨てるほどいる。下手すりゃ権力者どもに囲い込まれて飼い殺しにされる。それが嫌なら力をつけて自力で、その屑どもを排除するしかないんだよ」


 また重たい設定がでた。こんな設定あっただろうか? 

 ここはライトなBLファンタジーの世界のはずだ。なんでこんな重い設定が、出てくるんだ。

 もしかしてゲームでは、治癒の力をもつ術師はでてこなかったから語られなかっただけなのか?


 ―― いやまてロイの状態が、関係しているのか?


 たしか主人公のステータスによって、イベントがおきたり起きなかったりする。もしかしてロイが、こんな重い展開も打破できるくらいにレベルを上げているのかもしれない。


 けれど可笑しい。そうだというのなら、この場にいるのはロイであるべきだ。主人公であるロイが、光の術師たる先生の重い話を聞かされるのはわかる。なんといっても主人公だからな。


 ―― なんで俺なんた


 主人公が遭遇すべきことに、モブが関わるなんて全体未聞である。これは早急に、改善すべきバグだろう。


「おい、傾けてないだろうな?」

「はい」


 さっさと箱を寄こせ。そう口にせずに、手のひらを向けている先生に気づくのが遅れた。考え事は、後にすることにしよう。


「ならいい」


 短く返すと、先生が箱を受け取る。やっぱり甘いものが好きらしい。受け取る表情が、少しゆるんだ。


「これは受け取るが、変な気は回すなよ。俺はあいつの依頼で、お前を治したに過ぎない。仕事をしただけだ。礼だってなら、シーディスにしてやれ」

「あっはい、もちろんギルド長にお礼はします。命の恩人ですから」


 言われなくとも礼を、するつもりでいた。なにがいいのか、まったく思いつかないままだけれど。


「お前本当に、壊滅的だな」

「壊滅的ですか……?」


 いったい何が、壊滅的なのだろうか。もしかして顔面のことを、言われているのか。たしかに顔のいい先生と比べたら、俺の顔は酷いものだろう。だが目立たぬように、平均的な普通の顔レベルではあると思う。そこまで言わないでもらいたい。 たしかに先生の顔と、比べるとひどくはあるだろうから言い返せもしない。それ以前に、怖いからな。


「まあ……気づかないほうが、面白いか」


 視線がそらされたと思ったら、ぼそりとつぶやく。意地の悪いだが整っているせいで、顔がいいままにやりと笑うのが見える。

 なにが壊滅的で、何が面白いのか。全く持って分からない。分からないが、なぜか楽しそうな先生の機嫌を損ねる勇気もない。

そのままケーキの箱をもち、去っていく先生の背中を黙って見送る。


「帰ろう……」


 やはり体力が、落ちていたらしい。なにもしていないのに、やたら疲れた。無理をして体調をくずしたら、元も子もない。


 明日は学園に、行くつもりなんだ。顔色が悪いまま。ロイに会えば心配させてしまうだろう。それにやたらと心配して見舞いに何度も来ていたジルベールも、気にするかもしれない。

 久しぶりの学園だ。体調は万全にしていこう。そう決めてゆっくりとした足取りで、帰路についた。

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