第44話
「先輩もそう思われますよね!」
「ああ、そうだな」
これは何かの拷問だろうか。
ロイがジルベールを褒めて、俺に同意を求めてくる。そんなことを、繰り返している。
なぜだがロイの目力が、すごいのも気になった。同意してくれと言わんばかりの、視線を投げかけてくるんだ。
主人公たるロイと、攻略キャラである二人がいる。本来ならおいしいシチュエーションだというのに、なぜこうなった。
別に話しかけてくるなとは言わない。ロイ自体は、良い奴で好青年でもある。
会話をするのは、一向にかまわないんだ。
けれどできるなら、別の機会にしてくれないだろうか。今は攻略キャラと、仲良く会話をしている主人公を見たい。そして秘かに萌えたい。だからどうか、俺にはかまわずに二人と話をしてほしい。
まあモブたる俺が、心の中でなにを思おうが主人公の行動をかえられるわけはないのは分かってはいる。
―― お前は、嬉しそうだな
俺とは違い、ロイに褒められているジルベールは嬉しそうに微笑みを浮かべている。少し顔も、赤くなっていた。
―― まあ、これはこれでいいか
俺という不要な存在はいるが、ロイが褒めて珍しくジルベールが照れている。
俺自体の存在を、差し引けば萌えのある光景だ。
―― そういえば会話には入ってこないな。
あまり好感度が、上がっていないのだろう。部屋に残りはしたものの、シーディスさんは話に加わることはしてこなかった。
もしかして俺の体のことを、心配してくれているのかもしれない。シーディスさんは、面倒見の良い人だ。だからまだ先生に、帰っていいと許しを得ていない状態の俺の体を案じてくれて残っているのかもしれない。
仕事が忙しいだろうに、申し訳ない。大丈夫だと伝えようと、思ったとき会話が切り替わる。
―― 完全にシーディスさんに、話しかけるタイミングを失った
口が回るわけじゃない俺は、新しい話に切り替わったタイミングで口を上手く挟むことが出来ない。
話はなぜか、どれだけジルベールが優秀かという話になる。そしてロイが、奴が火の適性があってどうのこうのと話を続けた。
主人公が、攻略キャラたるジルベールについて語るのはよいことだ。だまって空気のように、存在を薄くして拝聴する。
「……火を操るのか?」
「ジルベール先輩は、学園一の火の使い手なんですよ。そうですよね先輩!」
なぜかシーディさんに答えた後でまたロイが、俺に同意を求めるかのように話を振ってくる。
なんだろうか、ああそうか。わかったぞ。きっとあれだ。僕のジルベール先輩は、すごいんですよ的なやつだろう。もしかして牽制も入っているのかもしれない。
たまにジルベールとは、茶を飲むしな。安心してくれ。ロイが考えているようなことは、一切ない。これからも起こりえないからな。
そうか、そこまで親密度があがったのか。喜ばしいことだが、それだけイベントを見逃していたということになる。それについては、残念極まりない。
「そうだな。学園の中じゃ、一番なんじゃないか?」
答えるとロイの目が、輝いた。ジルベールを、褒められたようで嬉しいのだろうか。
まあロイが喜ぶのは、悪いことじゃない。けれど誤解をしている。俺は別にほめてはいない。ジルベールのレベルが、高いのはただの事実だ。モブたる俺は、悔しいが勝てない。
なんてたってこいつは、レベル99まで到達できる攻略キャラである。どう頑張っても、50どまりの俺とはわけが違う。
というか、この中でどう頑張っても50までしかレベルが上がらないのは俺だけである。
少し気分が下降したせいで、溜息をつきそうになるが堪えた。そんなことをしたら、完全に空気が読めないやつになり果ててしまう。
―― あれ?
気のせいだろうか。シーディスさんの、目が一瞬だけ鋭くなったような……
いや気のせいか。鋭くもなるもなにも、普段の顔は元から怖いしな。
―― 少しもったいないよな
確かに顔は、怖い。けれど優しい表情も、見せてくれることもある人だ。あの表情を見れば、外見から怖い人だと誤解されることもないだろうに。
でもあれか、商売上は舐められなくていいのかもしれないな。
「どうした? 疲れたか?」
「いえ大丈夫です」
どうやらシーディスの顔面を、凝視していたらしい。余計な心配を、かけてしまった。問題ないのだと否定するが、三人して心配げな顔をしてくる。なぜだまったくもって、問題ないんだぞ。そんなに俺の言葉は、信用できないのか。
「ごめんレイザード、長居をしすぎたね」
「すいません先輩、嬉しくてはしゃぎすぎました……」
「問題はない」
再度否定するが、無理しないように再度気遣われてしまう。
どうやらモブの言うことを、聞く気はないようだ。まあしょうがない。所詮はモブだからな。
「またお見舞いに来てもいいかな?」
「かまわない」
来るならロイと、二人で来い。
尋ねてくるジルベールに、そう返しそうになったのを飲み込んで頷く。あまりそういうシチュエーションを、狙っているとバレるのは良くないからな。警戒されて、逆にイベントが見れなくなる可能性もある。そうなったら悲劇以外の何ものでもない。腐男子の心の内を、口にするのは避けねばならないのだ。
わざわざ来てくれたのだから、玄関まで見送りをしようしたのだが三人に止められてしまう。なぜだ解せない。
しょうがなく部屋の窓から、二人を見送ることにした。
道路からこちらにむかって手を振るロイに、小さく手を振りかえす。ほぼ無表情の俺が、全力で手を振り返したら不気味だからな。
そういえばロイは、また来ていいかと聞いてこなかったな。きっと今日は、ジルベールに付き合ってきただけなのだろう。
「レイザード」
「はい」
部屋に残ったシーディスさんが、声をかけてくる。そういえばずっと何か、考え込むような表情をしていた。同時に言いずらそうにも、している。
もしやあれか、いままでかかった生活費を払ってくれというやつだろうか。
―― 分割は、できるだろうか
ただでお世話になる気は、毛頭ない。けれどさすがに、一括払いは厳しい。なんとか分割にしてもらえるように交渉してみよう。
「ジルベールは、お前にとって大切な奴か?」
思い切って、分割でお願いします。そう言おうとしたんだが、予想外の言葉をかけられる。
なんでジルベールのことを、聞いてくるんだろうか。もしかして失礼な態度に、内心でぶちぎれていたのだろうか。
とりあえず質問に答えるのが先だな。ジルベールが、どんな大切かだったよな。特に考えたこともないが、正直に言うわけにもいかない。
「……そうですね。くされ縁というのもありますが、どういう存在なのかといわれると……」
考えながら言葉にして、腐れ縁というほど長い付き合いじゃないなとも思いなおす。
端的に言えば攻略キャラで、俺の萌えにとっては必要不可欠な存在だ。
なんて言えるわけがない。一番無難なのは同じ学園の生徒だろうか。いや俺の年齢的に、友人が一番おかしくない答えかもしれない。
そういえば、俺がまともに会話するのって学園だとジルベールとロイだけじゃないだろか? 数少ないどころか超希少な、存在が正しいきがする。そもそも友人という認識なのだろうか、見舞いには来てくれるから友人枠でいいのか?
いやだが俺はそもそも、友人になりたいわけじゃない。俺は腐男子としてジルベールとロイを眺めていたいだけで……駄目だ。混乱してきた。
「一つだけ確かなのは、失いたくない大切な存在でしょうか」
そうそれだけは確かだ。いなくなったらイベントが、起きないからな。
「そうか、わかった」
なぜか長いため息をつかれる。そして感情を抑え込むような顔をして、乱雑に頭をかいた。
ゆっくり休みように、いったあとシーディスさんは部屋を出ていく。
―― 怒っていた?
なんか複雑な表情をしていた。怒りとか自嘲とか、なんか色々な感情を押し込めた顔をしていた。
一体どうしたんだろうか。
ジルベールが、失礼だったからだろうか。
でもそんな感じでもないような気がする。しばらく考えてみたが、分からない。
「お茶でも入れて、もってくか……」
もしかしたら、疲れているのかもしれない。さんざん考えても、理由がわからないからそんな結論にいきつく。
本来なら先生曰く、『寝てろ、休め、仕事をするな』の状態らしい。そんな状態で、忙しく仕事をしている。そのうえ今結局、付き合わせてしまった。溜め息の一つや二つくらいつきたくなるだろう。
せめて茶を入れるくらいすることにしよう。本当になにもしてないしな。
「どこ行く気だ。まさかお前も、俺に逆らう気か?」
ドアノブに手をかけようとしたとき、ちょうどドアが開く。そして入ってきたのは、先生だ。なんてタイミングだろうか。バッドタイミングどころの話じゃない。
―― めちゃくちゃ怖い
威圧感が、半端ない。ここでちょっと、お茶を入れになんて言える勇気はもちろん持ち合わせていない。
「いえ……あの先生はどうされたんですか?」
「過保護の馬鹿に言われてきたんだよ。疲れたみたいだから、診てやってくれだとよ」
相変わらず口が悪い人だ。けど『過保護の馬鹿』が、誰を指しているのか分かってしまった。最近、先生の口の悪さに少し慣れてきたせいだろう。
―― まあ、いい人ではあるんだよな……
医者として、診に来てくれている。適当に診たけれど、問題なかったといえばいいだけなのに律義に来てくれてるしな。
「部屋の中なら、うろつくのは構わねえよ。もう少しだから、我慢しろ。……いいか、俺の力は万能じゃないんだ。治すことはできても、なかったことにはできない」
するどい視線を、向けていた先生が長いため息をつく。先生もつかれているのだろうか。
そう思ったら、部屋なら好きに動いてOKだと言われた。
心の中で盛大に喜んでいたら、先生の表情が少し暗くなる。どこか後悔を含んだ表情をした。
―― もしかして、踏んじゃいけない地雷を踏んだのか?
先生のことは、全くと言っていいほど知らない。怖いことと、希少な治癒の術が使えるくらいしか知っていることはなかった。
けれど今雰囲気が、変わったのは分かる。事前に過去を知っていたシーディスさんにさえ、失言を連発した俺である。知らない先生の、地雷を踏みつけてもおかしくはない。
「はい、あのお手数おかけして申し訳ありません」
「本当にな」
謝って、頭を下げると思い切り肯定される。けれど、怒ってはいない。どこか優しさを、含んだ声だ。
「なに珍獣診るような目をしてやがる。さっさとベッドに戻れ。縛り付けるぞ」
珍しさから驚いて、顔をあげると視線が鋭くなった。どうやら勘違いだったらしい。何時もの通り、怖い先生だ。
さっき部屋の中なら、好きに動いていて良い的なことをおっしゃいませんでしたか?
なんてことを怖くて聞けるはずもない。
だから言われるまま、すごすごとベッドに戻り目を閉じた。
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