第27話

「それは、どうしたんだ?」

「何か、間違いがありましたか?」


 書き上げた更新の書類を、シーディスさんに手渡すときだ。眉根を寄せて、声を掛けられる。ずいぶんと固い声に、なにか書類に不備でもあったのかと首を傾げた。


 もう一度、確認するが特に記入ミスは見当たらない。だがシーディスさんの顔がどんどんと強張っていく。なにかやらかして、しまったようだ。


 ただでさえ店の更新なんて、ささいな書類提出の対応をギルド長にさせてしまっている。そのうえ、なにか問題行動をしたとなると物凄く気まずい。


 ちなみに俺が、書類の手続きをシーディスさんに頼んだわけではない。


 本部に入って、受付で更新手続きをしようと思ったんだ。そのときちょうど、1階にシーディスさんが降りてきた。そして手が、空いているから俺がやる。そう言われて、なぜかギルド長の執務室に来るはめになった。


「痛かっただろう」


 手首を軽くつかまれたと、思ったら掌を上に向けられる。そうすると袖の隙間から、火傷の痕が見えた。


 ああ、これの事を言っていたのか。モブ故に火傷の差分がなかったせいか、俺の怪我はとんでもないスピードで良くなっていた。ただまだ火傷の痕は、残っている。もう痛みもないし、このまま行けばそのうち痕も消えそうである。まあ皮膚が再生する過程なのか、引きつれて痛む事があるがそれくらいだ。


 そうかさっき書類を提出する時に、腕を伸ばして引きつれた感じがして僅かに眉をしかめた。それで気づかれたのだろう。


「一体どうしたんだ……誰かにやられたのか?」

「いえ学園で……ちょっと自分でミスをしてしまったんです」


 学園とまでいいかけて、不味い事に気が付く。べらべらと喋る事じゃない。


「……そうか。少し待っていろ」


 執務机から立ち上がると、シーディスさんは部屋を出て行ってしまう。なんかいつも二割増しで、顔が怖かった。なにか機嫌を、損ねる様な真似をしてしまっただろうか。だんだんと不安になってくる。


「またせたな。火傷によく効く塗り薬だ。商会で卸している。もう治りかけてはいるようだが、皮膚が引きつれて痛みがあるだろう? その痛みにも、効くから使え」

「宜しいのですか? ありがとうとございます」


 差し出された容器を受け取る。どうやら怒っていたのではなくて、心配してくれていたようである。顔が怖いから、誤解してしまった。当の本人に『顔が怖いから、怒っているのかと思いました。すいません』そう言って、謝る訳にもいかずに心の中で謝っておく。


「使い終わったら、言ってくれ。また渡すから」

「お気遣いいただいて、ありがとうございます」


 礼を言うと、目を細めて気にするなと返してくる。


 顔は怖い、それは変わりはない。けれど、とても良い人だ。ギルド長であるシーディスさんからすれば、俺は末端にいる一人にすぎない。なのにこうやって、気にかけてくれる。 


「それでは、失礼します」


 手続きも終わったし、いつまでも邪魔をするわけにはいかない。そう思って頭を下げる。シーディスさんは、忙しい人なんだ。自分でやっている商売はもちろんだが、ギルドも長もやっているからその仕事もある。本来なら、俺の相手をしている暇はない。


 なんで相手を、してくれたのだろうか。頭を捻るが、なにも思いつかない。きっと休憩時間と、重なったとかそう言う事だろう。そうすると休憩時間に、邪魔をしてことになる。悪い事をしてしまったな。


「そうか、1階までで悪いが送っていく」

「そこまで、していだくわけには……」


 予想外の事を言われて、慌てて固辞する。表情差分がないせいで、表面に焦りはでてないだろう。だが内心は大混乱だ。ギルド長が、ただ土地を借りてるだけの俺を見送る。さすがに、それは不味い。重要な取引先の相手なら、おかしくない。けど俺だぞ。ただのモブでしかない。


 周りの目もあるし、ギルド長としての立場もある。


「朝から書類仕事ばかりで、体がガチガチでな。悪いが机から、離れる口実に使わせてくれ」

「そういことでしたら」


 そうか、朝からか。もう昼を過ぎている。朝から机にかじりついて、仕事をしていたのか。確かにそれは、体が痛くなりそうだ。


頷き返す俺に、『悪いな』そう言って微笑んだ。思いのほか笑った顔が、優しく見える。この顔を見たら、ロイはほだされるんじゃないだろうか。強面の人が、笑うと優しい表情になる。ギャップ萌えというやつだ。


 ……いや、いかん。ジルベールを押そうとしていたのに、心変わりは不味いだろう。湧いて出た考えを、頭の外に追い出す。


 扉の外まで、来てくれたシーディスさんに頭を下げる。


「あの、お忙しいと思いますが、食事はとられて下さいね」

「ああ、ありがとうな」


 そういえば、腹が減ったな。そう思った時に、シーディスさんは食事をとったのか気になった。忙しいから、抜きそうな気がしたんだ。


 たしかイベントで、忙しくて食事を抜いてロイが料理を作るというものがあった。そのイメージなんだろう。食事をとるより、仕事を優先しそうなイメージがある。


 俺の言葉に、また微笑んだシーディスさんが頭に手をおいてきた。やばいこれを、ロイ相手にやってくれないだろうか。ロイの頭に、軽く手を置いて微笑むシーディスさんを想像する。物凄くみたい。陰に隠れて、そっと凝視したい。


「見送って下さってありがとうございます」

「ああ、気を付けてな」


 手を軽く上げたシーディスさんに、軽く頭を下げてから歩き出す。


 やっぱりジルベールもいいが、シーディスさんもいいな。主人公であるロイの相手は、ジルベールがいいか。そう思ってもいたんだが、シーディスさんも捨てがたい。


 今度ロイにあったら、さりげなくシーディスさんの事をアピールでもしてみようか。途中までは同時進行も可能なはずだから、きっと両方のおいしいイベントが見放題だ。


 すまないジルベール、だが俺は、自分の萌えを追求する。別に妨害するわけじゃないんだ。頑張ればロイとの、ハッピーエンドも夢じゃない。

 最終的には、主人公たるロイが幸せになればそれが一番いい。俺は主人公は、幸せになってほしい派だ。


 よし今度学園であったら、それとなくシーディスさんのアピールをしよう。そうしよう。あっそうだ。あんなことがあった後だから、ジルベールのアピールもしておこうか。怒ってはいなかったが、怖い思いをした事にはかわりがない。慎重にいかないとな。


 ……なんだか、楽しくなってきたな


 思わずにやけてしまいそうになる。だが俺にそんな細かい、表情差分は存在しない。よっていつもの無愛想な、表情のままだ。いつもは、もっとモブにも表情差分が欲しい。そう思う事が多いが、今のような時は逆に助かっている。攻略キャラのような、表情差分があったら……街をニヤニヤしながら、歩いている変態が一人出来上がっていたところだ。


 だがしかしモブたる俺は、いくら妄想をしようとも見た目に変化はない。なんて素晴らしいんだ。

 俺はモブの恩恵をフルに活用して、妄想に浸りながら街を歩き続けた。

 

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