第1257話 「歓迎」

 「はは、すっげぇ」

 

 雅哉は思わずそんな声を漏らす。 彼が今いるのは空を進む巨大な飛行船だ。

 目的地はラーガスト王国の隣にあるインブルリア王国。 戦力事情は相変わらずだが、雅哉にこの世界の現状を見せる事と今後肩を並べる仲間との面通しをさせる為の船旅となる。


 神聖騎を使えばもっと早いのだが使用者のマナを使って維持しているので、無限に扱えるわけではない。

 大地のマナと違って人体のマナは有限らしいので無駄に使うのは推奨されないようだ。

 雅哉はこれだけの力を振るう存在を扱う代償が何もないとは思っていなかったので、もしかしたら寿命でも減るのかもしれないと解釈して素直に従って使用を控える事にした。


 ルクレツィアは居ない。 彼女は今のラーガスト王国の最高責任者だ。

 国を空ける訳にはいかないので当然だろう。 それでも彼女が居ない事は少し心細かった。

 窓から広がる景色は日本の物とは似ても似つかない。 こうして現実離れした景色を見れば、自分がもう戻れない所に来てしまったんだなと少しだけ気持ちが落ち込む。


 天界の方針は決定している。

 もう検討するとかいうレベルではなく、それしか選択肢はない状態のようだ。

 ラーガスト王国だけでなくこの世界の全ての国が、無謀としか言いようのない作戦に全てを懸けている。


 正気を疑う段階はとうに過ぎ去り、雅哉はあぁ、本当にやるんだなと諦めにも似た気持ちしかなかった。

 嫌だなとは思うが、もう言っても仕方がない。 せめて他の召喚者に話を聞いて少しでも気持ちを前向きにしようと考える。 異世界召喚を行っているのはラーガスト王国だけではない。


 全ての国で行っているので大国であるなら最低でも一人は日本人がいる。

 インブルリア王国は世界でも一、二を争う大国なので、召喚者の数も多い。

 数は驚きの十人。 ラーガスト王国が雅哉一人しかいない事を考えるならとんでもない数だ。


 彼らもこの世界の状況は知っているはずなのに天界に味方する理由は何だろう。

 そんな疑問を抱きながら雅哉はぼんやりと視線を先へと向けた。



 インブルリア王国は大陸の大きさこそラーガスト王国とそこまで変わらなかったが、国力としては大きく上回っている。 この天界において国力は地界の侵攻にどれだけ戦力を残して退けているかで差が付く。

 その観点に於いて、国力が高い事は戦力の運用が優れている事を意味する。

 

 ――と言うのが飛行船に乗っている間に雅哉が聞いた話だった。


 降り立ったインブルリア王国は建物のデザインなどはラーガスト王国とそう変わらなかったので風景にはそこまでの新鮮さは感じなかったが、建物の多さや警備の為か飛び回っている神聖騎の数を見れば規模の大きさがよく分かる。


 案内されるまま王城へと向かい、インブルリア王国を治めている王子へ謁見の流れだ。

 パパバシリオ・リンゼ・インブルリア。 その姿を見て雅哉は小さく目を見開いた。

 筋骨隆々と言った言葉がよく似合う大男で、王子の肩書の印象からは大きくかけ離れている。


 「よく来たな! 異界の勇者よ。 寝返らずに天界に付いた気概は見事! 我がインブルリア王国は貴様を歓迎するぞ!」

 「ど、どうも。 山埜和 雅哉です。 学生やってました」


 パパバシリオは雅哉が気に入ったのか笑みを浮かべる。

 まるで肉食獣のような顔をした男だったので笑顔になると別の意味で迫力があった。

 雅哉はやや表情を引き攣らせて笑みを返す。


 「マサヤよ。 折角来たのだ。 ちょっと遊んで行くか?」

 「遊びですか?」

 「何でもあるぞ? 賭博、女と大抵の物は用意できる」

 「い、いや、俺は――」


 雅哉の表情を見てパパバシリオは何かに気が付いたように小さく眉を吊り上げる。


 「ははぁ、貴様どちらも経験がないな。 賭博はともかく女は抱いておいた方がいい。 童貞で戦死はこちらでは中々に情けない事だからな」

 

 いきなりの話題に雅哉は顔を赤くして慌てる。


 「気持ちはありがたいんですが、俺はちょっと――」

 「何だ? 初めては生娘がいいとかそういう奴か? 以前に来た者も言っておったが、俺にはさっぱり理解できんな。 こなれた女の方が楽しいぞ?」


 パパバシリオは生娘は痛がるから面倒臭いと付け加えた。

 流石に分かりました是非と言える程、雅哉の心は強くはなく曖昧に笑うだけしかできない。

 

 「まさかとは思うがルクレツィアを狙っているのか? 一発やるぐらいまでなら行けるだろうが、召喚者との間には子を作れんから婚姻は無理だぞ?」

 「ち、違っ、俺はそんなんじゃなくて――子を作れない?」


 反射的に否定しかけたが後半の言葉に思わず眉をひそめた。

 パパバシリオはおやと首を傾げる。

 

 「何だ、聞いておらんのか? 正確には作れはするが作ってはならん決まりになっている」


 世界各国で決めたルールの一つで召喚者は王族と子供を成してはならないというものがある。

 要は権力の部分に召喚者を関わらせない為の決まりだった。

 召喚者は例外なく強力な力を持っているので、下手に権力を与えると好き勝手をする輩が現れかねない。 正確には過去に現れたので、定められたルールだ。 子供を作ってはならないといった決まりもそれに付随して生まれたようだ。


 「――作るだけなら構わんが、王族として扱えんからどこぞに養子に出す事にはなるな。 王族と転移者、または転移者同士を掛け合わせた子供なら優秀な神聖騎と契約できるのではないかと期待はされていたが結局、上手くいかんかったからな」


 血統と神聖騎への適性の因果関係は未だに不明だ。

 王族は高い確率で高位の神聖騎と契約できるので無関係ではない事は確かではあるが、そうなると転移者の適性が高い事に疑問が残る。 召喚条件が「適性が高い」者なので何らかの要因はあるだろうが、未だに不明のままだった。 王族との掛け合わせは表向き行っていないが、裏で何度も試された事でもある。


 出た結果はこの世界の人間の域を出ない適性しか示さなかった。

 王族に近い適性もいたが、平民レベルの者もいたらしく成果がまったく安定しなかった事もあって今ではどこの国でも試していない。


 「話は分かりましたが、そんな話を俺にしても大丈夫なんですか?」

 「ん? 別に構わんだろ。 王族なら誰でも知っている事だ」


 雅哉はパパバシリオという男に対してのどう振舞えばいいのか、決めかねていた。

 見た感じ、付き合いやすそうにも見えるが完全に信用していいのか少しだけ迷う。

 これは経験ではなく、フィクションでのお約束からくる警戒だった。


 召喚するような人間は何かしら裏があるのではないか?

 そんな先入観もあっての事だ。


 ――その割にはルクレツィアの事は簡単に信用したが、当人には自覚がなかった。

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