第1256話 「勝筋」

 「勇者――いえ、マサヤ様。 本当にありがとうございました」


 ルクレツィアが雅哉に深々と頭を下げて感謝を述べ、その後には神聖騎の力を褒める。


 「契約されたケルビム=エイコサテトラの扱いもお見事です」

 

 雅哉は苦笑。 何も知らなければ得意げに笑って見せるのだが、この状況ではあまり笑えない。

 場所は城内の一室。 残敵の掃討を守備隊に任せ、雅哉はルクレツィアから話の続きを聞くべく場所を移した。 ルクレツィアとしても隠し事をするつもりはないので素直に話すつもりだ。


 「取りあえず話の続きを聞かせてくれ。 戦争をやっている理由とかも全然聞けてないからその辺から頼むよ。 セフィラって奴が機能しなくなると大陸が落ちるって話は聞いたけど、敵が何故襲って来るかはまだ聞いてない」

 「はい、原因はあの世界回廊にあります」

 「敵が出て来た穴だよな」

 「あの回廊は地界が生み出したものではありません。 この世界に唐突に出現したものなのです」


 ルクレツィアによるとあの穴は天界、地界の両方に同時に出現し、互いの世界を繋いだ。

 それだけなら特に大きな問題はなかった。 異なる世界で交流を行い、それが難しいなら互いに不干渉を貫けばいい。 だが、そうもいかない事情があった。


 世界回廊は二つの世界を繋ぐだけではなく、開けた穴からマナを吸い出しているのだ。

 マナは世界の命とも言えるエネルギーだ。 それが吸い出されている状態に問題がない訳がない。

 調査の結果、世界回廊を放置すると天界、地界共にマナを吸いつくされて滅ぶ事となるのだ。


 「その吸い出されたマナはどうなるんだ?」

 「分かりません。 少なくともどちらの世界にも還元されていないのでどこかに放出されているとの見方が強いです」

 「世界回廊だけを破壊する事はできないのか?」

 

 ルクレツィアは力なく首を振る。 雅哉は察したようにそうかと黙る。

 そんな事ができるならとっくにやっているだろうからだ。 試みたが失敗に終わった事をこの現状が示していた。 最終的に二つの世界が出した結論は片方を滅ぼして世界回廊の成立している条件を崩す事だ。


 吸い出しているマナは世界回廊自体を維持する事にも使用されているらしく、単純に供給を減らす事で自壊を促すといった意味合いも強い。

 

 「でも滅ぼすっていってもどうするんだ? この片方の世界の人間を皆殺しにしておしまいじゃないだろ?」

 

 雅哉の疑問はもっともだ。 仮に人類が絶滅したとしても世界自体は残る以上は問題の解決にはならない。 その為、世界自体を終わらせる何かが必要なのだ。

 

 「……世界を終わらせる方法は存在するのです」

 「それは?」

 「セフィラです」


 雅哉はそれを聞いてまたかと内心で呟く。

 あまりにも重要な役目を担いすぎていると思ったからだ。

 ルクレツィアによるとセフィラはこの世界の根幹を成しており、世界そのものに干渉する事も可能なのだ。 つまり、セフィラの神聖騎を奪えばそこから世界そのものに攻撃を仕掛ける事ができる。


 「要は互いのセフィラを奪い合うって事?」

 「はい、全てのセフィラが奪われれば世界は滅びを迎えます」

 

 この戦いは簡単に言えばセフィラの奪い合いだ。

 どちらが多くのセフィラを獲得するかの勝負なのだが、一方的に攻め込まれている現状を見ればほぼほぼ詰んでいるとしか言いようがない。  

 

 「……話は分かった。 天界としてはどうするつもりなんだ? このまま時間を稼いでどうにかなる問題なのか? 正直、もう滅ぶのを待つだけにしか見えないんだけど……」

 「か細い糸のような僅かなものですが勝ち目はあります。 私達はその為に残された力の全てを使おうと考えています」


 具体的な内容を尋ねたが、ただの学生である雅哉からしても正気ではない勝ち目だった。 

 世界中全ての神聖騎をかき集めて侵攻を行い敵の一国に奇襲をかけ、速攻でセフィラの一角を崩す。

 そんな事をしても無駄のような気もするが、そうでもなかった。


 セフィラを奪う事は世界を滅ぼす事だが、天界は奪ったセフィラを戦力として利用しようと企んでいるようだ。 セフィラの神聖騎、深淵騎はその世界からマナを汲み上げる役割も担っているので、非常に強力な戦闘能力を誇る。 性能だけなら第一位の神聖騎すら大きく上回らしい。


 犠牲を覚悟で一騎でも奪えればそれを利用して他のセフィラを奪いに行く。

 その手順を繰り返して地界を滅ぼすと言っているのだ。

 所謂、電撃戦に近いやり方で攻めこんで勝利を目指す。 その為の戦力としてラーガスト王国は無理をして雅哉を召喚したのだ。


 「……それに参加しろって事だよな」


 分かり切ってはいる事だが、あまりの内容に雅哉は声を震わせる。

 ルクレツィアは申し訳なさそうに小さく頷く。


 ――正気じゃない。


 ルクレツィアだけでなく、この世界そのものが狂っていると思った。

 同時に納得もしてしまう。 何故ならこの世界はそこまでしなければならない程に追い詰められているのだ。 生き残る為にはまともなままではいられない。 


 「降伏して向こうに移住するってのは無理なのか?」

 「向こうもこちらと同様の浮島で構成された大地です。 使える土地はそう多くなく、仮に実行したとしてもかなりの数の民は命を落とし、我々は敗北者としての扱いを受けるでしょう」

 「命より立場が大事だってのか?」

 「そう考えている者は少なからずいます」

 

 だったらそいつらをどうにかすればいいと雅哉は思ったが、そんな簡単な事じゃないのかと言葉を呑み込んだ。 既得権益を得ている者がそれを簡単に手放さないといった事もあって、降伏は内部分裂を招く。

 そうなれば降伏ではなく寝返る者が大量に現れる。 離反者が大量に出る状態で降伏など受け入れられる訳もない。 滅ぼした方が面倒な交渉をせずに済む分、早くに片が付く。


 日本では学生で親に養って貰っている雅哉には今一つ呑み込めない話ではあったが、戦う事以外に道はない事だけはよく分かった。

 そして立ち位置を決めてしまった雅哉には選択の余地はない。 やるやらないを考える時期はもう過ぎたのだ。 今になって手簀戸の言葉の意味が少しだけ分かったような気がした。


 ――選択の結果を受け止めろ。


 手簀戸はそういった。 彼女はこの世界の現状をこの上なく理解し、雅哉の選択が何を意味するかが分かっていたからこそ自分達の側へ来いと誘いをかけたのだ。

 その手を振り払った以上、もうどうにもならない事ではあったが――


 「……分かった。 攻め込むのは分かったけど、俺はどうすればいいんだ?」


 後悔が全くないと言えば嘘になるがルクレツィアを見捨てたくない気持ちも本当なので後ろ髪を引かれながらも雅哉は前向きに話を進める事にした。

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