第1224話 「話聞」
「領主と旅?」
思わずといった感じで聞き返したのはモンセラートだ。
聞けば聞く程、聖女の話にはおかしな点が多い。
オラトリアムの領主はエルマンが一度会っているが、彼曰く外に出た気配はなかったようだ。
事実、エルマンの見立ては正しい。 ロートフェルトは定期的に懇意にしている商人や近隣領主や有力者との会合に出席しているのだ。 転移が使えたとしても旅をしていたというのは不自然すぎる。
アイオーンの認識がこうなったのはヴァレンティーナという影武者が完璧に機能したからといえた。
聖女のようにある程度の事情を知らなければ冒険者ローと領主ロートフェルトを結び付けられる者はまずいない。 その為、聖女の話を聞いた者達が真っ先に浮かぶのは困惑となる。
「えっと、発言しても?」
小さく手を上げたのは少し離れた所に居たリリーゼだ。
普段は役割に徹しているのでこういった場面で口を挟む事が珍しかったので一同の注目が集まる。
「ここに居る皆が聖女様の事情を知っているようですので私から補足をと思いまして……」
「今の話について何か知っているの? モンセラートやクリステラですら首を傾げている状態だから何かあるなら是非とも教えてほしいわね」
「はい、私と弟のエイデンが聖女様の護衛兼世話役に選ばれた事には理由がありまして、実は私達は聖女様の冒険者時代に交流があってその縁で今の役職に就きました」
「あぁ、それで選ばれたのね。 それで? さっきの話に出てたオラトリアムの領主と会った事でもあるの?」
「はい。 ただ、聖女様とかつて旅をしていたローという人物とは会いましたが、それがオラトリアムの領主かと言われると少し疑問が残ります。 皆さんはオラトリアムの領主の人物像に関して何か聞いた事はありますか?」
聖女以外の全員が思わず顔を見合わせる。
「いえ、私は特に何も。 オラトリアムの繁栄具合を見ればかなり優秀な人物なのでは? ただ、ある時期を境に急激に成長したように見えたので何か切っ掛けがあったのかもしれませんね」
「私は最近来た新参だから似たようなものね。 まぁ、北の外れでそこまで広くない領地。 あまりいい条件じゃないのに国内需要の大部分を占めているのはかなり異常だとは思うわ」
「エルマンに聞いた事あるけどオラトリアムの名前を出すだけでも嫌な顔するから、下手に触ると怖い相手なのかなって印象かしら?」
オラトリアムの外から見た印象で判断するクリステラに立地と成果が噛み合わない点で奇妙と思っているマルゴジャーテ。 そしてエルマンの反応から何となく察していたモンセラート。
一通り聞いたリリーゼの表情にも同様に困惑が浮かんでいた。
「――そこなんですよ。 私が知っているローという人物は寡黙で戦闘には長けていても領地運営を行えるような才覚があるようには見えませんでした。 私の目が節穴なだけかもしれませんが、戦士としては優秀でも領主として優れているかは疑問が残ります」
リリーゼから見たローは寡黙であると言えば聞こえは良いがコミュニケーション能力に優れているように見えず、様々な人間に指示を出す領主という地位と結びつかないのだ。
「確かにそのような人物なら領主には不向きかもしれませんが妙ですね。 聖女ハイデヴューネが今の地位に就く前というのなら時期が合わない。 オラトリアムの発展はもっと以前と聞いています」
「ならそのローっていうのはお飾り領主なの? ハイデヴューネと旅していた間に発展したのなら別人が仕切っていた事になる訳だし……どういう事?」
話が進めば進むほどに訳が分からなくなる。
ローが領主であるといった前提で考えれば違和感が付いて回るからだ。
「僕にもオラトリアムで何が起こっていたのかは分からない。 少なくとも僕が聖剣を手に入れるまでローは領主として動いていないと思う。 ただ、エルマンさんから会ったと聞いたからもしかしたらその時期に戻っていたのかもしれない」
「ふーん。 まぁ、どういった関係なのかはさておき、話が逸れているみたいだし一度戻しましょう。 それで? そのサベージって魔物と穴の中に入って転移してどうなったの?」
「転移した先ではローがたった一人でタウミエルと戦っていた。 だから僕は彼の援護に入ったんだ」
「うん。 ちょっと待って。 いちいち話の腰を折るのはよくないと思うんだけど、そのローって人はオラトリアムの領主――つまりは最高権力者なのよね?」
それを聞いてモンセラートは思わず眉間に手を当て、マルゴジャーテは困惑のまま表情が固まっていた。 聞けば聞く程におかしな点が湧いて来るので、止めて確認せざるを得ないのだ。
聖女は頷きで応える。 彼女が別人と勘違いしているんじゃないかといった疑問はあったが、明確に否定する材料もないので全て信じる形で話を聞くつもりではあったのだ。 それでも最高権力者が最前線の最も危険な場所で部下も連れずに戦っているという話は俄かには信じがたかった。 連れて来た部下が全滅した可能性もあるが不自然である事には変わりはない。
「一応聞くけど他人の空似って事は――ないかぁ……。 オラトリアムってどうなってるのよ」
「モンセラート。 気になるのは分かるけど取りあえず最後まで聞いてからにしなさいな」
マルゴジャーテが聖女に続きをどうぞと促す。
「……かなりの激戦だったらしくお互いにかなり消耗していたけどタウミエルはとんでもない強さだったよ。 魔剣を持っていた彼もかなり苦戦していて、僕も聖剣を二本使ってそれなりに強くなったつもりだったけど本当に際どい戦いだった」
魔剣を持っていた件でモンセラートが口を挟みかけたがぐっと我慢してそのまま続きを黙って聞く。
他の面子も引っかかってはいたが同様に黙って聖女の話に耳を傾けた。
「どうにかタウミエルを倒せはしたんだ。 問題はその後で、何故かローが僕に剣を向けてきた」
そこまで聞いてあぁと全員が察した。 聖女は明らかにローという人物に強い思い入れがある。
そんな相手に唐突に剣を向けられれば動揺もするだろう。
「理由を聞くと彼は言ったよ。 『お前は潜在的な脅威でしかない』ってね」
モンセラートとマルゴジャーテはそれを聞いて眉を顰める。
仮にも助けに来た相手にその仕打ちは酷いのではないのかと。 反面、クリステラは何故か納得してしまった。 オラトリアムとアイオーンは表向き敵ではないが、味方とも呼べない関係だ。
最大の脅威であるタウミエルの排除に成功した以上、邪魔なのでついでに消そうとでも考えたのかもしれない。 何故、自身が消耗しているであろうタイミングで仕掛けたのかは彼女には理解できなかったが、理由自体は何となくだが分かってしまったのだ。
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