第1218話 「物別」

 どうして? 何故ここに?

 突然に現れた存在に聖女は驚くが、武者は聖女からローを庇うように前に出て刀を向ける。

 

 「まだ消えてなかったのか?」

 「タウミエルが消滅した以上、拙者も長くは保ちますまい。 そこの聖剣使いはこちらで引き受けます。 今の内に撤退なされよ」

 「……お前、少し前から見ていたな」


 事情を知っているかのような返答にローは僅かに眉を顰めると武者は小さく笑う。

 その姿は陽炎のように揺らめいており今にも消えてしまいそうだった。


 「知己の語らいに割って入るのは野暮でしょう。 一時とは言え旗下に入った以上、貴殿をここで死なせる訳には行きませんな」

 「俺がそれを望んでいなくてもか?」

 「総大将の義務は生き残る事であると同様、配下の義務は将を守る事。 配下としての義務を果たす上で、貴殿にはどうあっても生き残って頂く」


 それを聞いてローはそうかと呟く。 考えは理解したが納得できるかは別の話だ。

 まだ決着が着いていないので武者の介入は横槍に過ぎない。

 関係ないと返そうとするが、武者は小さく手を上げてそれを遮る。

 

 「事情があるのは理解しているつもりですが、人には立場とそれに見合った義務がある。 配下を持たれた以上は諦められよ」


 いつの間にかサベージがローの背後に忍び寄り、まともに動けないローを軽く銜えてその背に乗せる。

 

 「おい、降ろせ。 まだ終わっていない」


 指示を無視した事が少し意外だったのか僅かに驚きの滲んだ視線を向けて、降ろせと命令するがサベージは悲し気に小さく首を振って拒否する。


 「賢い獣だ。 良い配下を持っておりますな」


 武者はサベージの身体を撫でる。

 ローが再度降ろせと命令するがサベージは聞く気はないのか動かない。

 もういいと自力で降りようとするが体が上手く動かないので背に張り付いたまま藻掻く事しかできなかった。


 「その歩みにおいて生は苦痛かもしれませぬ。 ですが、それこそが貴殿の背負った業でしょう。 繰り返しになりますが、諦めて全うされよ。 ――決着が付かない事を悔やむのであれば、勝てないから逃げたで良いではありませんか。 今なら拓ける道もありましょう。 征かれよ」


 武者の言葉にローは沈黙。 その僅かな時間に何を思ったのか全身から力が抜ける。

 

 「……そうか。 折角の機会だったんだがな……」

 「単に今ではなかっただけの事。 機会はまた来るでしょう」

 「なるほど、ではここは任せる。 世話になったな。 じゃあ――いや、この場合は「またな」か」

 「はは、礼を言うのはこちらです。 お陰で友と共に戦場を駆ける機会を得、別れを告げる場を得られました。 縁があればまたお会いしましょう。 ――その時は敵かもしれませんが」

 

 ローはそうかと呟いて行けと小さく顎を動かすとサベージは指示に従って背を向けるが、最後に聖女に向かって自分の喉をトントンと指で叩いて見せる。


 「待っ――」


 去ろうとするサベージを聖女が引き留めようとするが武者が進路上に割り込む。

 

 「貴様の相手は拙者だ。 久しいな小娘。 辺獄で斬った相手の事を覚えておるか?」

 

 辺獄での戦いは本当に勝てるか怪しい程の際どい戦いだったのだ。 忘れる訳がない。

 武者の放つ威圧感に呑まれたのか聖女はその場から動けなかった。

 聖女へ向ける兜越しの視線に燃えるような感情が揺らめく。


 「友からの受け売りでな。 こういった場では言葉を飾る必要はないらしいのではっきりと言ってやる。 貴様、満足に戦えない拙者を斬ったからと勝った気になっているのではなかろうな? だとしたら不愉快だ。 今から本物の一太刀を馳走してやる故、かかって参れ」


 聖女はローを追えないと判断して聖剣を構える。 このまま別れる訳にはいかない。

 どういった形であれ決着をつける必要がある。 だからこんな形で別れる事は許容できない。

 

 「悪いけどそこを通して貰う。 僕は彼に用があるんだ」


 武者は言うべき事は言ったので無言で刀を構える。 みるみるうちに小さくなっていくサベージの背に若干の焦りを浮かべながら目の前の敵へと挑みかかった。




 ……何とも消化不良感が凄まじいな。


 サベージの背に洗濯物のようにぶら下がりながら俺はぼんやりとそう考えた。

 何とか顔を上げて代わり映えしない周囲の景色を眺めるが、あちこちに亀裂のようなものが走っている。 元々、ここは辺獄との連結部分だ。


 核となる神剣が分離した以上、維持できずに崩れるのは分かり切っていた。

 ただ、もう少し保つものかとも思っていたが、思った以上に脆かったようだ。

 果たして分離した世界が本当に独立するのか、バランスを崩して両方とも消えるのかは分からない。

 まぁ、待っていれば結果は出るので考えるだけ無駄か。


 何をするにもこのザマではもう俺は何もできない。

 背後では武者とハイディとの戦闘が始まったようで衝撃音が響く。

 視線を向けると武者が極伝を使ったのか凄まじい量の独鈷杵が空から降り注いでいた。


 それも移動に合わせて徐々に聞こえなくなる。 亀裂は大きくなり、この空間の終わりが見えているが出口は遠い。 このままだと間違いなく間に合わないな。

 転移では外との行き来ができないのでショートカットするには移動先がこの空間内に存在しなければならない。 つまりは誰かしらに迎えに来て貰わないとどうにもならないのだ。

 

 同じ理由で<交信>も使えないので配下に連絡を取る事も出来ないと。

 さて、どうなるのやら。 もう何もできないので俺はそんなどうでもいい事を考える事ぐらいしかやる事がない。 要は暇になってしまったのだ。


 ……死に損なったか。


 いい機会だと思ったんだがな。 俺は自殺する事が出来ない。

 どうにかならないかと暇な時に頭を捻ったのだが、その結果として死ぬかもしれない方向に誘導する事だけは可能だった。 俺は俺なりに自死への精神的抵抗に対する考察は行っていたのだ。

 

 自分の事なのに分析する必要があるのかと突っ込みたい所だが、無意識の部分なので意識してコントロールできないのだから他人事のような認識になってしまう。

 ともあれ色々と検証した結果、確実に死ぬと認識できる行動は基本的に不可能だ。


 ただ、死ぬかもしれない・・・・・・・・行動ならどうにでもなる。

 普段ならこんな状況に持って行けないのだが、戻った所で俺に先はない。

 つまり俺の無意識ですらこの先に訪れるであろう退屈に対しての危険性を認識していたのだ。


 特に怖いとは思わないが、強い抵抗があるのは確かだ。

 この先、やる事がなくなって全ての意欲を失えば俺は植物のようにその場に佇むだけの存在となるだろう。 そんな未来を想像すると死んだ方がマシではないかと思ってしまう。


 だからこそ俺はタウミエルへと挑み、ハイディへ借りを返す事にかこつけて俺を始末させようとした。

 別にわざと負けた訳ではないが、期待していたのは事実だったので土壇場で止めた事には失望しかない。 まったく、せっかく煽ったのに俺の頭一つ叩き潰せないとは使えない女だな。

 

 ……まぁ、こうなると当初のプランで行くしかないか。

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