第1192話 「双発」

 閃光のような攻防が交錯する。

 獣人の身に着ける巨大な手甲によるラッシュとそれをいなす飛蝗。

 握りしめた拳による一撃はその鈍重な見た目からは想像もできない程に回転が速い。

 

 対する飛蝗は拳を握らずに手を半開きにしてその猛攻をいなしつつ反撃を行う。

 それには理由があった。 獣人の装備はただの武具ではなく、ある機能が内蔵されている。

 よく見れば分かるのだが、拳を撃ちだす際に手甲の一部――肘に近い部分にある穴から小さな光が瞬いているのを。


 これは内部で精製された魔石が爆発し、それによって拳が瞬間的に加速するのだ。

 獣人の装備には魔剣ナヘマ・ネヘモスを模倣した魔石の精製機能が内蔵されており、生み出した魔石を内部で砕く事で瞬間的な強化を施している。 現在のような高速で行われる攻防であるなら小さな魔石を精製するだけだが、溜めが長いと穴から魔石の柱がせり上がり杭打機のように内部に叩きつけられて砕け散る。


 それによって繰り出される威力は極伝程ではないが、生物であるなら跡形もなく破壊するには充分な威力を発揮する。 欠点としては接触していないと威力が散るので接触させない事が分かり易い対処法だ。

 だからこそ飛蝗は打ち合うのではなく受け流す形で対処していた。


 本来であるならもっと攻撃に緩急が付くので見切るのが非常に難しいが、自我を失った今はただひたすらに全開の一撃を繰り出し続ける。 かつての仲間の痛ましい姿に彼は少しだけ胸が締め付けられた。 こいつの実力はこんな物じゃなかったのにと思ってしまうのだ。


 状況的には好都合ではあるのだが、心情的には複雑だった。

 一呼吸の内に数十の攻防を交わし、隙を見て間合いを離す。 彼の居た空間に巨大な悪魔や無数の炎や氷、土や風の魔法が降り注ぐ。 後衛の攻撃も厄介だったのでいつまでも獣人と殴り合っている訳にもいかない。

 

 視線を一瞬だけ武者の方に向ける。 彼も良く凌いでいるが、盾持ちの大男の巧みな防御で攻め手にかけているようだ。 後ろもそろそろ限界が近い。

 十絶陣は強力な分、長時間の維持には向かない。 それでもこれだけの時間、敵の侵攻を完全に食い止めているのは仲間が死力を尽くしている証だ。


 ――それにそろそろ自身の体も限界が近い。


 もう少し保つかとも思ったが、道中に極伝を何度も使ったのが良くなかったようだ。 自身の身体から構成する何かが抜けていく感触が止まらない。

 このまま限界まで引き留め続けるのも選択肢としては有りなのかもしれないが、最低でも目の前の五人は全滅させておかないと不味い。 充分に消耗はさせたつもりだが、タウミエルの本体と交戦中のローの下に行かせる訳にはいかない。


 隙がないなら作ればいいだけの話だ。 回避の際に大きく後退し武者の近くへ。

 彼も飛蝗の意図に気付いたのか大きく飛んで彼を庇う位置へ立つ。


 「少し頼む」

 「心得た」


 武者は踵で地面を二回タップ。 それにより魔法陣が出現し、彼の極伝がその力を現す。


 「ナウマク・揺るサマンダ・ぎなきバザラ・ダン・カン守護者よ。 <九曜ナヴァグラハ 不動明王アチャラナータ>」


 地面が縦に揺れ、大地から敵を取り囲むように剣を持った山のような大きさの腕が無数に突き出してくる。 それは以前に辺獄で使用された時と比較にならない量と大きさだった。

 武者は持っていた刀を地面に突き刺し、パンと大きく柏手を打つ。


 同時に全ての腕が剣を敵へ目掛けて振り下ろす。 女王の召喚した悪魔や雨のように降り注ぐ魔法が腕を打ち砕かんと襲いかかるが巨大な悪魔は腕を数本道連れに粉砕され、魔法は表面を削る程度の効果しか発揮しない。


 包囲するように展開された腕は圧倒的な質量で対象を粉砕しようとするが、相手も自我を失ったとはいえ英雄として力を振るった者達。 易々とやられるような事はなかった。

 精霊使いは大きく目を見開き、女王が魔導書を開いて構え、この状況を打開する攻撃を放つ。


 ――熱にして湿なパラルダる東の風王・ミツラク


 ――<第五レメゲトン小鍵:アルス・ノウァ 01/72バエル


 巨大な竜巻と先程消滅した悪魔が再出現。

 影の塊のような悪魔はよく見ると様々な生き物を寄せ集めたかのような歪な形状をしている。

 前者は精霊使いによる魔法。 後者は魔導書の第五位階によって呼び出された悪魔だ。


 01/72バエルは七十二柱の悪魔を統合する事を可能としており、それにより全ての悪魔の要素を持った巨大な存在として召喚された。 本来なら必要な個体のみを統合して効率よく運用するのが最適解なのだが、自我を失った彼女にそこまでの細やかな扱いは難しかった。


 腐食させる波動を風に乗せ、正面の腕を瞬く間に腐らせる。

 襲いかかって来る多数の攻撃を捌く事は難しいと判断したのか、攻撃は正面に集中していた。

 同時に全員が前に出る。 包囲に穴を開けて突破し、状況の打開を図ったのだ。

 

 対処法としては分かり易く効果的なもので、見方によっては最適解といえるだろう。

 

 「――本当ならこんな単純な誘導に引っかかる訳ないんだがな」


 崩れた腕の向こうから飛蝗のやや気落ちした声が響く。 本来なら歓迎すべき状況なのだが、かつての仲間だった存在の行動に悲し気にそう呟くが行動に躊躇いはない。

 彼は拳を強く握り、足元には武者が極伝使用時に展開していた魔法陣より更に巨大なものが広がっている。 曼荼羅を重ね合わせたかのようで見ただけでは何が描かれているのか読み取る事すら難しいそれは輝きを強め、解放の時を今か今かと待ち続けていた。


 武者の極伝へ対処する為に要した時間は十数秒。 彼にはそれだけあれば充分だった。

 飛蝗は精神を統一。


 「宙のようなオン・バサラ・アラタ無限の智恵ンノウ・と慈悲をオン・タラクもちて・ソワカ量りしオン・アミリタ・れないテイ・ゼイ・光をカラ・ウン


 真言マントラ――轆轤チャクラを極めた者が更なる高みへ至る為に編み出した祈りを唱え、彼はその拳を一閃する。


 「<九曜ツイン・改式“双発”ナヴァグラハ虚空蔵菩薩ライトニング+阿弥陀如来・ブラスト>」

 

 彼の攻撃行動に反応して大男が射線上に入り直撃コースにいる後衛の二人を守るべく立ち塞がる。

 残った二人は左右に散って回避行動。 だが――


 ――それを認識できたのは放った飛蝗と何をするか知っていた武者の二人だけだろう。

 

 最初に起こったのは光だった。 カメラのフラッシュのように何かが一瞬光る。

 同時に盾が砕け散り、使い手の上半身が消し飛ぶ。 使い方次第では極伝の直撃にすら耐える強固な盾はまるで砂でできているかのように容易く砕けたのだ。 防御は間違いなく間に合った。


 防いだ当人は役目を果たせたのだろうか? 後衛の二人はどうなったのか――女王は魔導書と身体の半分が消し飛び、精霊使いは完全に消滅して跡形もない。 驚くべき事に彼の一撃は防御を貫通して尚、必殺と呼べる威力を叩きだしたのだ。

 半身を失い、消滅しようとしている女王はヴェールの向こうにある口元を僅かに笑みの形に歪めると小さく振り返る。


 既に始まっているであろう戦闘へ視線を向け、何事かを呟くと構成を維持できずに溶けるように消えた。

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