第1191話 「万歳」
地上の戦線はほぼ崩壊していた。
もうこれ以上、抑える事は難しく残存戦力を山脈まで下げる命令が出ており、指揮官たるアブドーラはここまでかと少しだけ目を閉じた。
「ではシルヴェイラ殿。 ここは任せて後退を」
アブドーラは傍らにいたシルヴェイラに下がるように促す。
シルヴェイラもここまで押し込まれた事に不甲斐なさを感じているのか表情はやや悔し気だ。
「……貴公は下がらんのか?」
「残る者達への指揮も必要でしょうし、立場が下の者がそれを行うべきでしょう」
つまりアブドーラはここで死ぬといっているのだ。
オラトリアムにとって頂点たるローの為に死ぬ事は最上級の譽れだ。 覚悟を決めたアブドーラの目を見てシルヴェイラは大きく頷く。
「貴公は誇りあるオラトリアムの戦士だ。 私は戦士アブドーラの事を永遠に尊敬し続けるだろう」
「それは光栄ですな。 では我々は行くとします。 途中で脱落する事は無念ですがどうかご武運を――」
アブドーラの言葉をシルヴェイラは手で制する。
「いや、姉上がいる以上、私の役目も終わりだ。 貴公に付き合おう」
アブドーラはローによる記憶の吸い出しを受けているので戦後に復元される事が約束されている。
新しい自分がオラトリアムの為に働く事となるだろう。 シルヴェイラが部下に後退命令を出して下がらせるが、一部の者は動かずに一歩前に出た。
「下がれと命じたが?」
シルヴェイラの言葉に並んだ者達は先頭のライリーを筆頭に不敵な笑みを浮かべるだけだった。 続くようにアブドーラの家族でもあるデス・ワームと呼ばれる魔物の群れも地中から姿を現す。
アブドーラは残った者達を見て素晴らしい兵達だと感動に打ち震え、そしてこれから失われる事を考えて惜しいと僅かに悔しさを滲ませる。 噛み締めるように目を閉じて開く。 そして彼は自身の配下を始め、残った勇者達に向けて力強く叫ぶ。
「奮起せよ! 我等の奮戦が勝利へと繋がる! ロートフェルト様が必ずや敵の首魁を粉砕し、名実ともにこの世界の神となるのだ! 神に仕える我等は神の戦士としてオラトリアムの歴史に未来永劫名を残す事となるだろう! 我等の死は無駄とはならん! 勝利への礎なのだ! オラトリアム万歳!!」
声を張り上げたアブドーラに呼応するように殿として残った者達も叫ぶ。
『オラトリアム万歳!!!』
「ロートフェルト様万歳!!」
『ロートフェルト様万歳!!!』
アブドーラと彼の率いる軍勢はオラトリアムの栄光を叫びながら敵へと突撃していく。
目前に迫る死を前にしても彼等の心は穏やかだった。 ただただ、勝利への道を切り拓く為に突き進む。
――彼らが全滅したのはそれから少ししてからだった。
「あぁもうっ! クソが! どんだけ出てくんだよ!」
喚きながら瓢箪山はギターを掻き鳴らし敵の攻撃を音の障壁で逸らす。
彼が今いるのは山脈内だ。 敵の降下に合わせて迎撃する為に早い段階で下がっていた。
周囲にはグアダルーペとケイティに彼女達の配下。 それに加えて――
「うーん。 おおいなぁ。 ちょっとつかれたよー」
そう言いながら敵を槍で斬り裂いているゼンドルだ。
瓢箪山はグアダルーペの配下扱いだが、他はそうではない。 彼にとっての幸運は山脈のあちこちで転戦している過程でケイティとゼンドルの部隊と合流できた事だろう。
ケイティも同様に早い段階で下がって山脈内での戦闘を開始していたが、部下の損耗が目立ってきたので誰かと合流するつもりで動いていた事も幸いした。
ゼンドルは初期配置がジオセントルザムで予備の部隊として控えていたのだが、山脈への侵入に合わせて投入された。 普段連れている狐のザンダーはどうやったのか巨大化しており、最近仲良くなったサンディッチもゼンドルの背中を守るように一緒にいる。
予備とはいえ数十の改造種やレブナントで構成された部隊だったが、ここに来るまでに半数近くが脱落。 その為、彼らも人員不足で困っていたのだ。
折よく三つの部隊が合流する事で安定した戦果を上げていた。 ゼンドル達前衛が斬りこみ、瓢箪山やザンダーが防ぎケイティ、グアダルーペ達後衛が支援と役割分担がしっかりと出来ていた事も大きい。
最後に彼等は一ヶ所に留まらずに遊撃といった形で山脈の各地を転戦している所だろう。
それにより聖剣使いや四大天使の近くといった激戦区での戦闘に遭遇していない事もこの現状を維持できている大きな要因だった。
これは避けている訳ではなく上からの指示だったのだ。 状況が本格的に厳しくなり、遊撃に回している余裕がなくなれば話は変わって来るが、今のところはこうして降下して来た敵や地上からでも捕捉できるような敵個体を潰して回るだけの比較的ではあるが楽な立ち位置だった。
瓢箪山は戦闘が本格化してからずっとギターを掻き鳴らしていたので指が痛む。
転生者の自己治癒能力なら少々の傷はすぐに治るがほとんど休みがないので癒える暇がないのだ。
――もう帰りたい。
今までの戦場も大概だったが、今回は今までとは比較にならない。
度重なる上司のパワハラに耐えていた彼だったが、この戦場よりはマシだと心の底から思う。
なにせ命の危険がない――いや、あるのかと思考の片隅で首を傾げる。
こうして命の危険に晒されて初めて痛感した。 自分はあの仕事が好きだったんだと。
やった事もないラジオのパーソナリティーなんて無茶振りをされ、最初は嫌で嫌で仕方がなかったがやってみると思った以上に面白く、リスナーからの心温まるお便りは彼の上司に刻まれた心の傷を癒す。
褒めてくれたり自身の仕事ぶりを評価されるのも承認欲求が満たされていい気分にもなれた。
何度も放送を重ねていく内に緊張も抜け、我ながら上達したんじゃないかと思い始めた頃にはすっかりオラトリアムでの人気コンテンツとなっておりそこそこの地位を確立できたと言えるだろう。
ただ、彼が知らない事もあった。
初期に彼の下に届いていた応援メッセージの数割はプロデューサーによる仕込みだった事。
そして知らない方がいい事であったが、彼の琴線に最も強く触れたメッセージはグアダルーペによる直筆だった事。 今の瓢箪山の土台を築いたのは文字通りグアダルーペだ。
彼女は瓢箪山の事を大事な玩具と思っており、初めて見た時からこいつは「遊べば楽しい」と確信していた。
それはある意味で一目惚れに近いのかもしれない。 だからグアダルーペは早い段階から瓢箪山を付け狙っており、収穫班に取られる前にラジオ番組のパーソナリティーとして引き抜いたのだ。
瓢箪山の気性は彼女の嗜虐心を非常に満足させるのでこのまま飴を溶かすようにじっくりと味わおうと心に決めていた。
「っしゃぁ! 取りあえず片付いたな! ――ところでちょっと休みません?」
敵を全滅させ拳を突き上げた瓢箪山はおずおずといった感じで休憩を提案する姿を見てグアダルーペは微笑んで――
「さ、次の敵を処理しに行きますよ?」
昆虫のような顔をしているので分かり辛いが絶望の表情を浮かべている瓢箪山を見て、グアダルーペは笑みを深くした。
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