第1145話 「触合」

 「さてさて、遂に来る所まで来た感じだね」


 そう呟いたのはヴァレンティーナだ。

 場所は王城の近くにある転移施設で、これから出番なので転移によりそれぞれ持ち場に向かう事となっている。


 広い空間に居るのはヴァレンティーナに加え、ケイティ、グアダルーペ、シルヴェイラ、メイヴィス。

 最後になりそうなのでこうして姉妹の時間を持とうと考えたのだ。

 ケイティとグアダルーペはどうでもよかったのでさっさと話をしろと迷惑そうで、メイヴィスはとても素晴らしい事ですと笑顔。 シルヴェイラはむっつりと黙ったままだ。


 「それで? 今更、何を話すというのですか?」

 

 話をさっさと済ませたいのかケイティが先を促す。

 ヴァレンティーナはファティマの補佐。 ケイティとグアダルーペの配置先はやや後方となり、アブドーラの少し後ろ――魔法等で支援を行う部隊の指揮を行う。 シルヴェイラは前線指揮でアブドーラと同じ位置になる。

 

 メイヴィスは山中――四大天使の維持と権能による支援を担う。 彼女の場合は替えが利かない能力を持っているのでこの位置となった。


 「まぁまぁそう言わないでくれよ。 もしかしたら最後になるかもしれないんだ。 他に居ない姉妹なんだから最後に少しぐらい話しておきたいかなって思ったんだよ」


 ケイティは嘘くさいと猜疑の眼差しを向け、グアダルーペは何を企んでいるんだこの女はと別の方向性で疑っていた。 シルヴェイラは無言、ただただ黙って聞く姿勢。 メイヴィスはとてもいい話ですねと何度も頷く。

 

 「ところでファティマ姉さまは呼ばないのですか?」

 「一応、誘ったけど指揮所から離れたくないってさ」


 本当だった。 ケイティとグアダルーペは疑っていたが、ヴァレンティーナに他意はない。

 純粋に忙しくてあまり面と向かって話す機会に恵まれなかった姉妹達と話しておきたかったのだ。

 ファティマが居ない理由は単純に断られたからで、彼女はローの事とこの戦いの事で頭が一杯なので余計な事に思考を割きたくないようだ。


 ファティマにとって妹達は自身の負担を減らす為の道具に過ぎず、親交を深める必要もない。

 その為、話をしようと言われても勝手にやっていろと返されるだけだった。

 ヴァレンティーナはファティマが自分達の事をどう思っているのかを正確に理解していた事もあって、会話こそ日常的に行うものの事務的なものが大半だ。 一応は歩み寄る努力は欠かさず行っているが、あまり成果は出ていなかった。


 彼女は自分達が生み出された理由をよく理解していたので少し残念とは思うが、そこまで気にしてはいない。

 最初からファティマはローしか見えておらず、そのご機嫌を取るためにオラトリアムを上手く回す事しか考えていなかった。 その在り方に異論を挟む事はないが、共感はしないので対応も自然と渇いたものになってしまう。


 ただ、彼女にとって妹達は別だった。 自分と同じ目的、用途で生み出された者達。

 そんな存在にヴァレンティーナは愛情に似た感情を抱いていたのだ。

 彼女なりの家族への想いだったのだが――


 ――他の姉妹には上手く伝わっていない。


 ケイティは基本的に自身の自己の欲求を追求する事しか考えていない。

 加虐的な嗜好を持つ彼女は他者を物理、精神問わず痛めつける事に喜びを感じている変態だった。

 常に誰かを踏みつける事しか考えておらず、定期的に他者の苦痛を摂取しないと落ち着かないのだ。


 ファティマの嗜好を歪んだ形で受け継いでいる彼女はいかに自分が気持ちよくなれるかしか考えていないので姉妹のふれあいと言われても心の底からどうでも良かった。

 ヴァレンティーナは自分の姉で立場上、上司なので逆らわなかっただけで本音を言えばさっさと持ち場に付きたかったのだ。 彼女の中ではヴァレンティーナは胡散臭い女でグアダルーペ、シルヴェイラは特に会話もしないので何も感じていない。 メイヴィスに至っては理解できない生き物としか認識していなかった。


 「用事がないなら私達は行きますが?」


 グアダルーペは淡々とそう告げる。 彼女は飼っている可愛い瓢箪山ペットが居れば今の所は満たされていた。 最初に上下関係を分からせてからは何だかんだと従順なので、死なない程度に嬲って遊べれば気持ちよくなれるのだ。 それにより他には一切被害が行かないのである意味では人柱といえるのかもしれない。 瓢箪山からすれば迷惑な話ではあるが、彼のお陰で今日もグアダルーペの周囲は平和だった。


 「そう言わずにちょっとぐらい良いじゃないか。 特に前線のシルヴェイラは危険も大きい。 場合によってはこれで最後になるかもしれないから話ぐらいはしておきたかったんだ。 どうかな? 何かこの戦いに臨むに当たっての不安とかはないかな?」

 「――特にない。 ただやれる事をやるだけだ」


 シルヴェイラは自身の生まれた意味を正しく理解し、それを体現していた。

 与えられた役目をただただ無心にこなすだけ。 それだけを己に課し、それだけを目的に行動する。

 時間の全てを役目に費やし、空いた時間は自己を高める事に使う。 その為、ヴァレンティーナは少し心配しており、ファティマは扱い易いと気に入っていた。


 「そうかい? なら終わった後にやりたい事はないかな?」

 「私は皆が健やかで過ごせる日常があれば満足です」


 そう答えたのはメイヴィスだ。 彼女に関してはヴァレンティーナも最初は掴みかねていた部分があった。 とにかく誰にでも親切で優しい。

 傍から見れば胡散臭さすら感じる程だが、心の底から他者を慈しむ事に喜びを感じているようだ。

 

 ある意味では姉妹の中で一番歪ではないのだろうかとヴァレンティーナは危惧し、ケイティとグアダルーペは理解できない、気持ち悪いと触らないようにしていたのだ。

 二人の感覚は良くも悪くもメイヴィスの歪みを正確に認識していた。 彼女達は大なり小なり役目とは別に自身の欲求を備えている。 シルヴェイラのように根本的な部分でそれが薄弱ならそれはそれで理解できるが、メイヴィスのように能動的に動きつつ欲望が見えてこない存在はただひたすらに不気味に映ったのだ。


 それはファティマですら同様で、彼女をあまり傍に置かない理由もそこに起因する。

 彼女の本質を正確に理解していたのは――理解しようと努力したのはヴァレンティーナだけだった。

 だからこそ彼女はメイヴィスは裏表なく接しているだけだと理解していたのだが――


 ケイティとグアダルーペはメイヴィスに胡散臭いといった視線を隠しもせずに向けていた。


 ――つ、伝わらない。


 その様子にヴァレンティーナは小さく溜息を吐いた。

 結局、彼女の思ったような展開にはならずその場はお開きとなり、それぞれが戦場へと散って行った。

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