第1140話 「愛機」
あちこちで様々な者達が声を張り上げている。
場所はジオセントルザム内にある首途研究所――そこに存在する格納庫だ。
「足の遅いフューリーやアラクノフォビアから順番に出ろ! エグリゴリは後だ!」
ドワーフ達の指示に従って次々と魔導外骨格達が出撃していく。
その姿を見つめているニコラスの心は凪いでおり、頭にはこれから自分がやるべき事だけがあった。
この世界で発生する最大の戦い。 場合によって最終戦争と呼んでも過言でもない決戦だ。
その戦いに参加できる事に誇りを感じても気負いや恐怖は感じない。
ただ、死んでいった仲間達がこの場に居ないのが残念なだけだった。 彼等はニコラスと同時期に生まれ、共に育ってきた兄弟とも呼べるほどに近しい関係だったからだ。
ニコラスはティアドラス山脈ではなくオラトリアムで生まれたゴブリンだった。
本来、ゴブリンを筆頭に亜人種は人間に比べると理性より本能の割合が多いので総じて知能が低いとされている。 その認識は間違ってはいないが正解でもない。
文化や文明に触れる機会が少なかったが故の弊害であって、亜人種であったとしても訓練次第では人間と同等にものを考える事は出来る。
――だが、それを差し引いたとしても彼等の知能レベルは非常に高い。
それには理由があった。 オラトリアムの一角にはある施設が存在しており、そこにはある改造種が存在している。 「マザー」と呼称されており、その名が示す通り多くの者達の母ともいえる存在だった。
彼女の能力は生物の
彼等はそれにより通常より高い知能、強い理性、そして
自らを生み、育んだ故郷の為に身命を賭す。 彼等にとってそれは本能にまで刷り込まれた愛情という名の忠誠心だった。 事実、オラトリアムでの新世代の亜人種による反乱は皆無。
旧世代に関してはオラトリアムに従うのを良しとせずに反旗を翻した者は多かったが、それを実行した者は一人残らず命を落とす事となった。
それにより旧世代の亜人種達にとってもオラトリアムに逆らう事は死と同義であると刻みつけられる。 以来、逆らおうといった考えを起こす者は誰一人現れなかったのだ。
彼ら新世代は従順さもあって様々な部署へと割り振られて行くのだが、その際に一通りの適性を見て配置を決める。 ニコラス達は当初、農作業へ従事する予定ではあったが、同時期に首途研究所が発足。 それにより新たな選択肢として「
当時、特に深い考えもなく適性のある配置先で自分は黙々と働くのだろうなと考えていたニコラスだったが――その瞬間、彼は運命とも呼べる出会いを果たした。
首途による魔導外骨格のお披露目と操縦士技能訓練所――教習所と呼ばれる施設のプレゼンテーションの際にお披露目された存在。 後に彼の相棒となるサイコウォードと初めて対面した瞬間だった。
完成したばかりで起動に四人必要という欠陥を抱えていたが、そんな事は些細な問題だ。
無骨とも取れる鋼の異形。 巨大な機体を前に彼は一瞬で虜となったのだ。
その威容に似た感想を抱いた者も多く、たった四人しか選ばれない狭き門へ我こそはと名乗りを上げる挑戦者が次々に現れる。
だが、ニコラスからすればそんな事はどうでもよかった。 何故なら彼はその瞬間に決意していたからだ。
あの機体と共に駆けるのは自分だと。 彼の人生において最も情熱を込めて行動したのは後にも先にもこの時かもしれない。 そう言い切れる程に彼は血の滲むような努力を繰り返し、数多のライバルを蹴落としてサイコウォードのメインパイロットの座を手にしたのだった。
初めてサイコウォードの操縦席に座った時の感動は一生忘れられない彼の大事な思い出だ。
その感動を分かち合った仲間はもう居ないが、彼等の雄姿はニコラスの中で永遠に生き続けるだろう。
ニコラスの視線の先で魔導外骨格の出撃が一通り完了したので次いでエグリゴリシリーズは出撃の準備に入っていた。
オラトリアムの最新鋭量産機であるエグリゴリシリーズはニコラスから見ても素晴らしい機体だ。
特にグノーシスとの戦闘での反省点などを踏まえて強化された上位機からは美しさすら感じられる。
今ではオラトリアム最高の操縦士としての呼び声高い彼だが、ニコラスは自分の技量を誇るような事はなかった。 彼にとって必要なのはオラトリアム最高の操縦技能ではなく、サイコウォードを誰よりも扱える操縦技能だからだ。 その為、他の機体には余り興味が持てずにいた。
――とはいっても彼の操縦技能は極めて高く、他の機体を扱わせても高い水準でその性能を引き出すだろう。
だからこそ専用機の開発を提案されたのだが。
彼の為に設計された専用機。 操縦士からすれば名誉な事で、誰しも憧れる話だ。
しかし、サイコウォード以外の機体に命を預けたいと思えない彼からすれば魅力を感じなかったのだ。
――自分はサイコウォードと最後まで戦いたいです。
彼は話を持ってきた首途にはっきりとそう言い切ったのだった。
見方によっては無礼と取られるかもしれない主張ではあったが首途にとっては逆に作用し、サイコウォードの大改造を成立させる一押しとなったのだ。
首途は自分の作品に愛着を持っている。 趣味で作ったサイコウォードに関しては特にその傾向が強い。
今まで自身の制作物に良い評価が付かなかった事もあって、そこまで入れ込まれるのは彼にとっても非常に嬉しかったのだ。 ニコラスは溺愛といっていい程にサイコウォードに入れ込んでいた事もあって、彼の話にあっさりと頷いたのだった。
暇があればメンテナンスに協力し、デッキブラシ片手に機体の清掃と仕事以外のほぼ全ての時間をこの機体に注いでいるのだ。 彼の愛情を疑う者など存在しなかった。
――ずっと使うとったら付喪神が宿るかもなぁ。
そんな様子を見てある日に首途はそんな事を呟いた。
付喪神。 彼の故郷に伝わる言い伝えで、長い年月を経た物品に意志のようなものが宿るとの事。
それを聞いてニコラスは小さく笑う。
「……そうなればいいな」
長く共に戦って来た
実現はしないだろうがそんな事になれば面白いだろうな。 彼はそう考えて愉快だと笑う。
出撃が進み、そろそろ自分の番かと立ち上がる。
「今回もよろしく頼む。 頑張ろうぜ相棒」
ニコラスはサイコウォードの装甲をポンと軽く叩き、操縦席へと乗り込んだ。
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