第1110話 「感謝」
来たる決戦に備えてジオセントルザムではオラトリアムによる大幅な防備の強化が施されていた。
街を囲んでいた壁は数倍の分厚さになっており、元々あった面影が皆無と言えるほどの変貌を遂げている。
ここで疑問があった。 現在、ジオセントルザム南部にはティアドラス山脈から持ってきた山々が連なっており、タウミエルへ対する備えとしては不要なのでは?といった事だ。
当然ながら時間が限られている以上、無駄なリソースを割くような真似はしない。
分厚くなった壁には別の用途が与えられていた。 不意に重量のある何かが移動する音が響く。
転生者であるならとある音に似ていると気付く事になる。 それは何か?
ガタンゴトンと断続的に響くそれは列車が走る音に酷似していた。
そしてその音を響かせている巨体が壁の上をゆっくりと走っている。 汽車にも似た姿をしたその車両はとある地点で停止。 連結している車両に積んでいる荷物を乗員が降ろし、待っていた者達に引き渡していく。
魔力駆動巨大列車「スノーピアサー」
ジオセントルザムを囲む壁の上と、街の南側へと物資を運搬する巨大鉄道だ。
線路を敷設する為に壁を分厚くし、街の周囲へ様々な物資を運搬する。 これは首途研究所で開発された物ではあるが、珍しく首途自身が開発に殆ど絡んでない代物だった。
設計から開発まで行ったのは彼の助手であるハムザだ。
現在こそ外周と山脈のみだが、将来的には大陸全土へ線路を通そうというのがハムザの密かなる野望だった。 そしてもう一つ、このスノーピアサーには別の役目も期待されているのだが、今は開発中なのでそう遠くない内に披露される事となるだろう。
作物の生産などは地形ごとその源たる巨大植物パンゲアを移植したので、早い段階で作業を再開できたが、首途研究所を筆頭に兵器の開発関係を担う部署は非常に忙しかった。
既存兵器の増産だけでなく、上位機種の開発や戦術などを考える首脳陣の意見を聞いた上で、その要望を満たす物の設計と、とにかく多岐に渡る。
いつの間にか研究所の敷地は大幅に拡大され、街の外に生産用の工場が大量に作られる事となっていた。 特にその責任者たる首途の負担は非常に大きい。
用事がなければ一日中、図面を引いているといった生活を送っており、外に出たかと思えば開発経過の確認や用事で呼び出された時に出向くぐらいだ。
「――ん? あぁ、エグリゴリシリーズの強化プランは問題がなかったらそのまま進めといてくれ。 「レギオン
首途は通信魔石で部下と通話しながら、巨大なテーブルで図面を引く。
現在、作成中なのはエグリゴリシリーズの最強機であるプロメテウスの上位機種の設計図だ。
クロノカイロス及び、その首都であるジオセントルザム制圧戦。 その勝利に彼の開発したエグリゴリシリーズの貢献は非常に大きかった。
だが、彼はそれで満足はしていなかったのだ。 聖剣エル・ザドキの魔力供給のお陰で運用まで漕ぎ着けはしたのだが、やはり供給元が一本では限界があった。
だが、今回は違う。 エル・ザドキに加えて、エロヒム・ギボール、エロヒム・ザフキ、アドナイ・メレクに鹵獲したエロハ・ミーカルまであるのだ。
ローからの許可は得ているので、エル・ザドキの外部供給機能を再現できる装置の開発にさえ成功すれば更に強力で燃費の悪い兵器が作れる。 いや、燃費などといった面倒臭い概念は無視できるのだ。
素晴らしい。 首途はもう数日程、不眠不休で作業しているがその体からは気力が充実している。
休め? 馬鹿な事を言うな。 自分はこんなにも絶好調なのになぜ休まなければならない。
疲れている? 確かに疲労はあるが、休んでいる時間がもったいない。
首途は転生者の頑丈な肉体に心の底から感謝している。 確かに転生当初は異形の姿に軽く絶望していた。 人目を忍んで生活する日々、魔法道具を分解して開発のノウハウを学びつつも細々と生活する毎日。
何の楽しみもなかったという訳ではなかったが、あまり充実しているとは言えない日々だった。
そんな時だ。 彼の前に人生を変える救い主が現れたのは。
ローと名乗ったその男は色調の少ない彼の人生を色鮮やかに染め上げてくれたのだ。
自分の作った武具に初めて価値を見出した男。 首途 勝造という男の人生の根幹に根差す物を全肯定した最初の存在。 彼はオラトリアムに誘われた瞬間――いや、初めて会った時にはもう確信していたのかもしれない。 この男こそ自分の人生に最も必要な友なのではないのかと。
ロー自身が彼の事をどう思っているのかは分からない。 精々、利用価値がある程度の認識かもしれない。 だが、そうだったとしても首途は言い切るだろう。
それがどうしたと。 ローのお陰で人生が最高に楽しくなったのだ。 文句などつけようもない。
今となっては首途にとってローは自らを全肯定し、果てしない幸福を与えてくれる神にも等しい存在なのだ。 その為、この世界にとって最も神に近い存在であるタウミエルの事を知っても、新兵器を振るう為に現れた「攻撃してくるサンドバッグ」程度の認識だった。
彼はローに感謝しており、この世界が滅びるかもしれない状況も悲観どころか歓迎すらしている。
何故なら折角新兵器を作っても、使う場がないと意味がないからだ。
強化発展したエグリゴリシリーズとつい先日完成した彼の最高傑作。 特に後者は使う場面は来ないかもしれないとすら思っていたのだが、タウミエル相手に使って良いと許可が出たのだ。
寧ろようこそいらっしゃいましたと諸手を挙げて歓迎したいというのが彼の偽らざる本心だった。
あぁ、ありがとうタウミエル。 お前がいなければ自分の最大兵器は地下で永遠に出番がないままだった。
ありがとう現れてくれて。 ありがとう手加減が必要ない程に強大であってくれて。 ありがとう試し撃ちの的になってくれて。
結局の所、首途という男はどうしようもない部分で破綻していた。
その証拠に彼の滅びに対する思いはただひたすらの感謝と叩き潰せる事に対する歓喜だけだ。
今日も彼は図面を引きながら遠くない内に訪れる祭りの日に備えての準備を休まずに続ける。
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