二十九章

第1109話 「報相」

 「……まぁ、話は分かった。 正直、あんまり信じたくない話ではあるが、アンタ等が今更ウチを担いで得するような事なんてないからな」


 そう言って肩を竦めたのはヴァーサリイ大陸北部に存在する獣人国トルクルゥーサルブの国王で、カブトムシに似た姿をした転生者――日枝ひえだ 顕宗けんぞう

 私――ファティマは何も言わずに表情も変えない。 今回、日枝の下へと足を運んだのは協力を要請する為です。 グノーシスというこの世界で最も目障りな組織は潰しましたが、今度は更に強力な敵である世界の影タウミエルが控えている以上、更なる準備が必要でしょう。


 その対策として獣人国の戦力を借りる必要がありました。

 もっとも、タウミエルとの直接戦闘ではなくアイオーン教団の援護にという用途ではありますが。

 今更、獣人の戦力を組み込んだところで大した足しにならないので、使いどころとしてはここでしょうね。

 

 本音を言えば必要以上の支援はしたくはありませんが、アイオーン教団とウルスラグナの残存戦力を考えれば足止めすら難しいのは分かり切っています。 その為、不本意ながらこうして支援の協力を要請するといった形になりました。


 この世界で最大の戦いとなるであろう決戦に備えてオラトリアムでは急ピッチで戦力の拡充を進めています。

 改造種やグロブスターを用いた変異種の増産に魔導外骨格及び、エグリゴリシリーズの追加生産。

 並行して辺獄の領域の維持に旧グノーシスから接収した技術の転用など。 時間は有限なので、少しの時も惜しいといった状況です。 普通にやれば絶対に勝てない相手なので、準備はいくらやっても充分という事はあり得ません。


 ……今回の戦いはもはや戦いと呼べる物ですらありません。


 勝算はなくはないといった程度のもので成功するのかもほぼ運でもはや博打に近い。

 最悪なのはその博打のテーブルに着けるのかすらも怪しい事です。 本音を言えば逃げる方法を模索した方が現実的ではないのかとも思いましたが、ロートフェルト様に逃げるつもりがない以上は私達に選択の余地はありません。


 黙ってあの方が博打に挑めるように道を切り開くだけです。

 

 「それはそれとして、本当にいいのか? 命を懸ける訳だからそれなりに釣り合いは取れているが、俺達自身の問題でもあるからちょっと貰いすぎじゃないかって思っちまうんだが……」

 「その事でしたらお気になさらず。 最初に申し上げた通り、それはもし私達が戻らなかった場合の話になります」 

 「いや、でもリソスフェアを丸ごとくれるってのは正直、気が引けちまうな」


 今回、私が日枝に提示した報酬は採掘都市リソスフェアを丸ごと引き渡す事です。

 ですが、説明した通り、世界が無事で我々が力尽きた、または何らかの形でリソスフェアの管理ができなくなった場合の話。 無条件で渡すといった事はあり得ません。


 「そうなった場合には我々には無用の街。 そちらの好きにして頂いて結構です。 もっとも、フシャクシャスラでの戦いに生き残った場合になりますが」

 「……言ってくれるな。 だったらしっかりと生き残ってやろうって気持ちになるぜ」


 この男の場合はこうしてほどほどに戦意を煽った方が話が早いですね。

 日枝は笑っているようでしたが、視線は何かを言いたげにこちらを見据えたままでした。

 私は「何か?」と見返すと日枝はやや言い淀むような素振りを見せます。


 「実際の所、あんたにはどこまで見えてるんだ?」

 「何の話です?」

 「この先の戦いの結末だよ。 勝つつもりなのは分かってるし、そこは疑ってねぇ。 ただ、普通の勝負事と違ってこの戦いに決まりきった結果はない筈だ。 小さな切っ掛け一つで大きな変化が起こるだろうよ。 ローが死んだ場合、死ななかった場合。 首尾よくタウミエルをどうにかした場合、どうにかしたけど本人が死んじまった場合。 ちょっと考えただけでも可能性はいくらでも浮かんでくる」


 日枝は「まぁ、一番高い可能性はオラトリアムが負けて世界が滅びるって事だが」と付け加えていました。 オラトリアムを軽んじているという訳ではないので私から反論する事は特にありません。

 事実、日枝の言う事は間違っていないからです。 可能性の話をするなら敗北が最も起こりうる未来でしょう。 そして世界は滅び、新しい世界が始まる。


 今回はグノーシスも居ないので妙な干渉がない分、どうなるのか未知数ではありますがそうなった場合は私達は漏れなく消えてなくなっているので関係のない話ですね。

 その最も高い未来の可能性を排除すれば盤面に揃っている駒と主であるロートフェルト様の行動とその周囲の人物の動きから予測すればいいだけの話です。


 特に今回は作戦の骨子は出来上がっているので、いかに成功させるかだけが問題となるでしょう。 見方によってはシンプルと取れるのかもしれません。 ただ、言うは易く行うは難しいといった内容ではありますが。

 日枝の質問に私はいつもの笑みで応えました。


 「当然、考え得る限りの全てですよ」


 負けた時の事は考えない。 敗北と滅亡はイコールである以上、無駄な思考でしかない。

 考えるのは勝利の未来のみ。 思い描くのはタウミエルを退け、世界を覆う滅びの未来を打倒する光景。

 その為、本当に考えなければならないのは、どのように勝利を収める事となるのか? その一点。


 勝利の結果次第で私達オラトリアムが向かう未来も大きく変わる事となるでしょう。

 場合によってはロートフェルト様を失う事によって滅びを得る事も考えなければなりません。

 私達はロートフェルト様へ奉仕する為の存在、その対象が居なくなれば存在理由も価値もなくなってしまう。


 ……そうなれば後は生き残った者達に委ねる事となるでしょうね。


 これは世界とオラトリアムの未来を占う戦いとなる。

 願わくば何事もなく、勝利を収めて欲しい所ではあります。 ですが――


 「まったく、おっかねぇ話だ。 ともあれ、話自体は了解した。 出し惜しみはせずに出せるだけの戦力を用意する事にするぜ。 それで? 手を組む、アイオーン教団の代表ってのとの顔合わせはいつごろになってるんだ?」

 「現在、向こうが立て込んでいるらしく、空き次第となります。 恐らくそこまで待たされる事はないと思うので、都合が付けばすぐに連絡を入れます」

 「分かった。 手を組む相手だ。 精々仲良くやるとするか」


 用事も済んだので私は「ではよろしくお願いします」とだけ言ってその場を後にしました。

 まだまだやる事は多い。 休んでいる暇などないのだから……。

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