第1094話 「確執」

 話を済ませてその場を後にした俺は待たせていたサベージに跨って大聖堂へと向かう。

 さっき言った通り、例のオブジェクトとファウスティナの処分を実行する為だ。

 教皇の記憶を見る限りでも随分と派手にやらかしている女だった。


 立場上、切られる心配がなく、教皇の機嫌を窺う必要もないのでフィールドワークなどと適当な事を言ってあちこちで遊び回っていたようだ。

 各分野の研究を代行させる為の組織作りに辺獄への干渉。 実際、オフルマズドがああなったのはあの女の所為だった。 それだけでなく組織作りの際にもあちこちで色々とやっている。

 

 具体的には転生者の回収や有望な人材の引き抜き。 出来なければ処分と。

 アブドーラの親である古藤という転生者を殺したのもあの女の配下で間違いないとの事。

 時期を考えるとテュケが発足していたかも怪しいので、あれだけの戦力を用意できるのはエメスだけだった。 何度も疑いのあるといったレベルの相手しか紹介できなかったが、今回は疑う余地がないので間違いないだろう。 これで奴も人生に整理を付ける事ができるんじゃないのか?


 サベージが軽快に道を歩き、流れている景色を眺めながらそんな事を考えていると――


 「あっ! 見つけたぞ!おーい! 待て待て待て! 止まれ! 止まれ!」


 ――不意に耳が拾った不快な羽音に思わず眉を顰めた。


 サベージに止まるように指示を出して振り向くと珍獣がこちらに向かって走って来ていた。

 さっきから全力で走っていたようで無茶苦茶なフォームにぜいぜいと息を切らせながら近くに寄って来る。 その後ろには護衛の柘植と両角がくっ付いていた。 


 「はぁ……ぶはぁ……お、追いついた……」

 「……何か用か?」


 正直、会話したくないのでさっさと切り上げるべく先を促す。 というか地下の四大天使召喚に使っていた魔法陣の解析を依頼していた筈だが、それはどうなったんだ?

 珍獣はしばらくの間ぜいぜいと呼吸を整えてからこちらを睨みつけるような視線を向ける。

 

 「あの女がいるんだろう?」

 「何の話だ?」


 言いながらも内心ではおや?と首を捻っていた。

 ファウスティナの話はまだしていなかった筈だが、何処で嗅ぎつけたのだろうか?

 俺の返答が気に入らなかったのか珍獣が怒りの声を上げようとしたが、両角がそっと口を塞いで黙らせる。 珍獣はうーうーと唸っていたがその場の全員が無視した。


 「……お嬢は地下の魔法陣の解析をやっていたんですが、その作りの癖が母親のものとそっくりだったそうで……」

 

 あぁ、なるほど。 作ったのはファウスティナだろうから構成の癖で製作者の正体に当たりを付けたのか。 最初にヴァレンティーナへ連絡して確認を取ろうとしていたが、保留されたらしく返事を待ちきれなかった珍獣は街へと飛び出したそうだ。 それで真偽を確かめようと見かけた俺の所まできたと。

 非常に分かり易い経緯だったな。


 「話をする前に聞くが、召喚陣解析の方はどうなった?」

 「へぇ、そちらはもう片が付いておりやす。 解析結果と取り外しの際の注意点などを纏めた資料を研究所の方へ提出しているので、問題はありやせん」


 そうか。 やる事をやっているなら俺から言うことはないな。

 ちょうど見に行くところだったし構わんか。 どちらにせよ始末する前に一声かけるつもりではあったのだ。 手間が省けたと前向きに考えるとしよう。

 

 「……まぁ、いいだろう。 ついて来い」

 「分かった! ところで疲れたから後ろに――がっ!?」


 珍獣が図々しい事を言おうとしていたので無意識に魔剣に手が伸びかけたが、言い切る前に柘植の拳骨が脳天に落ちてその言葉は最後まで出てこなかった。

 俺は聞かなかった事にしてサベージに行けと指示を出して進み始める。 一応、珍獣達を気にしたのか速度は緩かった。


 「……ところであっしらはお嬢の話でしか聞いていないので、当人で決まりなんでしょうか?」

 「間違いなく本人だ。 ただ、体を乗り換えているので、記憶にあるものと姿は違うがな」

 

 前回までのエメスにはもっとまともで有能な奴がそれなり以上に居たらしいが、例の騒動で軒並み死んでしまいあんな勝手なだけの女が残ったのだから教皇としても頭の痛い問題だった。

 まぁ、俺自身も好き勝手にやっているので行動自体を非難する気はないが、部下として扱うのは遠慮したい性格なのは確かだな。


 ちらりと視線を遠くへ向ける。 大聖堂までは少し距離があるか。

 なら到着までの暇潰しに少し興味のある事を聞いておくとしよう。

 

 「――死んだと思っていた母親が生きていた。 それに関してお前はどう思っている?」

 「…………ジャスミナもロッテリゼもそうだったが、私達はあの女を恨んで――いや、憎んでいると言ってもいい。 親らしい事は何一つやらずに教えた事は魔導書研究の基礎。 そして植え付けたのは互いに対する敵愾心だけだ。 多分だが、もう皆分かっていたと思う。 本当の意味で自分達が憎しみ合う理由はないのだと、だけどこれまでの出来事がそれを許さない。 私は頭では理解していてもあの二人が嫌いだと思っているし、向こうもそれは同じだと思う」


 ……ふむ。


 頭では分かってはいるが心の方が拒むと。

 今一つ理解できんが、そういう事もあるのだろうと多少の納得はした。

 珍獣は珍しく余り感情を感じさせない表情で淡々と考えている事を口にしている。


 「――もしも、あの女が余計な事をしなければ私達姉妹の関係ももう少し違ったものになったんじゃないのか? たまにだがそんな事を考えてしまう事もある」

 「つまりお前の母親が全ての元凶だと?」

 「そこまでは言わない。 誘導されたとはいえ私達が互いを憎しみ合ったのは事実だ。 それは変わらない。 ただ、狙ってやったであろうあの女は――私達の人生を歪めた責任を取らせてやりたいんだ」

 

 ――責任、か。


 俺には縁のない言葉だな。 まぁ、やった事のツケを支払わせてやりたいというのはよく理解できる。

 迷惑を被ったなら同等の報復をするのは精神衛生上、悪い事ではないからだ。

 

 「私の話はもういいだろう。 処遇に関しての決定権はない。 お前はあの女をどうするつもりなんだ?」

 「あぁ、特に生かしておく理由もないので処分する予定だ。 始末する際にはお前にも声をかける予定だったから見たいなら死ぬところぐらいは見せてやるぞ?」


 まぁ、逃げ込んだオブジェクトごと潰す予定だから出てこないなら見応えはないだろうがな。

 珍獣は「そうか……」と小さく呟くとそれっきり静かになった。

 聞きたい事も聞いたのでそのまま大人しくしてもらおうか。 そろそろ大聖堂が近づいて来た。

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