第1080話 「落着」

 フェレイラを見送った俺は黙々と歩き続ける。

 今の所、書類や俺が指示を出すような急ぎの案件はないので、ぶらぶらしても許されるのだが……。

 仕事をしていないと落ち着かないとまでは言わんが、胸に渦巻いている漠然とした不安の所為で何かをして気持ちを紛らわせたいとも思ってしまっている。


 ……結局、落ち着かないのは変わりないか。


 無理にでも仕事を見つけて片付けてしまうか? やる事は探せばいくらでも出て来るだろう。

 忙しくしていればこの不安な気持ちと付随する胃の不快感も消えてくれるかもしれない。

 

 「……はぁ……」


 小さく溜息を吐く。 何かをして気分でも変えるか?

 ぼんやりとそう考えて視線を巡らせるといつの間にか城塞聖堂の裏手まで来ていたようだ。

 広く均された場所でカサイ達異邦人が訓練を行っている姿が視界に映る。


 見た目が見た目なので表情から何を考えているかまでは分かり辛いが、少なくとも俺の目には誰も彼も真面目に取り組んでいるように見えた。

 何の気なしに近寄るとカサイが気が付いたのかこちらに寄って来る。


 「どうも。 どうかしましたか?」


 あぁ、しまった。 不要な気を使わせてしまったか。

 本当なら気付かれない距離で眺めているつもりだったが、近寄り過ぎてしまったようだ。


 「いや、そこまで大した用事じゃない。 手が空いたんでちょっと散歩をな」

 「あー、まぁ、気分転換も大事ですからね」


 カサイは何かを察したのか苦笑して肩を竦めて見せる。

 

 「最近はどうだ? あぁ、別に探り入れているとかじゃないからな」

 「はは、分かってますって。 流石に前の戦いが堪えたのか全員、真面目にやっていますよ」

 「あの腑抜けた連中もマシになったって事か」

 「どうでしょうね? 今は前の戦争のお陰でかなりの危機感を抱いているから真面目にやってはいますが、俺の故郷に「喉元過ぎれば熱さを忘れる」って言葉がありまして。 今はいいですが、それなりに日数が経つとちょっと怪しいかもしれません」


 なるほど。 今はいいが緊張感はいつまでも維持できないと。

 

 「ま、その辺は適度に締めて行ければと思っているんで、おいおい考えて行きますよ」

 「その様子だと他は問題なさそうだな」

 「えぇ、北間達は前線に出ただけあってかなり力を入れていますね。 いや、俺も前に出た身としてはかなりヤバいと思っています。 ――ところでこの先もあんな感じの戦いってあったりするんですかね?」


 口調こそ軽い感じだが、かなり気にしているであろう事は良く分かった。

 もうないだろうといいたい所だが、世界の滅びといった懸念材料がある以上はないとはとてもじゃないが言えない。


 「……分からん。 ただ、ちょっと怪しい話をあちこちで聞いていてな。 あると思った方が無難だろうな」

 「あー、マジですかー。 ちなみに相手に見当はついているんですか? グノーシスは片付いたって話ですし、それ以外となるとあんまり思いつかないんですけど……」

 

 カサイも覚悟はしていたのか特に驚きはしていなかった。

 俺はどう答えたものか悩む。 確定ではないが怪しい連中は既にその存在を示唆されていた。

 辺獄種及び虚無の尖兵。 少なくとも本格的に動き出せば碌な事にならないのは目に見えている。


 「……もしかして雇い主・・・か何かっすかね?」

 

 俺が言葉に詰まっているとカサイがやや躊躇いがちにそんな言葉を口にする。

 それを聞いて少し驚いた。 あぁ、確かに状況だけ見ればそんな考え方もできるのかと思ったからだ。

 オラトリアム――ファティマに心を圧し折られた身としてはもう逆らう気力が欠片も湧かないので、カサイの考えはかなり意外なものだった。


 それともう一点。 カサイは雇い主と表現したが、まぁ知られているよなといった奇妙な納得が浮かぶ。

 あからさまにおかしい事が立て続けに起こっているんだ。 俺が怪しい何かと手を組んで状況の打開を図ったのは明らかだろう。 グリゴリ、グノーシスと立て続けにいきなり相手が潰れるといった形で決着している所を見れば嫌でも気が付くか。


 「いや、辺獄関係って言えば分かるか?」

 「……あぁ、そっちですか……」


 察したのかカサイの声が一気に沈む。


 「「関係」って事はゾンビじゃなくて例の黒い連中って事でいいんですか?」

 「……少なくともクリステラをご指名で引っ張り出したくなる程度にはヤバい相手らしい」


 具体的な事は言えないがこれぐらいならいいだろう。

 グノーシス戦でクリステラが不在だった事は隠しようがないからな。

 カサイはそれで何かを察したのか大きく肩を落とす。


 「はは、心構えはしといた方がいいのかもしれませんね。 グノーシスの時も大概死ぬかと思いましたが、次はもっとヤバそうな感じですね」

 「少なくともグノーシスよりは脅威度が高い相手と考えた方がいい」


 カサイは「マジかー」と言いながら空を見上げる。

 

 「今のアイオーンにとってお前等は貴重な戦力だ。 悪いが強制的に参加して貰う事になる」

 「ですよねー。 まぁ、逃げた所で行くところもないので死なない程度に頑張らせて貰いますよ。 ――あぁ、逃げるで思い出しましたが、消えた連中はその後どうです? 見つかりましたか?」

 「いや、目撃情報自体はあったが、割と僻地の方でな。 途中までしか足取りは追えていない」


 カサイが言っているのはここから逃げ出した転生者達の事だ。

 三名はカサイが始末をつけたが、残り二人は未だに行方不明のままだった。

 探させてはいるが、それっぽい奴を見たといった曖昧な情報しかないので居場所がはっきりしないのだ。 それに最後に目撃されたのも随分と前の話なので下手をすれば野垂れ死んでいる可能性もある。


 カサイも何だかんだでかなり疲れているようなので同郷人の始末といった心に優しくない仕事はやらなくていいと言ってやりたかったが、立場上そうも言えなかった。

 これはけじめの問題だからだ。 異邦人が人間として扱う事を許される事は魔物ではなく理性で己を律する事が出来ると証明しなければならない。


 それができなければただの魔物と変わらないからだ。

 異邦人はその姿から人と魔物の区分けが酷く曖昧だった。 それ故に線はしっかり引かなければならない。 

 カサイは「そうですか」とだけ呟いた。 遠くを見るとキタマが戻って来いと手を振っている。

 

 「ちょっと話が長くなったみたいですね。 引き留めるような真似してすいません」

 「いや、こっちこそ全部話せなくて悪いな。 良かったらまた飯にでも行こう」

 「喜んで。 じゃあ俺は戻ります」


 カサイは小さく会釈して戻って行った。

 

 「……行くか」


 俺は小さく溜息を吐いてその場を後にした。

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