第1075話 「確証」
「えーっと? これが召喚に使う記述で――こっちが魔力を……」
ぶつぶつと呟きながらベレンガリアは床に張り付いて刻まれている魔法陣の記述を確かめ、メモを取りつつも構造を確認していく。
彼女が今いる場所はジオセントルザム地下にある施設。 四大天使の召喚と維持を行っていた場所だ。
ベレンガリアは戦闘終了と同時にここへ放り込まれ、構造の解析を依頼されたのだった。
あちこちに転がっていた死体は順次運び出されており、現在は周囲でオークやトロールの清掃員がモップ片手に掃除を行っている。
柘植や両角は手伝える事はないので後ろでその様子を見守る事しかできなかった。
ベレンガリアは床を這うように描かれた魔法陣を指でなぞる。
基本的にこういった魔法陣の類は書き手――つまりは製作者の癖が入る事が多い。
造りの感触を見ればどういった人物が描いたのかがぼんやりとだが見えて来るのだ。
読み取っていく内にベレンガリアの表情が険しくなっていく。
「……これはまさか……」
何かに気が付いたのか魔法陣へ向ける視線には徐々に怒りが混ざり、それが殺意にすら感じさせるものに変化するのにそう時間はかからなかった。
ベレンガリアは何かの間違いではないかと思いつつも内心では確信を抱きつつ魔法陣を睨むように眺め続ける。
「お嬢? どうかしたのか?」
変化に気が付いた柘植が声をかけたが、ベレンガリアは無言。
それを見て柘植はベレンガリアへと近づいて、肩に手を置こうとして止める。
肩越しに覗く彼女の表情には明確な怒りが宿っていたからだ。
ベレンガリアという女は非常に短気で怒りっぽい。 いや、子供っぽいといい替えてもいいかもしれないが、ここまで深い怒りを浮かべるのは珍しかった。
「何があった?」
「…………あの女だ」
柘植の質問にベレンガリアはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言葉を漏らす。
「あの女? 例の妹か?」
彼女の妹がいるという話は聞いていた。 ベレンガリアの耳には入れていないが、彼女がどんな末路を辿ったのかも……。
最初はこの魔法陣に妹の気配を感じ取ったのかとも思ったが、雰囲気が違う。
そもそも妹が相手なら「あの女」などと呼ばない。 だとしたらベレンガリアがここまで怒りを抱く対象は誰だと考えたが、狭い人間関係しか構築していないので候補は自然と限られる。
――彼女が明確に敵意を抱く存在――それは母親である先代のベレンガリアだ。
死んだと聞いていたが、生きていたのか?
当然の疑問だった。 そもそも彼女が死んだ事によりホルトゥナは内部分裂を起こしたのだ。
生きていたとしたら彼女は何の為に苦労したというのだ? いや、それ以前に組織を放り出してこんな所で何をやっているというのだ? いくら何でも無責任すぎる。
「……お嬢。 間違いないのか?」
ベレンガリアは確信を抱いているようなので疑うような尋ね方はせずに確認を取るように聞く。
「あぁ、この描き方、分かり辛かったがあの女の癖が出ている。 見間違う訳がないだろうが! 私はあの女にコレの基礎を教わったんだ! 死んだとは聞いていたが、死んだ所や死体を見た訳じゃない! あの女の事だ、遊び半分で死を偽造するぐらいやりかねない」
「いや、何の為に――あぁ、本当に遊び半分でそんな事をやらかしたって訳か」
彼女から漏れ聞く母親の印象は最悪の一言だ。 主観が混じっているであろう事は明らかだったので、鵜呑みにはしていないがまったくの的外れという訳ではないだろう。
そのフィルターを外したとしても彼女からすれば最低の母親だったという事は良く分かる。
拾われた時期の関係もあったので柘植は直接対面することはなかったが、話を聞く限り好き好んで対面したい相手ではなさそうだった。
ホルトゥナの本体がこちらに移っており、ベレンガリアの妹がトップとして認められその座に納まった事は彼等にも知らされていたが母親に関しては初耳だ。
この状況でクロノカイロスに居るというのならホルトゥナの源流組織関係だろう。
そこに混ざっていた? 素直に考えるならそうなるが、ここまで重要な設備の構築を任されている所を見るとかなり上の方に居たのかもしれない。
「……お嬢はどうしたい?」
柘植はベレンガリアと目線を合わせて質問をする。
これは必要な事だった。 下手に放置すると感情に任せて何をしでかすか分からないので、暴走しないようにコントロールする意味でもだ。
オラトリアムの上層部が先代ベレンガリアの事を知らない訳がない。
隠しているのか伝える価値無しと判断されたのかは不明だが、返答次第では波風が立たないように立ち回る必要がある。
ベレンガリアは激情に駆られているのか反射的に「殺――」と言いかけたが沈黙。
しばらく黙っていたが、落ち着いたのか表情から険が消える。
いきなり落ち着いた表情を浮かべたので、どうしたんだ?と疑問符を浮かべるが黙って答えを待つ。
「……分からない。 少なくとも私はあの女の事が嫌いだ。 いや、憎いといってもいい。 死んだ所でざまあみろとしか思わない――と思う。 だが、そうなる前に何を考え、何を思っていたのかは聞いてみたい――と思う」
普段なら勢いに任せて殺してしまえと口走っていたのだが、歯切れ悪くそういった。
柘植は驚き、どういった心境の変化なのだろうか?と首を傾げる。
それには一応ではあるが理由があった。 彼女はオラトリアムに来てから自覚、無自覚の差こそあれ、何度も命の危機を乗り越えて来たのだ。
――その大半が彼女自身が原因なので、やり方次第では回避できたものではあったが。
何度もローやファティマに噛みついて殺されかけたが、柘植からすれば今日まで彼女が生きているのはある意味奇跡なのではないだろうかとすら思っている。
その経験はどうやら無駄ではなかったようで、ベレンガリアにも思う所があったようだ。
誰しも死んでしまえばそこで終わり。 そうなってしまえば言葉を交わす事も出来なくなる。
彼女はリブリアム大陸の北部で起こった虐殺を見てそう思った。
仮に母親が生きており、何も聞けずに終わった場合、どういう形であれ引き摺る事になるのではないかと不器用ながらもそう考えていたのだ。
殺すにしても殺す以外に道はないクソのような人間だったと確証が欲しかった。
そうすれば少なくとも自身の中で整理が付くのでは?と考えたからだ。
「……分かった。 取りあえず、ローの旦那――は難しそうだからヴァレンティーナの姐さんに頼んでみるとしよう。 あの人なら話ぐらいは聞いてくれるだろう」
上手く行けば話ぐらいはさせて貰えるかもしれない。
――ただ、それまでに先代が生きていればの話だが……。
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