第1060話 「保身」

 「なるほど。 お前等はそれを使って終末をやり過ごし、全てが片付いた後に出て来て一から文明を築き直すと」

 

 教皇は否定せずに小さく頷く。

 エゼルベルトの話も大当たりか。 なるほど、こんなものがあれば世界が滅ぶと聞いても余裕でいられる訳だ。 周囲の台座と刺さっている魔剣を見れば隠している理由にも見当が付く。


 「……その通りじゃ。 これはそう遠くない未来に世界を襲う大災厄――世界ノ影タウミエルから人の未来を救う為の物――」

 

 人の未来? 何を言っているんだこいつは?

 あまりにも馬鹿らしかったので俺はくだらないと鼻を鳴らす。


 「人の未来? 言葉は正しく使ったらどうだ? 他はついでで救いたいのは自分達の未来だけだろう?」

 

 別に自分達だけ助かりたいといった保身を否定する気はないが、露骨に嘘と分かる言葉をもっともらしく並べ立てられるのは不快だな。

 

 「その点は否定せん。 じゃが、我等以上に人々を導ける存在はおらん事も事実。 汝もこの国の大きさとグノーシスの歴史ぐらいは知っておるじゃろう? 世界を人の物としたのは我等の貢献あってこそじゃ。 もしもこの世界にグノーシスが存在しなければこの世界は亜人種や魔物が栄え、支配していたのかもしれん」

 「だから自分達だけは助かる権利があると? まぁ、行動自体を非難する気はないが、お前等の主張を言葉通りに受け取るなら『自分達は優れているから助かる権利がある』といったところか。 なら、俺がお前等を叩きのめしてそれを奪えば俺に使用する権利があるな」


 俺が魔剣を抜いて突きつけると教皇は小さく肩を竦める。


 「阿呆が。 話は最後まで聞かんか。 何の為にここまで箱舟の話をしたと思うておる。 奪った所でまともに扱えんわ」

 「聞くまでもない話だな。 どうせ周りにある歯抜けの台座だろう。 大方、聖剣と魔剣を突き刺して動かすんじゃないのか?」

 「――魔剣はあればよいといった程度だが、概ねその通りじゃ。 箱舟は人を内部に収める事が出来るが、その人数は内蔵されている魔力量で決まる」

 

 要は船の座席を増やす為に魔力が必要で恒常的に溜めるのに魔力源として聖剣が必要という訳だ。

 連中が聖剣に執着している理由だな。 数が多ければ多い程、この世界からの脱出枠が増やせると考えれば当然か。


 「本来なら計画的に辺獄の領域を攻略し、順次聖剣を回収するつもりだったのじゃが……」

 「ま、予想外の早さであちこち溢れちゃったから仕方ないわよねぇ」


 教皇の言葉を引き取るように口を開いたのは箱舟にもたれかかっていたファウスティナだ。

 値踏みするように視線を彷徨わせていたが、最後には魔剣に固定される。 


 「驚いたわぁ。 拘束なしで洗浄されていない魔剣を完全に制御してる。 有り得ないと思っていたけど、魔剣も持ち主を選定するのね」

 「それだけではない。 柄の意匠をよく見よ。 一本ではないぞ」

 「……感じからして三本以上ね。 ここにない魔剣と所在の分かっている物以外、全部混ざっているのかしら?」


 教皇とファウスティナは興味を隠しもせずに視線は魔剣に固定されたままだ。


 「質問には答えたのじゃ。 今度はこちらから問うぞ。 汝は何故魔剣を持って正気でいられる? それは触れた者を内包された憎悪に侵して支配する恐ろしき剣。 常人ならば数秒と保たずに正気を失う筈じゃ」

 

 何だそんな簡単な事も知らないのか?


 「別に難しい事じゃない。 気をしっかり持てばいいだけの話だ。 うるさいから睡眠が必要なら耳栓でもつけていればいいんじゃないか?」


 俺はもう体質的に眠れないからその辺は知らんが。

 

 「ふざけて……いる訳ではなさそうじゃな。 ふむ、選定されると聖剣同様に拒まれなくなるのかのぅ」

 「扱えるって事が分かっただけでも収穫ね。 場合によってはやり過ごさなくても良くなるかも……。 個人的には外の戦力群を含めて気になる事がいっぱいだわ」

 

 教皇は視線を魔剣に向けたままだったが、ややあってこちらに戻す。

 

 「さて、そろそろ本題に入るとしようかのぅ。 そちらの軍を率いている者と話がしたい。 間に入ってはくれんか? 目的は箱舟じゃろう? 無制限の受け入れは難しいが双方から人を出して共にタウミエルの脅威をやり過ごそうではないか」

 

 要はこの箱舟とやらの脱出枠を分けてやるから手を組めと? 

 考えるまでもない提案だな。


 「断る。 他を当たれ」


 即答。 使い方には興味があるが使えないなら使えないで構わないからだ。

 そもそも俺はタウミエルとかいう奴を始末するつもりなのでどういった存在なのかを知りたかったのだが、その辺は教えてくれないのだろうか?


 「いくつか勘違いをしているようだから言っておいてやる。 外の連中は俺の配下で、タウミエルとかいう訳の分からん奴はお前等を潰した後に片付ける予定の相手だ。 初めから逃げるつもりはない。 お前等の選択肢はタウミエルの情報を始め、知っている事を全て吐き出して俺の下に着くか、力尽くで強制的に知っている事を吐き出して死ぬかのどちらかだ」


 いや、洗脳して強制的に配下になるもあるな。 実質三択か。

 

 「タウミエルに勝つ? はっはっは、知らんと言う事は幸せな事じゃのぅ。 アレは人知を超えた存在にして世界そのもの。 我等のような世界に依存するだけの存在が打倒できるようなものではないわ! 寝言を抜かすでない!」

 

 俺の言葉が気に障ったのか教皇の言葉に怒気が混ざる。

 

 「我等とてどうにかできるというのであればとうの昔にやっておる! 好き好んで逃げているとでも思うておるのか!?」

 「あぁ、死にたくないから逃げてるんだろう? それが好き好んでやっているのでなければなんなんだ?」


 こいつは馬鹿じゃないのか? 俺がそんな事も分からないと思っているのだろうか?

 さっきから不本意といった感じを出している割には他を切り捨てる事に躊躇がない。

 要は自分だけ助かればそれでいいんだろう? そうならそうと最初からそう言えばいいのにグダグダと言い訳ばかりを並べているようにしか見えない。


 「あっはっは! 言われちゃったわねぇ!」

 

 俺の言葉が何かの琴線に触れたのかファウスティナは大声で笑い出す。


 「そこの教皇様はどうだか知らないけど私は死にたくないから逃げるわよぉ? 異邦人から聞いたんだけど「命あっての物種」って言うらしいし、私って自分が一番かわいいからね」


 教皇は不快そうにファウスティナへ視線を向けた後、表情が消えた。

 どうやらお喋りの時間は終わりのようだ。

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