第1035話 「売企」
「ロッテリゼ! 無事でよかった」
「オグデン、貴方こそ」
クエンティンはベレンガリアの姿を見て安心したのか彼女を抱きしめる。
「クエンティン。 貴方はこれから……」
「うむ。 我々、第一の枢機卿はこの大聖堂の守護を仰せつかっているのだが――」
そう言い淀むと小さく視線を天井に向けると戦闘の物と思われる音と微かな悲鳴。
どうやら襲撃されているようだ。
「もうここまで敵が入り込んでいるの?」
「あぁ、数はそう多くないようだが、私も行かねばならん。 君はどこかへ隠れて……」
「いえ、私も行くわ。 ここまで入られていると言う事はどこが安全か分からない。 なら、貴方の傍に居させて欲しいの」
当然ながら本音は別にある。 クエンティンについて行けば比較的、戦力が集中している場所に行ける筈なので身を守るという意味でも何かと都合がいい。
処理されるというのならその程度の敵なのでそのままクエンティン達に守って貰えばいいだろう。
ただ、問題はそうでなかった場合だ。 侵入者がここの警備を簡単に突破する相手であるなら身売りするタイミングとしては悪くない。 最悪、クエンティンを後ろから刺して味方であるとアピールする事も出来るのでベレンガリアにとってはどちらに転んでも都合のいい展開だった。
二人は地下からそのまま地上階へと移動する。
「――敵の正体は何か分かったの?」
ベレンガリアは時間を無駄にしたくないのか移動しながらも現状の確認を行う。
クエンティンは何とも言えないといった表情で小さく首を振る。
「いや、分からんのだ。 襲撃してからそれなりに時間は経っており、敵の撃破報告も上がっている。 これに関しては君が一番よく知っているだろうが、四大天使を投入している以上は時間の問題と思いたいが……」
このジオセントルザム最大の防衛装置である四大天使。 その力は圧倒的で、どんな敵が来ようとも容易く撃破する事が出来るだろう。
ただ、大きな問題があった。 四大天使はクロノカイロス本土に侵攻された時――あくまで街の外に現れた敵に対しての備えであってジオセントルザム内部での運用を想定されていないのだ。
それはミカエルの火力を見れば明らかだろう。 明らかな過剰な威力の攻撃は街中で振うのに不向きだ。
流石に高高度からの奇襲は想定していなかったので、四大天使も力を完全に発揮できなかった。
ベレンガリアとクエンティンの二人はまだ気付いていないが、この頃には既に地下の施設は襲撃を受けていたので彼女は運よく難を逃れたと言えるだろう。
幸か不幸かベレンガリアの意識はこれからどう立ち回るのかを考えていたので、下の状況にまで気が回らなかった。
「――ただ、ハーキュリーズ殿が不在の時に現れたと言う事はウルスラグナと無関係ではないだろう」
「例の正体不明のオラトリアムという勢力の仕業?」
「分からん。 だが、可能性は高い」
オラトリアムの名前が出たのは単なる消去法の結果であって何か確信があったという訳ではない。
ベレンガリアの懸念はそこにあった。 相手の正体が不明なままなのは良い状況とは言えない。
特にオラトリアムに関してはユルシュルの前に取り入ろうとした勢力だったので軽くではあるが、調べたのだがまったく情報が出てこなかった。
手勢を送り込んだ以上、向こうもベレンガリアの事を知っている可能性は低くない。
問題はオラトリアムがベレンガリアにどのような印象を持っているかだ。
敵と認識されている場合はかなり不味い事になる。 場合によってはベレンガリアの事に気づいた途端、殺されかねないからだ。 逆に多少なりとも警戒しているというのなら何らかの価値を見出してくれる可能性もある。
知られているにしてもどの程度なのかも判断に困る。 ユルシュルの関係者程度の認識なら売り渡す情報次第で取り入る事は可能だろう。
取扱いに気を付けなければ命取りになる事は確かだ。
――どちらにせよあの女の有力な情報を得てからになる。
今はこの騒ぎに乗じて大聖堂の奥へ行き、あの女やグノーシスの隠している事を暴く。
売れるなら売り飛ばし、売れないならどうにか利用すればいいからだ。
「――まだ来ていないようだな」
どう動けば自分の得になるのかだけを考えていたベレンガリアの思考はクエンティンの言葉に遮られた。 戦闘の音や衝撃はまだ少し離れている。
地下への出入り口は大聖堂の奥まった場所にあるので、まだ侵入されていないようだ。
「流石は近衛、突破はされていないが……」
クエンティンの口調には不安が滲み出ていた。 何故なら戦闘の音が段々と近づいて来ているからだ。
押されているのは明らかだった。 近衛はそれなり以上の数の救世主が含まれている精鋭。
それが押されていると言う事は彼等ではどうにもならない程の物量か――
――圧倒的な力を持った個だろう。
クエンティンは不安を振り払うように「急ごう」と小さく呟き。
ベレンガリアの手を引いて歩く足を早めた。 向かう先は大聖堂の深部。
以前に会議を行った広間の奥だ。 二人は廊下を早足に進みつつも窓から覗く戦闘の様子が更なる不安と焦燥を煽る。
廊下を抜けて大きな扉を抜けてホールへと入ると武装した近衛達が完全武装で守りを固めていた。
クエンティンが近衛の一人に話をして奥へと入る許可が出たようだ。
ベレンガリアへ頷いて見せると彼女も頷きで返し、彼の背を追う。
「あ、あの……」
不意に小さな声がクエンティンにかけられる。 声の出所は半ばで途切れた階段の上だ。
そこには枢機卿の法衣を身に纏った少女だった。
グノーシス教団第一司教枢機卿グリゼルダ・ヨハンナ・ギーゼン・フェンベルグ。
能力は高いが気弱なので常に小声で話す少女だった。
「おぉ、フェンベルグ枢機卿。 ご無事でしたか」
「はい、騒ぎの折、この近くに居たので……」
話をしながらクエンティンは懐から取り出した魔石を使用し、自身とベレンガリアの身体を浮遊させて階段の上へ。
その場を近衛騎士達に任せてクエンティンはベレンガリアとフェンベルグを伴って奥へと向かう。
「猊下は何と――」
クエンティンが教皇の様子を尋ねようしたが、扉が粉砕された轟音に掻き消された。
何だとその場の視線が集まる。 ベレンガリア達が入って来た扉が破壊され、発生した粉塵を突っ切るように禍々しい魔力を纏った剣を手に持った男が現れた。
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