第1032話 「苦戦」
サンディッチはぜいぜいと荒い息を吐く。
防具は損傷により機能しなくなり、剣に至っては半ばで折れてしまい、権能で風を纏わせて使用している。 その権能に至ってはもう四天まで展開しており、文字通り死力を振り絞っている有様だった。
何故こんな事になっているのか? その理由は彼の相手だった。
刀剣を片手に鋭い眼光を向ける男――トラスト。 最初は一騎打ちのような形で戦い続けており、戦闘はほぼ互角といった展開を見せていたが、途中から雲行きが怪しくなってきた。
彼は敵――オラトリアムの戦況を支えている権能使いを仕留めるべくこの場所まで来たのだ。 だが、当初はフェリシティと連携して確実に仕留めるべく動くつもりだったのだが、最初に来ていた彼女はこの場をサンディッチに押し付けて早々に消えてしまった。
その勝手さに殺意すら覚えたが全員ではないが部下を置いて行ってくれたので、どうにでもなるとまだ悲観はしていなかったのだ。
だが、場の指揮を執ろうと現着した瞬間にトラストに襲われたので指揮官として機能しなくなり、今に至る。
トラストは剣士としてはサンディッチよりも高みにいる存在だ。 その独特の剣技は見切るのが難しかった。 魔力を斬撃に乗せるといった権能とは毛色が違うその戦闘技法はサンディッチですら完全に見切るのは難しい。
それでも彼はこの地を守る救世主――最高峰の聖騎士の一人。
未知の剣技を相手に対等以上に渡り合ってはいたのだ。 つまり膠着こそすれ劣勢にはなっていなかった。
だが、途中で笑いながら乱入して来た女――ハリシャがその膠着を崩す。
――こいつは一体何なんだ。
何故か背中から腕が四本も生えており、合計六本の腕で斬りかかって来る異形の女だった。
多数の腕により繰り出される斬撃の回転は凄まじく、まともに受けたら数秒で細切れにされてしまうだろう。
「素晴らしい! 私の攻撃をここまで捌いた人は十人もいませんよ! ですが、まだまだ行けそうですね? さぁ、もっともっと頑張ってください。 さぁ! さぁ!! さぁ!!!」
ハリシャは攻撃を凌ぎ続けるサンディッチが気に入ったのか、狂気を孕んだ声を上げながら斬撃の回転を上げる。 力任せに振り回すような戦い方なら彼もここまで苦戦しなかっただろう。
だが、ハリシャは狂気に染まり切った態度とは裏腹にその斬撃は的確で、明らかに殺しに来ている動きだった。 首を執拗に狙ったかと思えば胴体や腕、果ては武器防具にと次々に狙いを変えて来るので、一瞬でも気を抜くと殺されてしまうだろう。
手数こそ凄まじいが回転が速い分、トラストに比べれば動き自体は荒い。 その為、付け入る隙は充分にあった。
――ただ、それはハリシャが一人だった場合だ。
ハリシャの猛攻に混ざってトラストが要所要所で攻撃を差し込んで来るのだ。
荒いが手数の多いハリシャにトラストの鋭い一撃。 両者の攻撃に曝されたサンディッチは次第に疲弊していった。 剣は徐々にダメージを受けてあちこちが欠け始め、防具も損傷の蓄積で機能に支障が出始める。
言動や挙動を見れば無軌道に暴れるハリシャにトラストが合わせるといった構図に見えなくもないが、対峙しているサンディッチには違うと良く分かっていた。
ふざけた事にこの二人は連携をしっかり取っているのだ。 ハリシャが連撃でサンディッチの防御を抉じ開け、トラストが確実に当てて来る。
サンディッチも必死に防いでいるが気が付けば防具は使い物にならなくなり、剣は折れてしまった。
息つく暇もない攻め手は彼から余裕を奪い、その呼吸を乱す。
時折、部下から指示を乞う連絡が来るが、応答する事などとてもじゃないができなかった。
ただ、彼も黙ってやられているという訳ではない。 何とか付け入る隙を探そうと足掻いていたのだ。
そんな中、一つだけ気が付いた事があった。 行動範囲だ。
トラストとハリシャはサンディッチが一定以上離れると退路を塞ぐような行動を取る。
恐らくだが、何らかの事情で特定の範囲から移動したがらないのだろうと判断。
彼の考えは的を射ていた。 トラストの役目は権能を維持しているメイヴィスの防衛。 その為、彼女から離れすぎる訳にはいかなかったのだ。
ハリシャは遊撃なのでそういった制限はないが、一人だとサンディッチを仕留めるのに手間がかかってしまう。 彼女は他人を斬り刻む事に快感を覚える異常者だが、物事の優先順位は間違えない分別は持ち合わせていた。
サンディッチもそれに気が付いていたので何とか二人を引き剥がそうと距離を取っていたのだが、悉くトラストが先回りするので逃げ切る事も難しい。
だが、動きを乱す事は可能だった。
――が、それでも二人の連携を越えるには足りなかった。
サンディッチはボロボロになりながらも権能で生み出した背の羽を震わせて建物の上を飛び回り執拗に追いすがる二人の攻撃を捌き続けている。
彼の視界の端には霧に包まれた街の一角が見えた。 到着前にはあの状況ではあったのだが、発生経緯に関しては戦闘中――ハリシャ参戦前の余裕がある頃に報告を受けていた。
転移によって現れた全身鎧で武装した巨大悪魔が引き起こした現象なのだそうだ。
触れていると魔力をどんどん吸い取られるらしく、無策で飛び込むと恐ろしい事になる。
その為、霧に入らずに遠距離からの攻撃で削るように指示を出すつもりではあったのだが、間の悪い事にフェリシティから指示を受けていた彼女の部下が既に踏み込んでいたのだ。
見捨てる訳にもいかなかったのでサンディッチの部下も援護の為に追いかける事になり、敵の思う壺となってしまった。
ふざけるなと下げるように連絡を取ろうとしたが不通。
無視しやがって勝手な女めと苛立ちを募らせていたのだが、その頃にはフェリシティはサベージの胃袋に納まっていたのでもう返事をする以前にこの世に跡形も残っていなかった。
それを知らない彼はただただ内心でフェリシティへの呪詛を垂れ流していたが、目の前の敵を前にそれも長続きしない。
トラストやハリシャも離れて連携を乱す事を狙ってるのは理解しているので、退路を潰す事を意識し立ち回りを行う。 サンディッチが一人に対し、トラスト達は二人。
どちらの方が優勢なのかは言うまでもなかった。
サンディッチはハリシャの斬撃を大きな動きで躱し、トラストの追撃を緩急をつけた動きで強引に捌く。
気が付けばサンディッチは徐々に北側へと押し込まれつつあった。
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