第1031話 「電池」
「邪魔ぁ!」
フローレンスは珍しく声を上げて立ち塞がる夜ノ森へ斬撃を繰り出す。
権能により強化されたその動きは転生者の優れた知覚でも捉える事は難しい。
風の刃で夜ノ森を斬り倒してそのままファティマの首を狙うつもりだ。 フローレンスはファティマがこの場で最も重要な存在である事を確信していた。
転生者はしぶといので無理に即死は狙わず、あくまでファティマの首が最優先なので障害物を排除できればいい。
その為、足や胴体を斬って一時的に行動不能にすれば充分だった。
フローレンスは権能で生み出した背の羽を震わせて矢のように飛翔。 相手は大柄、地面スレスレを飛んで低い位置から斬り上げる。
不可視の風の刃は見た目以上の長さで夜ノ森の巨体を捉え――
「――え?」
――られずにその姿が掻き消える。
強化されている上、救世主として鍛え抜かれたフローレンスの動体視力を以ってしてもそれには反応ができなかった。 思考に一瞬の空白が生まれる。
それは戦闘中で最もやってはいけない事だったのだが、動揺を抑えきれなかった。
「か、は――」
空白は隙を生み。 敵地の真ん中でのそれは死に直結する。
気が付けば夜ノ森は目の前におり、掬い上げるような軌道を描いた拳がフローレンスの胴体に深々と突き刺さっていた。
鎧がある程度の衝撃を防ぎはしたが、夜ノ森の拳は防ぎきれる物ではなくフローレンスの体内でポキポキと骨が砕ける音が響き臓器があちこちで破裂する。
逆流した血液を吐き出しながらフローレンスは何とか立て直そうとしたが、彼女はもう詰んでいた。
「ま、だ。 負け……て――ゴボッ」
何とか奮い立とうとしていたフローレンスだったが、体内を貫く刃の感触に更に血を吐き出し、傷口からも血液が噴出。 何があったと視線を落とすと夜ノ森の籠手から刃が突き出て彼女の身体を貫いていた。
フローレンスは何とか刃を引き抜こうとして――ある事実に気が付き、目を見開く。
彼女の胴体を貫いている
「せ……い、けん?」
「あなたに恨みはないけど、好きにさせる訳には行かないの。 ごめんなさいね」
それは間違いなく聖剣だった。 つまり目の前の転生者は聖剣使いだったのだ。
青という事は第四の聖剣であるエル・ザドキだろう。 何故聖剣の気配に気が付かなかった?
フローレンスはそう考えたがファティマの撃破ばかり狙っていて他を疎かにしていたからだと思い至る。 冷静に観察すれば夜ノ森から凄まじい魔力が放出されている事が感じ取れたはずだったのだが、視野の狭くなったフローレンスは周囲に満ちている魔力と勘違いしたのだ。
――気が付いた所でもう遅かったが。
地面に叩きつけられる。 血を失いすぎたお陰で体が動かない。
最後の力を振り絞って顔を上げるが、目の前には振り上げられた夜ノ森の腕。
これは死ぬとフローレンスはぼんやりと認識する。 自らの死を目の当たりにした彼女は自分はどうなるんだろうかとぼんやりと考え――ゾクリとした悪寒に襲われた。
今までは信仰に従っていれば問題なかったのだが、死んだ後の事は誰も教えてくれなかったからだ。
霊知を蓄え、新世界に行けば何も心配はないと聞かされてはいたが、よく考えれば具体的な事は一つも分からなかった。 死ねばどうなるんだろうか? 死後はどうなっているのだろうか? 自分はどうすれば良いんだろうか?
分からない事を考えると急に不安と恐怖が湧き上がって来たのだ。
何故なら今までは教団と信仰に従っていればいいだけだった。 それを剥ぎ取られた救世主は無力なだけの人間でしかない。 フローレンスは死の間際に無力さと自らの
「死にたく――」
グシャリ。 振り下ろされた夜ノ森の拳に叩き潰されたフローレンスの頭が弾け飛んだ。
頭部を失ってビクビクと痙攣する胴体がいつの間にか展開されていたファティマの尻尾に薙ぎ払われ、くの字に曲がって吹き飛び、水っぽい音を立てて壁に張り付いた。
「さっさとそのゴミを片付けておきなさい」
ファティマはそう言うとフローレンスへの興味を失ったのか壁の映像に映されている戦況へと意識を向けた。
本来ならここまでの突破を許した事への叱責を行うのだが、今やる事ではないので無視。
追いかけて来たのか警備兵が飛び込んで来たが、ファティマに一瞥され震えながらも壁際に転がっているフローレンスの死体を片付け始めた。
夜ノ森は小さく溜息を吐いて邪魔にならない定位置に移動。 壁に寄りかかって戦況を眺める。
彼女の役割はこの戦闘において非常に大きい。 何をするのかというと立っているだけだ。
それだけで籠手に内蔵されている聖剣エル・ザドキの固有能力によって魔力が大量に放出され、それをこの部屋が吸収し、ディープ・ワンを通じて戦場の友軍へと供給されている。
時は遡ってグリゴリ戦の後の話だ。 手に入れた聖剣エル・ザドキの能力を最大限に活かす為にどうしても正規の担い手が必要だった。 その為、見込みがありそうな者を片端から試す事になったのだ。
結果、夜ノ森が選ばれる事となった。 当人としては非常に不本意だったが、選ばれた以上は諦めるしかなかったのだ。
聖剣の扱い自体はそう難しい物ではなかったので大した問題にはならなかったが、打撃が専門だった夜ノ森としては今更、剣を扱えと言われても困るので戦闘スタイルを崩さないで振り回せる方法を模索した結果が現在身に付けている全身鎧だ。
巨大な籠手に聖剣を内蔵する事で干渉しないようにし、聖剣を有効に使用する戦闘スタイルも何とかではあるが形にはなった。
未完成ではあるが虚を突いたとはいえ、フローレンスを一撃で葬った動きは充分に実戦で通用するレベルだろう。
聖剣、臣装、チャクラの三種類の強化を瞬発力に振っての一撃。
持続力はないが一瞬だけなら反応すら許さない攻撃を叩き込める。
初見の相手なら夜ノ森の鈍重な見た目による先入観もあって、非常に効果が高い。
実際、提案したハリシャですら来るのが分からなければ反応できなかったほどだ。
一瞬しか動けないので殴れる間合いでしか使えないが、大抵の相手なら決まればほぼ一撃で終わる。
ただ、夜ノ森の戦闘能力は向上したが、聖剣エル・ザドキに求められているのは戦闘能力ではなく、その固有能力による魔力供給機能だ。
オラトリアムの燃費の悪い兵器群を維持する為に必要ではあるが、特別な行動を取る必要はないのでエネルギー源として立っているだけで良かった。
その為、傍から見れば何もしていないように見えるが、彼女の存在はこの戦場に不可欠となっている。
もっとも、裏を返せば魔力を供給し続ける為にこの場から動けないとも言えるが。
予想外の侵入者ではあったが、処理が済んだのでこの指揮所は何事もなかったかのように機能し続けるだろう。
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