第1030話 「一刺」
「……っ」
肩に走る鈍い痛みにフローレンスは僅かに顔を顰めた。
サイコウォードを撃退した彼女だったが、そのままディープ・ワンへの侵入を試みようとした所で狙撃を受けて撃墜されたのだ。
咄嗟に回避はしたのだが、肩を大きく抉られてしまい少しの間だが意識を失っていた。
墜落した際に死亡しなかったのは装備のお陰だろう。
時間はそう経っておらず、建物の中に落ちたのは幸運だった。
ラファエルの治療効果もあり、普通なら致命傷になりかねない負傷も治癒。
だが、弘原海の介入によりその効果は大幅に落ち込み、即完治とは行かなかった。
その後、地下の魔法陣が制圧され、治癒効果は消滅。 半端に傷が塞がった状態だったが動かすのに支障はなかったので、自分で戦闘に支障がないように魔法で治療。 表面上は問題ないが、鈍い痛みは残ってしまった。
完治には専門の者に治療を依頼するか時間をかける必要があるが、そんな悠長な事はしていられない。
外では戦闘の音が激しさを増している。 部下に連絡を取ろうとするが誰も応答しない。
殺されたか応答している余裕がないのか、後者であればいいがと思いながらもフローレンスは気配を消して街を移動する。
部下の下へ駆けつけるという選択肢はあったが、そんな事よりも彼女にはやる事があった。
ディープ・ワン。 あの大怪魚を落とす事だ。
敵兵力の出撃に戦場を俯瞰するような動きから指揮の為の情報収集も兼ねているのかもしれない。
それだけ重要な役目を担っている存在である以上、排除に成功すれば戦果としては大きいだろう。
侵入方法には当たりを付けているので後はそれを実行するだけだ。
ディープ・ワンは下手に前に出ず、街の北方を回遊しておりフローレンスの位置からは近い。
動きから何処へ来るのかを読んで進路上へと先回り。
空を見上げると周囲に水を纏ったディープ・ワンが近づいて来る。 動き自体はゆっくりに見えるがその巨体のお陰で見た目以上に動きが速い。
フローレンスは剣を構え「
『
「寛容」を展開。 風を操る事で飛行速度を大幅に向上。 空中戦を行うには必須と言って良い権能だ。
『
「勤勉」の権能により制御力を大幅に引き上げる。 権能は併用すればする程、威力や効果が分散するがこれを用いる事により、その問題をある程度ではあるが解消できる。
『
「正義」の権能による自己強化。 身体能力が大幅に向上。
これで準備は完了となった。 フローレンスの「天国界」展開は最大五。
あと二つまで使用可能ではあるが、今は必要ない。
フローレンス・ジンジャ・ストラウド。
物心が付く前に両親は居なくなっていたので、彼女にとっての家族は教団だけだった。
教団がフローレンスを養い、ここまで育て上げたのだ。
彼女自身、自分は教団に生かされており、命を賭けて奉仕をする義務があると思っているのでその行動に迷いはない。 あるのは自分なりにどうすれば教団の為になるかという事だけだった。
――この命は教団によって与えられたもの。
それこそが彼女の根幹にして絶対の信念。 自らを一振りの剣として教団の敵を屠る。
救世主としてそう在るべきだ。 見方によってはその在り方を尊いと思う者もいれば、浅いと見下す者もいるだろう。 だが、フローレンスにとっては他人の目などどうでもいいので気にもしない。
真っ直ぐに空を睨み、標的であるディープ・ワンを捉えた。
周囲に纏った水を泳ぐ魔物にその下を飛行しているエグリゴリシリーズ。
ミカエルの消滅により高度を取り始めている。 あまり高く上がられると途中で邪魔されかねないので、機会は一度。 外せば後はない。
――行く。
地面を踏み砕く勢いで蹴って跳躍し、権能で更に加速。
その体を矢のように飛翔させる。 周囲の景色が一瞬で流れ、フローレンスは剣を真っ直ぐに突き出す。
彼女の姿を捉えた者達が割って入ろうとするが、既に加速しきっている彼女を止める事は出来なかった。
周囲の護衛を反応させる暇もなく纏った水の壁を突破。 一気にディープ・ワンとの距離をゼロにし、手に持った剣の切っ先を装甲のような外皮に突き立てそのまま突き破る。
狙いは敵の出撃に使用している下部。 そこが薄いとの判断だったが正解だったようだ。
フローレンスはディープ・ワンの体内へと侵入を果たした。
内部は生き物の体内と言うよりは石材で作られたかのような硬質な壁にあちこちに損傷したエグリゴリシリーズが並んでおり、ゴブリンやドワーフが修理に当たっている。
彼等は突然飛び込んで来たフローレンスの姿を見て硬直。
反応できた者――修理待ちの損傷が激しくて自己修復がままならない状態のレギオンが立ち塞がるが、フローレンスは即座に斬り倒す。 障害物として捌くだけで無理に撃破は狙わない。
狙うべきはこの魔物――施設を支配しているであろう指揮官だ。
フローレンスは視線を巡らせ、奥への経路を発見し一気に突破。 敵が集まる前に動く必要があるのでそのまま突き進む。
――指揮所は――
どこだと広い通路らしき場所を真っ直ぐに進み。 多くの気配がする場所を見つける。
扉を破壊して突入。 内部は壁のあちこちに街の様子が映し出されており、一目で用途が分かった。 目的地はここだと確信を深める。 後は標的だが――
「見つけた」
――それらしき女がいた。
女――ファティマは突然入って来たフローレンスを一瞥して不快気に眉を吊り上げる。
仕留めようと斬りかかろうとしたが割って入って来た存在がそれを阻んだ。
人間離れした巨体に熊に似たその姿をした存在。 夜ノ森だった。 同時にファティマの護衛達が守るように彼女の前に立つ。
夜ノ森は特注の全身鎧に打撃に使うのか右手部分だけやたらと大きな籠手を装備している。
フローレンスはもうファティマしか見えていないので邪魔だと剣を振るう。
夜ノ森に関しても異邦人だという事は一目で分かったが、身体能力だけで脅威度は低いと無意識に見積もった。
フローレンスは焦っていたのだ。 完全な敵地に一刻も早く標的を仕留めねばならないといった二つの要因が重なった事で重要な見落としを一つしていた。
――してしまっていたのだ。
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