第1023話 「落山」
時は僅かに遡る。 グノーシスが聖剣の担い手たるハーキュリーズを呼び戻す判断を行う前。
その切っ掛けとなる出来事が起こった。
最初に変化があったのは戦場をその圧倒的な力で制圧していた四大天使の一角――ミカエルに起こった。
その巨体の輪郭が薄れ、空間に溶けるように消滅。
驚愕が戦場に広がる。 天使の消滅は地下の魔法陣の制圧を意味し、通路で繋がっている他の魔法陣に危険が迫っている事の証明でもあった。
同時に最大の障害が消え去った所でディープ・ワン内部で指揮を執っていたファティマが即座に指示を出す。 戦場に致命的とも言える変化が発生する。
ジオセントルザムの中央――やや北よりの場所でそれは起こった。
次の瞬間に現れたのは――
「一体何が……」
そう呟いたのは転移範囲の真下に居た聖殿騎士の一人だった。
彼の見上げた先には巨大な何かが出現しようとしており、その正体は一目見れば誰でも理解できる。
山。 一つの山が丸ごと落ちて来たのだ。 何らかの手段で防御されているのか岩で構成されているように見えるそれは表面や周囲に魔法陣や魔法の輝きを纏っており、明らかに普通ではなかった。
「――おいおい、冗談だろ……」
その言葉が彼の生涯で最後に発したものとなった。
転移が完了した山は重力に引かれてそのまま落下。 真下に存在したものを平等に踏み潰す。
衝撃と同時に地面が縦に揺れる。 ジオセントルザムの者達は、突然見慣れた街に現れた巨大な異物にただただ呆然とするしかなかった。
変化はその場に居た者達を置き去りにし、畳みかけるように進んでいく。
落ちてきた山には明らかに人造物と思われる扉のような物が無数に存在しており、着地と同時に次々と開放。
中から巨大な板が飛び出し、地表へと接触。 そして何かの駆動音。
この世界の住民達には耳慣れない異音だったが、異なる世界を知る異邦人達なら気が付いたかもしれない。 聞こえた者が居たら連想し、こう思うだろう。
――タイヤが地面を擦る音に似ていると。
答え合わせの時間は数秒後だった。 次々と人型の何かが飛び出してくる。
それは地面を滑るように移動し、そのまま戦闘に参加。
改造種やレブナントに比べれば形状はほぼ完全な人型なので、そう言った意味での異形ではなかったがそれ以外は充分な異様であった。
全身を覆う金属の装甲。 明らかにこの世界に存在する全身鎧とはデザインの根幹が異なる姿。
パーツに継ぎ目が殆どなく、ボルトでの接合により形を形成している。
脚部には高速で駆動するローラー。 それにより滑るような高速移動を可能としていた。
人型ではあったがその大きさは人を逸脱している巨体。 それもその筈だった。
この新装備を
魔導外骨格 Type:ローラーボール。
エグリゴリシリーズと並行して開発が進められた武装で、聖堂騎士を相手にするには身体能力はともかく、技量面で力不足となる亜人種の戦闘能力底上げの為に作成された。
元来備わっている亜人種特有の恵まれた体躯を活かし、従来の機体と違ってこちらは着るタイプの本当の意味での外骨格となっている。 エグリゴリ作成の際のノウハウを投入されており、ガドリエルの能力による修復機能と自壊と引き換えに能力を大幅に向上するタミエルの能力を移植。
武装は量産型ザ・コアやクラブ・モンスター、適性のある物はジグソウ等に加え、新型の銃杖を持たされている。
総合力ではエグリゴリシリーズに大きく劣るが、生産性では優れており、大した訓練をせずとも扱えるので比較的ではあるが容易に数を用意できるといった利点があった。
先頭を行く者がジオセントルザムへと降り立ち、そのまま加速。
頭部まですっぽりと覆われているが、頭部部分に仕込まれた魔石のお陰で周囲の様子ははっきりと認識できる為、死角も少ない。 そして移動を補助する為に取り付けられた魔力駆動のローラーは本来鈍重な彼等の欠点を見事に補う。 高速移動に伴う姿勢の不安定化は早期に問題視されていたが、腰に仕込まれた<飛行>の魔法が付与された魔石がそれを補う。
小型なので完全な飛行は不可能だが、大きな跳躍を可能としている。 だが、それは付随した効果に過ぎず、基本的にバランサーとして姿勢の制御に使用されている。
その為、どんな不安定な姿勢になったとしても強引に立て直す事が出来るのだ。
山の落下の衝撃から立ち直った聖殿騎士が何とか立ち上がろうとしたが、不幸な事に落下地点から近すぎた事が彼の命運を分けた。
先頭のローラーボールが手に持った巨大な銃杖を発射。 人間の頭ぐらいはあるであろう巨大な加工された魔石がその胴体にめり込むように命中し、メキメキと嫌な音を立てて食い込む。
悲鳴を上げる前に魔石に亀裂が入り爆発。 魔石自体が巨大だった事もあり、小さな建物なら軽く吹き飛ばせそうな程の爆炎と衝撃が辺りを襲う。
その威力に撃った当人も市街地で使うには過剰威力かと銃杖についているストラップを肩に引っかけて背にマウントしていたザ・コアに切り替える。
「予定より遅れての参戦となったが、やる事に変わりはない。 我々は地上戦力の排除を行う。 総員、我に続け。 オラトリアム万歳!」
『オラトリアム万歳! ロートフェルト様万歳!!』
声を上げたのは先頭の指揮官――アブドーラだ。 普段はシュドラス山で亜人種の統率を行っているが、今回は前線指揮官に志願しての参戦となった。
アブドーラと配下の亜人種達はこの新たな装備を与えられ、彼の唱和に従い声を揃えて『万歳、万歳』と約束されたオラトリアムの勝利と栄光を叫ぶ。
本来なら橋頭保を設置するのはもう少し早い段階で行う予定だったのだが、出現した四大天使――特にミカエルの存在により延期となっていた。 あの炎の剣の前には山であろうと一撃で灰塵と化しただろうからだ。
この山はティアドラス山脈に存在する山の一つで、時間をかけて内部を要塞化した物だった。
食料庫や治療設備、魔導外骨格やエグリゴリシリーズの補修設備も備えているので、損傷した友軍を受け入れる為の補給拠点でもあったのだ。
アブドーラ率いるローラーボール隊と入れ替わりに傷を負った改造種やレブナント、継戦困難となったエグリゴリ達が中へと入って行く。
負傷者や損傷した機体を待っていたのはドワーフの職人や治癒魔法や魔法道具を常備した医療スタッフ達だった。
「動ける機体は修理用のハンガーへ入れ! 動けない機体を回収して来た奴は奥へ、パイロットを引っ張り出す準備をしろ! 負傷者は誘導に従え! 急げ急げ!」
ドワーフの一人が急かすように指示を出し周囲が一気に慌ただしくなる。
こうして戦いは新たな局面を迎える事となった。
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