第1004話 「即断」
表面上、優勢となっているグノーシスではあるが、決して余裕のある状況ではない。
街に常駐している防衛戦力はほぼ全て吐き出し、外からの援軍は塞き止められている。
天使の支援があるので優位は維持できているが、傾き切らない所が問題だった。
戦場を駆けるサンディッチは恐ろしい敵だと考えていた。 戦火は街全体に拡大しており、辛うじてではあるが指揮系統は維持できてはいる。 だが、この乱戦でそれもいつまで維持できるか……。
実際、彼の同僚であるヒュダルネス、フローレンスと連絡が取れなくなった。
死んではいないだろうが応答できない状態にあると見ていい。
残りのフェリシティは応答する――と言うよりはやたらとあそこに敵が出たここに敵がいるから何とかしろと馬鹿な事を言っているので無視していた。
戦火は街中に拡大してはいるが、主な主戦場は空中だ。 敵の地上戦力が集中しているのは北側となっているので、彼の担当区画である東側は比較的ではあるが攻勢が弱い。
この都市の重要施設は中央に集中しており、外縁の家屋や小さな教会や聖堂は襲撃の優先順位が低いのか余り襲われていない。 その為、敵の攻撃は上空を除けば、味方の増援を断つ意味で北側に集中してしまっているのだ。
結果、北側担当のフローレンスに最も負担がかかっている。 知ってから知らずかフェリシティが真っ先に手勢を引き連れて救援に向かったのはある意味では正しかったのかもしれない。
ヒュダルネスは戦況を把握する為に様子を見るつもりだったようだが、王城前で分かれてから連絡が取れなくなった所を見ると強敵と出くわしたか何かしようとしているのだろうと判断。
サンディッチはヒュダルネスの事は心から信用しているので、彼のやる事ならばと特に疑っていなかった。 彼も彼なりに戦況を分析しつつ自分はどう動くべきかを冷静に考えており、行動に移すべきと動こうとしていたのだ。
まず戦場を俯瞰して敵の要所を探す。 今までの戦いで敵の戦力も粗方出尽くしただろう。
それを踏まえて最初に目に付くのは空中を回遊している巨大な魔物だ。
ミカエルの攻撃で高度を落とさざるを得なかったので、今なら取り付く事は容易だろう。
次に重要なのは現在の敵の戦線を維持しているであろう権能使いだ。 これだけの規模の権能を維持している以上、大人数か替えが利かない実力者なのは疑いようがない。
移動しているなら狩りだすのは難しいかもしれないが性質上、必ず護衛が張り付いている筈なので間違いなく目立つ。 大聖堂と王城はそれぞれ教皇と法王を守る近衛が居るのであまり意識する必要がなく、サンディッチの意識は敵の撃破に傾いていた。
――四体目の天使もそろそろ出て来るはずなので尚更だろう。
出現にタイムラグがあるのは触媒に使用する転生者の誘導に手間取っているからだ。
サンディッチもそこまで深くかかわっていないのでどういった気性の者達かは聞き齧った程度ではあるのだが、余り協力的ではないと聞いていた。 遅れているのもその辺が理由だろうと察しているので、そちらも気にしない。 どうせ放っておいても出て来るのなら自分が気を揉む必要はないからだ。
――空の魔物は撃破可能ではありそうだが時間がかかる。
ならば優先するべきは権能使い。 居なくなれば敵の強化と回復を剥がし、その上で味方の権能の妨害も消し去れる。
サンディッチは脳裏で考えを纏めると北へ向かうべく足を向けかけたが――不意に起こった出来事に目を見開く。 大聖堂に向けて闇色の光線が放たれたからだ。
光線は聖堂に備わっていた守りに阻まれたのか軌道を逸らされその一部を消し飛ばすだけに留めていたが、周囲を動揺させるには充分な衝撃だった。 サンディッチも思わず足を止めてしまう。
「な、何だ今のは……」
思わず呟く。 それ程までに禍々しい気配を纏った魔力だった。
一瞬の出来事だったのでしっかりとは目にしていないが、それだけでも分かる異様な気配。
明らかに普通の攻撃ではない。 これは行った方がいいのだろうかと迷いを生む。
だが――
――サンディッチ! お前は北側へ行け! 大聖堂は私が守る!
不意に入ったフェリシティからの通信だった。 同時に彼の視界の片隅に大聖堂を目指すフェリシティの姿が映る。
どうやら闇の光線を見て危機感を覚えたのかその場を放棄して早々に向かったようだ。
あの馬鹿、また勝手な事をと思ったが、フェリシティは部下すら置いて先行しているので追いかける訳には行かなかった。 一部の者がフェリシティの後を追っていたが、他は取り残されているようなので自分が指揮を執る必要がある。
彼は内心で小さく舌打ちしつつ北へ向けて急いだ。
サンディッチの向かうべき場所は幸いにもすぐに見つかった。
権能のように魔力の消耗が大きい能力行使は非常に目立つ。 その為、近寄れば探すまでもないのだ。
大小様々な異形が巨大な魔法陣とその上に陣取っている魔導書を持った者達。 救世主や聖堂騎士、聖殿騎士達が執拗に攻撃を仕掛けているがその全てを完全に遮断していた。
上手い用兵だとサンディッチは素直に敵を称賛する。
異形の巨体を活かし、味方を守る盾としつつ前衛、後衛の役割分担もしっかりと出来ていた。
個々の戦闘能力なら聖堂騎士や救世主が上回っているが、連携という点では向こうの方が上だ。
とにかく攻撃を繋げるのが上手い。
一体が攻撃を仕掛けて回避させて、他がその先を狙う一連の流れには鮮やかさすら覚える。
ここまで質の高い連携は一朝一夕の訓練では成立しないだろう。
魔物という人ならざる身に甘んじずに血の滲むような訓練を重ねた結果が見ているだけで伝わって来る。
素直に感心している場合でもないので、動きがいいのを優先的に狙おうと――
「――っ!?」
不意に背後から斬撃。 咄嗟に屈まなければ首が飛んでいる軌道。
振り返りながら既に展開していた権能を用いた風の刃を振るい、成果を確認せずに後ろへ飛んで大きく距離を取る。
敵の間合いから脱した事でサンディッチはようやくその姿を認識。
歳の頃は三十半ばぐらいの男。 だが、その眼光は鋭く、ヒュダルネスのような長く戦って来た者特有の圧が伝わって来る。 明らかに見た目通りの年齢じゃない。
装備は最低限の防具に腰には変わった形状の刀剣と呼ばれる武器だった。
「――立ち会って頂こう」
男は端的に用件を述べると無言で持っていた刀を一閃した。
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