第1001話 「参戦」

 二体の大型天使の出現により戦況は膠着から一気にグノーシス側へと傾く。

 それによりオラトリアムは対抗する為に新しいカードを切る。

 機動力に優れた改造種――大型の狼に似た姿をしたジェヴォーダンとそれに跨ったライリーはあちこちを走り回りながら受けた指示に従って可能な限り近づき、指示された所まで来た所でオラトリアムに連絡を入れた後、持参した転移魔石を起動して放り投げる。 数は二つ。


 魔石が発光し、入れ替わるように二つの人影が姿を現す。 弘原海とクリステラだ。

 二人の聖剣使いは転移による周囲の変化にも動揺せずに事前に聞いていた目標へと走る。


 「先に仕掛けます。 効果がなければ予定通りに!」


 近くの建物へ飛び乗り、聖剣の力で巨大な鉄の槍を生み出してそのまま殴り飛ばす。

 巨大な鉄の塊は高速で回転しながら射線上にいたガブリエル=エストラジオールを粉砕しながら真っ直ぐに大型天使――ガブリエルへと飛んで行く。

 

 これが通るならとクリステラは思ったが、グリゴリにあっさり防がれた攻撃なので余り効果は期待していない。 ただ、防ぎ方で反応は見られる筈だ。

 鉄塊はガブリエルに命中する前に障壁に阻まれて消滅。 それを見た弘原海が空中を蹴って跳躍。


 クリステラが再度、鉄塊を生み出して殴り飛ばす。 最初の攻撃で脅威に感じたのか大量のエストロンがクリステラへと殺到するが鉄塊を防げずに粉砕される。

 鉄塊は同様にガブリエルへと命中する前に障壁に消滅させられるが、違う点があった。

 

 「これならどうだ!」


 弘原海だ。 彼はクリステラの放った鉄塊に乗ってガブリエルへと接近、展開された障壁に聖剣アドナイ・メレクを叩きつける。

 

 「まだ遠隔では難しいが直接接触なら干渉できる!」


 アドナイ・メレクの能力により魔力に干渉。 障壁を破壊する。

 

 ――行ける。


 「<風蹄ふうてい>!」


 力を込めて空中を踏みしめて一気に距離を潰して肉薄。 そのまま聖剣を一閃。

 ガブリエルの胸部に斜めの傷を刻む。


 「よし、攻撃は通――」

 

 言い切る前に即座に傷が塞がる。 ガブリエルの全身が輝き、弘原海は攻撃の予兆を感じ取って防御。

 不可視の衝撃が襲いかかるが聖剣で防御。 威力自体は完全に殺したが、衝撃はどうにもならなかったのでそのまま吹き飛ばされる。 立て直す事もできたが今の状態で近接は厳しいので、素直に吹き飛ばされた。


 充分に離れた所で<風蹄>で体勢を整えて着地。 近くまで来ていたクリステラが群がって来ていたエストロゲンを片付けながら寄って来る。


 「どうでした?」

 「攻撃自体は通りますけど、撃破は厳しいです。 多分ですけど、あっちにいるもう一体が治しているので仕留めるならあっちが先ですね」


 弘原海はガブリエルの後に出て来た緑の天使を指差す。 どうやら青が兵士の生産で緑が全体回復だろうと当たりを付ける。 緑が回復させるので即死させないと難しい以上、優先順位は上だろう。


 「事前に聞いていた魔法陣の有無はどうでしたか?」

 「一応、吹っ飛ばされる前に確認しましたけど、見当たりませんでした。 ただ、どこかから魔力が流れているって感じはしたので術者を仕留めれば何とか出来そうですね」

 

 弘原海は軽く周囲を見回すが、天使を維持しているような装置の類は見当たらない。

 

 「ぱっと思いつくのはあの城か、ちょっと離れた所にある――聖堂?って所ですが、あのデカい奴等はこっちで抑えた方がいいかもしれませんね」

 「では緑の方を――」

 「いや、悪いんですけどクリステラさんには青――というかその取り巻きを頼みたいんですけど行けますか? 俺が緑を抑えますんで」

 

 弘原海の提案にクリステラが僅かに怪訝な表情を浮かべる。

 彼の役目が自分の監視も含まれている事に気が付いているからだ。 監視役が対象から離れるのは不味いのではないのだろうか? そんな疑問も多分に含まれていた。

 

 弘原海の見立てではガブリエル=エストロゲンは兵士を生み出しはするが、自身の戦闘能力は皆無か低い。 あるとしても精々が防御手段ぐらいだろう。

 なら殲滅力があるクリステラに任せて、自身は緑色の天使を抑える。 仕留めるのは難しいかもしれないがアドナイ・メレクなら能力を阻害する事ぐらいはできる筈だ。 そんな考えもあっての分担だった。


 「あの時にはっきりとした答えは貰ってませんが、あなたにも守りたい人がいるんじゃないですか? 俺はその人の為に迷いを吹っ切ったあなたを信じたい」

 

 信じるではなく信じたい。

 弘原海の言葉をクリステラは噛み締めるように受け止める。

 彼の言葉はモンセラートの治療の際に出会った二人と違ってしっかりとした感情が籠っていたからだ。


 「……分かりました。 敵の兵士を生産している個体は任せてください」

 「頼みます。 俺も頑張って緑を何とかしますよ」

 「ご武運を」 「そっちもどうか無事で」


 二人の聖剣使いは互いに小さく頷くとそれぞれの敵へと向かっていった。 




 ――あれは倒せない。


 弘原海は自らが挑む巨大天使を見て直感的にそう悟っていた。

 単純な戦闘能力の問題じゃない。 確かにサイズと存在感はグリゴリとは格が違うので、そう言った意味でも手強い相手ではあるが、それ以上にアドナイ・メレクを使用している彼にだからこそ分かる事だった。


 アドナイ・メレクは魔力の流れを操る。 それにより彼はそれを肌で感じる事が出来るようになっていた。 感覚的な物なので具体的に尋ねられると言葉では説明し辛く、何となくとしか答えられない頼りない物だったが。


 ともあれ、その感覚が囁くのだ。 恐らくあの天使は元を絶たなければまた出て来る類の脅威だと。

 移動しながら上へ連絡、クリステラと分かれて天使に対処する。 彼女が何かした場合の責任は自分にあると添えて報告した。 返答は「了解」。


 ファティマとしても聖剣使いは固めるより分けての運用が望ましいと思っていたので、合理的な動きだと判断。 許可を出した。 ただ、クリステラの事を信用していなかったので、不安はあったが状況を考えるとそうも言っていられないからだ。


 弘原海が向かう先に立ち塞がる天使――名称はΡαπηαελラファエルというのだが、彼の睨んだ通り強力な広域回復能力を保持している。 その為、ラファエルが健在である限り、即死させない限り敵が減る事はない。 そしてメイヴィス達の権能が通用しないので妨害もできない。

 

 自分の知る限りの情報は上に上げているので、後はファティマ達に任せるべきだと弘原海は割り切って加速。 一気に距離を詰めるが進路を塞ぐように聖殿騎士や救世主が立ち塞がる。

 

 ――先にこいつ等を片付ける必要があるか。


 目の前の障害を排除すべく弘原海は聖剣を握る手に力を込めた。

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