第991話 「直撃」

 オラトリアムのジオセントルザムへの襲撃の第一段階はクロノカイロスの防衛をどうにかする事だったが、いちいち相手にしていたらきりがないので目標への直接侵入を行うという形で落ち着いた。

 クロノカイロスから離れた場所――彼等の索敵圏外からディープ・ワンが身に纏った装甲臣装と聖剣エル・ザドキの魔力にものを言わせて高高度まで真っ直ぐに上昇。 放物線を描いて直上からジオセントルザムを直撃するという手段を選択。


 ディープ・ワンの全身を覆う装甲と額に取り付けられたドリルは聖剣の力でその性能を限界まで引き上げられ、ジオセントルザムを守る障壁を貫く矛と化した。

 装置は一定以上の負荷がかかると使い物にならない事はオフルマズドで証明されている以上、瞬間的にでも限界以上の圧をかけて突破するのは単純ではあるが解としては適切な物だったのだ。

 

 ――ただ、確実に突破できるのかといった疑問があり、仮に突破できなければ正面から行くといった最悪のプランBが用意されていた事もあってディープ・ワンの強化にはかなり力を入れられていた。


 本来なら海水を纏って移動する必要があるといった弱点があったが、それも克服されている。

 その為、勝算は充分に存在する賭けではあり、突破できた事を踏まえれば方法としては正しかったといえるだろう。

 

 こうしてジオセントルザムへの侵入を果たしたディープ・ワンは体内にある転移施設を利用して味方の戦力を呼び出し、その腹から次々と出撃させつつ北へと移動。

 街を囲む壁に近づいた所で投下する機体を変更。 戦車型の魔導外骨格――フューリーが大量に降下。

 

 外付けされた魔法道具により落下速度を殺し、滑空するように狙った位置へと落ちる。

 そこは街を囲む壁の上だ。 着地したフューリー達は訓練通りに着地し、移動しながら人体を模した上半身部分を回転。 手に持っている大型化した銃杖と肩に積載された砲を向ける。


 ――壁の外へと。


 これだけ派手に襲撃をかけたので当然ながら街の外にも異変は伝わっており、戦力が続々と集結しようとしていた。

 街に入られるのはオラトリアム側としては都合が悪いので食い止める為に彼等はこの場所に配置されたのだ。


 真っ先に集まって来た聖騎士達にフューリー達は容赦なく武器を使用。 雨のように砲撃が降り注ぐ。

 無理に全滅は狙わない。 街の制圧が終わるまで食い止められればいいからだ。

 彼等の受けた指示はジオセントルザムへ近づいてくる増援を押しとどめる事。 街の中での戦いは主力に任せているので彼等はただひたすらに下に向かって攻撃を撃ちこみ続けるだけだった。


 

 


 「さて、侵入は上手く行きましたが、本番はこれからです」


 場所は変わってディープ・ワンの体内。 その一角に設けられたオラトリアム本部。

 ファティマは部下から、戦況を聞きながら巨大なテーブルに用意したジオセントルザムとその周辺地図に視線を落とす。


 「……本当に実行するんだからオラトリアムってとんでもない所だよ」


 そう呟いたのはアスピザルだ。 彼は隣でぐったりしている夜ノ森の背中をさすりながらそう呟いた。

 これを考えたのはローだ。 他を無視して真っ直ぐにジオセントルザムへと突っ込む。

 彼らしい非常にシンプルな作戦と言えるだろう。 まるでミサイルのような軌道を描いて都市に突っ込む巨大な魚は絵面としては凄まじくシュールだったであろうが、体内で待機させられた身としては余り笑えない。


 以前にも似たような経験はあったが、今回はそれ以上だったのでアスピザルと夜ノ森は体内で激しくシェイクされる事となったのだった。

 出撃した機体群やファティマは侵入に成功した後に転移して来たので涼しい顔をしている。

 

 少し離れた所では首途や整備班のゴブリンやドワーフ達が機体の最終チェックを行い、次々とゴーサインを出していた。

 エグリゴリシリーズ。 今回の侵攻に当たって首途がグリゴリのリサイクルを兼ねて用意した新たな兵器群だ。

 本人曰く「ロマンが詰まったおもちゃ箱」との事だが、なるほどとアスピザルは思う。


 変形、合体、分離。 巨大ロボットを扱うフィクションでやりそうな事を一通りやっている印象を受けたので確かにロマンだろうと思っていたが、そのロマンを実用の段階まで持っていけている時点で彼の能力の高さが窺える。


 壁を見るとディープ・ワンのあちこちに設置された魔石が映した外の映像が見える。

 そこでは未だに出撃し続けているエグリゴリ達がジオセントルザムの空へと展開し、地上へと容赦なく攻撃を繰り返していた。


 劣化しているとはいえ、シムシエルやバラキエルの光線を連射しているのだ。

 開始数分も経っていないにもかかわらずジオセントルザムへの被害は甚大な物となっていた。

 建物は次々と吹き飛び、悲鳴や怒号がこだまする。


 ――これは酷い。


 オフルマズドの時も大概だったが今回は上から俯瞰できる分、その残虐さが際立つ。

 まぁ、片棒を担いでいる時点で自分も同罪かとアスピザルは内心で肩を竦める。

 侵入という第一段階は終わったので、次は第二段階――戦力の展開だ。


 今でこそ奇襲の利を利用して一方的に攻撃しているように見えるが、立て直されると何かしら出て来るという事は読めていた。

 転移魔石を大量に用意できるとは言え、ディープ・ワンの体内スペースも無限ではないので一度に呼び出せる数には限界がある。

 

 その為、現在はバケツリレーのように呼び出した端から送り出している最中だ。

 今回は総力戦なので人員や資材の出し惜しみはしない。 ファティマが真っ先にこちらに来ている事がその証左だろう。 彼女としても今回の戦いは不確定な部分が多い上、絶対に負けられないので直接指揮を執る事にしたようだ。


 アスピザルはまだ出番ではないので休憩を兼ねて戦況を眺めていたのだが、不意に変化があった。


 「……出て来たみたいだね」


 街のあちこちから歪な形状をした巨大な全身鎧に似た存在が背に羽を背負って空へと上がって来た。

 天使像エンジェルアバターと呼ばれているグノーシスの兵器だ。

 天使の憑依とゴーレム技術の合わせ技だが、エグリゴリに比べると完成度は数段劣る。


 それでも動き自体はかなり良かった。 恐らくだがエグリゴリと同様に臣装の技術を用いて強化されているのだろう。

 空中で両軍が交差。 本格的な戦闘が開始された。

 見える範囲での戦況を見ているが、ある事に気が付いた。 エグリゴリの種類・・だ。

 

 前衛のレギオンと後衛インシディアスしかいない。


 「まだなのかな?」


 思わず首を傾げる。

 何せ一番ヤバそうな・・・・・見た目をしている奴だったので、出すなら最初だと思っていたからだ。

 

 「これは出て来るのは最後かな?」


 アスピザルはそう呟いて戦況を見つめ続けた。

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