第990話 「継接」

 「訓練通りにやれば何も問題はない。 抵抗する者は皆殺しだ」


 そう言ったのは操縦席に納まっているゴブリンの一人だ。

 彼の背にはコードに繋がれたプラグのような物が挿入されており、それにより機体と一体化しているのだ。

 これはオラトリアムで開発されたサイコウォードという機体の操縦システムで、接続先の機体に内蔵されている脳と自らの脳を繋いで機体を自らの手足のように操れるようになる。


 当初は魔導外骨格に搭載する予定だったのだが、首途が開発した対応新兵器に搭載する事でその操縦システムの能力を最大限に引き出せる設計が成されていた。

 『人造堕天使エグリゴリ Type:レギオン』。 魔導外骨格とも天使とも違うオラトリアムの新たな主力兵器だった。


 魔導外骨格で培ったノウハウを活かしつつ剥ぎ取ったグリゴリの一部を最大限に活かせる構造となっている。

 上半身と下半身で搭乗者が各一名必要で、上半身が機体の制御、下半身が武装などの管制を行う。

 その正体は解体したグリゴリの一部を継ぎ接ぎして能力を部分的に移植されたキメラに近い。

 

 基礎部分にはガドリエルを使用し、その生産能力を用いて骨格部分以外の装甲や武装を精製。

 それにより自己修復も可能となっており、加えて二体分の能力を個々に移植されている。

 使い手の問題でそれ以上にすると制御が難しくなるので、ガドリエルを含めて三体のグリゴリの融合体として生産された。


 バラキエルとシムシエルの能力を移植された機体が魔法陣を展開して光線を一斉に発射。

 オリジナルに比べれば大きく威力を落としてはいるが、生物を殺傷するには充分な攻撃がジオセントルザムへと降り注ぐ。


 光に薙ぎ払われてあちこちで次々と爆発。 その際に発生した爆炎と粉塵を突っ切って救世主や聖堂騎士が武器を抜きつつ斬りかかる。 レギオンは空中を浮遊しているので、彼等の足場は自然と建物の上。

 次々と飛び乗り、権能を起動した者達が強化された武器を振るう。


 「寛容」と「勤勉」の権能を複合した斬撃は遥かに広い間合いで敵を斬り裂かんと襲いかかるが、不可視の刃が到達する寸前、唐突に現れた障壁に遮られる。

 救世主達は即座に何が起こったのかと理由を探し――その原因を発見した。


 レギオン達の上空に別の存在が居たからだ。 背の羽やデザインこそ近いが細部が異なっており、別物だと言う事が良く分かる。 最大の違いは手に持っている武器だろう。

 剣や槍ではなく、サイズに合わせてデザインされたであろう大きな本――魔導書だった。

 

 大型化により通常の物より威力と規模が大幅に向上したそれは権能の攻撃を完全に防ぎ切り、味方を守り抜く。

 彼等が使用しているのはレギオンと同様にエグリゴリ――製作者の首途はエグリゴリシリーズと呼称している兵器群の一つで、魔導書を用いた中~遠距離戦と支援に特化した機体で、名称は「Type:インシディアス」基本はレギオンと同様でガドリエルを使用しているが、掛け合わせている物は支援向きのペネムを標準で組み込まれている。 その為、ガドリエル+ペネムに個々に一体分を上乗せして構成されていた。


 「何者かは知らんが、この地に害をなす敵は滅ぼす!」


 救世主の一人が寛容の権能により、足元に風を発生させて踏み台にして大きく跳躍。

 一気にレギオンの一体に肉薄して斬撃。 緩急をつけた動きで虚を衝いて間合いに捉える。

 彼等は最高峰の聖騎士だけあってその動きは鋭い。 風を纏った刃がレギオンの胴体を捉え、その体を両断――できなかった。


 何故なら両断する前にレギオンの上半身と下半身が分離したからだ。

 エグリゴリに対して一点補足するなら一人乗り・・・・と言う事。 つまり、レギオンとインシディアスは二機が合体して構成されているのだ。


 それにより二機分の移植された能力を使用できるので、共通のガドリエルを含めれば五体分の固有能力を使える仕様となっている。

 分離したレギオンは何事もなかったかのように合体し元の姿を取り戻す。 エグリゴリの最大の強みはグリゴリの固有能力を扱える事ではあるが、特筆すべきは設計した首途が最も力を入れた機構にある。


 それは何か? 答えは変形機構・・・・だ。

 ガドリエルの能力はあくまで精製であって再生ではない。 それを利用し、上半身形態と下半身形態の二種類の形態を取れるようになっており、仮に片方がやられても他と合体して即座に戦線に復帰できるのだ。


 ただ、その高い性能には欠点が存在する。 これだけは首途にも解決できなかった問題ではあった。

 燃費の悪さだ。 グリゴリの能力を限定的にでも使用する事はかなりの消耗を強いる。

 搭乗者の魔力だけでは到底賄えず、内部に積んでいる巨大な魔石の内蔵魔力だけでは長時間の稼働は望めなかった。


 ――だが、レギオンは惜しみもなく光線を連射し、インシディアスは湯水のように魔導書で強化した魔法で味方の支援と援護を行っている。


 その理由は空を飛んでいるディープ・ワンにある。 巨大怪魚から凄まじい量の魔力が放出され、味方に魔力を供給し続けていた。

 これはディープ・ワンの能力ではなくその体内に存在するある物の能力だ。


 聖剣エル・ザドキ。 周囲の味方に加護を分け与えるその能力はエグリゴリの悪すぎる燃費問題を容易く解決し、その性能を遺憾なく発揮。 実戦投入の際に発生する問題の全てを解決した。

 フローレンス率いる部隊は突然の事だったので近場に居る者に招集をかける形になり、集まった救世主の数は少ない。 急行した戦力の大半が聖殿騎士で構成されている。


 加えて初撃の光線に対応できなかった者達は全て焼き払われてしまったので、その数を大きく減らされてしまった。

 フローレンスは真っ先に切り込んで撃破を狙うが、レギオン達は救世主相手には接近戦は挑まずに執拗に間合いを取っての遠距離攻撃を繰り返す。


 レギオンの戦い方は非常に堅実だった。 聖殿騎士には接近戦を挑み、聖堂騎士以上は遠距離で削って疲弊した所を仕留めるといった戦術を執っている。

 それを卑怯とは思わないが、やり難いとフローレンスは考えた。 時間が経てば次から次へと増援が駆け付けるので、有利になる筈だが空を見るとあまり楽観もしていられない。


 何故なら今この瞬間もディープ・ワンの腹からはレギオンとインシディアスが次々と出撃しているからだ。

 そのディープ・ワンは空中を泳ぎ、真っ直ぐに北を目指していた。

 意図までは読み切れていないが、あの巨大な魚を真っ先に落とすべきだとフローレンスは狙いを定める。

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