第952話 「動状」
「……少なくとも自分はそうは思いません。 ヒュダルネス殿、先達たる貴方の考えは聖騎士である以前に人として正しいと考えます」
サンディッチの答えにヒュダルネスは困ったように苦笑。
「そう言って貰えるのは嬉しいが、やる事に変わりがないというのは辛い話ではあるな」
「……自分は教団の在り方自体には疑問はありません。 ただ、寛容さには些かの疑念はありますがね」
ヒュダルネスはサンディッチの言葉に思わずこっそり起動していた音を消す魔法道具の作動状態を確認する。
「随分とはっきり言うな。 俺の前ならいいが、間違っても他の前で言うなよ?」
「分かっていますよ。 自分はこの立場に誇りと信念を持っています。 そして己に対して公平であれと課しているので、公平性に欠けている事に対しては疑念を抱かずにはいられません」
「……引っかかっているのはハナっから強奪を視野に入れているって点だろう?」
「はい、別に攻める事が筋違いとは言いません。 実際、彼等は聖剣エロヒム・ギボールを奪っていますからね」
ヒュダルネスもその点は同感だった。 聖剣強奪は教団での聖剣の重要性を考慮すると非常に重い罪だ。 最低限、何らかの形で償わせないと示しがつかない事も理解している。
だが、アイオーン教団の発足経緯を考えると酌量の余地はあるのではと思ってしまうのだ。
そもそもあの教団はグノーシスが失脚しなければ生まれる事すらなかった以上、ヒュダルネスは彼等に対しては聖剣を奪った罪人と言うよりは教団の身から出た錆という意識の方が強い。
肝心の聖剣強奪に至った経緯も簡単に想像できてしまう点も大きかった。
教団、王家の崩壊により、治安は大幅に悪化。 治安を支えていた二つの組織が同時に機能不全に陥った事により、完全に無秩序となったウルスラグナ王国の惨状は簡単に想像できる。
そんな中、生き残った者達は苦肉の策でアイオーン教団を設立。 崩壊した秩序の立て直しを図る。
当然、最初は誰も話を聞いてくれない。 何故ならグノーシス教団の基盤を受け継いでいるので、裏でやっていた不祥事に対する風評もそのままだからだ。
ヒュダルネスは詳細までは知らなかったが、何か良くない事をしていたというのは薄っすらと悟っていた。 大方、崩壊した理由もそれだろうと口には出さないが察している。
徐々に信頼を取り戻し、組織としての基盤を整え、次に求める事は何だ? いや、恐れていると言い替えてもいい。 それはグノーシス教団の者達が戻って来る事だ。
現場に居なかった以上は想像でしかないが、恐らくほとぼりが冷めた頃に戻るつもりだった者は少なからずいただろう。
アイオーン教団の者達からすればグノーシス教団は肝心な時に責任も取らず逃げ出したのだ。
そんな連中の何を信じろというのだ? ヒュダルネスが逆の立場でも不信感を払拭するのは不可能だろうと考える。
つまりアイオーン教団にとってグノーシス教団はもはや母体組織ではなく敵性勢力だ。
自分達を守る為の力として聖剣を欲するのはある意味では自然な流れとも言える。
同時にグノーシス教団を敵視しているというのも理解できてしまう。
「ヒュダルネス殿。 恐らくこの後、ウルスラグナ王国に橋頭保を築くつもりでしょう。 そうなれば転移を用いて我々救世主を主力として聖剣強奪の為の戦いを始める事となる。 だから、自分は何とか先鋒に潜り込んで彼等との交渉の場を持ちたいと考えています」
「……俺も同じ事を考えていた。 猊下の意向に逆らう気はないが、犠牲は出ないに越したことはないだろうからな」
それにとヒュダルネスは続ける。 彼にはある懸念があったからだ。
「例の携挙。 詳細は知らされていないが、戦力が必要になるのは分かり切っているからな。 人間同士でいがみ合っている場合ではない。 何とか協力を得られれば来たる災厄に立ち向かう一助となる筈だ」
携挙の詳細について知らされているのは本当に一部の人間のみだった。
その為、具体的に何が起こるのかは救世主たるヒュダルネスやサンディッチですらも知らない。
知っているのは教団の長である教皇とこのクロノカイロスの王である法王、後は教団との制約を交わした司祭枢機卿や極々一部の人間のみとなる。
彼等が知るのは世界を滅ぼす災厄が訪れるという事のみだ。
近いといいながらも詳細が明かされない事にかなりの不安を抱いていたが、聖剣を集めている事実を踏まえると聖剣の力が重要な意味を持つ事は察しが付く。
恐らく奪った後、聖騎士の中から新たな担い手を選定するつもりなのだろうが、協力関係を築く事が出来ればそんな余計な真似をせずに済み、アイオーンの聖女に至っては聖剣二本に選ばれているという稀有な存在だ。 間違いなく滅びに対抗する為の大きな力となるだろう。
「えぇ、自分もそう思います。 フェリシティ殿を筆頭にやる気になっている者達よりも先んじる必要があるので、根回しをするなら早い方がいいでしょう」
「そうだな。 どうにかして俺かお前が責任者に納まる事ができれば後はどうとでもなる」
彼等は自分達四人の中の誰かが指揮官に任命される事は半ば以上に確信していた。
それもその筈で、つい最近にこのジオセントルザムを守る為の防衛機構が完成したからだ。
どう言った物かを知らされている二人からすれば、防備に戦力を割く必要が薄くなったので躊躇なく自分達救世主を投入する事は想像に難くない。
――だが、大きな懸念もあった。
「ハーキュリーズ達、聖剣使いを出すとなると面倒な事になるな……」
「彼等の権限は自分達よりも上です。 どちらか片方に指揮権を取られると逆らえなくなりますね」
それはこの国に存在する二人の聖剣使いだ。 片方は教皇の、もう片方は法王の直衛の聖騎士として常に傍に侍っているが、防備の整った今なら外に出す可能性は充分に考えられるからだ。
ヘイスティングス・リーランド・ハーキュリーズ。
救世主の筆頭にして聖剣ガリズ・ヨッドの担い手。
寡黙な男で滅多に兜を脱がず、素顔を晒さないので同僚である彼等にも今一つどう言った人物か分かっていないのだ。
その為、事情を話して協力を頼む事にかなりの抵抗がある人物だった。
教皇の護衛として選ばれる前は聖堂騎士として所属していたが、聖剣の担い手となった所で彼等を飛び越えての出世を果たした事もあり、接点がなかった事も声をかけ辛い理由の一つだ。 もう一人の聖剣使いに関しても付き合いはあるが、素直に頷いてくれるかが怪しいのでそう言った意味では信用が置けない。
グノーシス教団は基本的にこのクロノカイロスの中枢であるジオセントルザムの戦力を動かしたがらない。 常に一定の戦力を配置する事にこだわっており、戦力が離れる事を極端に嫌がる傾向にあった。
その為、辺獄の攻略にも参加できずにいた事もあり、最大戦力である聖剣使いを外に出すのかはやや疑問符が付く。
「……本当に出すのかは知らんが、相手も聖剣使いである以上、出さないとも言い切れない」
「そればかりは猊下の采配次第と言った所でしょうね」
「あぁ、なるようにしかならんかと楽観できない所が中々に辛いな」
「そうですね」
二人は小さく溜息を吐いて無言。 しばらくすると聖堂の出口に到着したので、互いに別れの挨拶をしてそれぞれ帰路についた。
状況が動き出した以上、責任のある立場として二人は今後の事を意識しつつそれぞれ動き始める。
――この先どうなるのか?
それは今の段階では誰にもわからなかった。
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