二十六章
第941話 「集者」
そこは広大なホールだった。 壁や床に使用されている石材らしきものはどこまでも白く、清潔を通り越して潔癖といった単語すら連想させる程だ。
硬質な床は歩くだけで硬く大きな足音を響かせるだろう。 中でもひときわ目立つ物が二つ。
一つはホールの床――その中央に大きく描かれた巨大な柱と羽を象ったグノーシス教団を象徴するエンブレム。
もう一つはホール最奥に存在している階段。 この建物の奥へと繋がっている物で、先へはこの階段を登らねば進めない。
だが、奇妙な点が一点。 その階段は半ばで途切れているのだ。
まるで誰もこの先へ立ち入る事を許さないとばかりに綺麗に下半分が存在しない。
そんな場所に集まった者達がいた。
「本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
揃うべき顔ぶれが揃った所で途切れた階段の真下に立っていた初老の男が口を開く。
グノーシス教団第一司祭枢機卿――アレクサンドル・イエルド・イエオリ・ヴァルデマルだ。
枢機卿にのみ身に付ける事を許された立派な法衣を身に纏い。 左右にはそれぞれ同じ法衣を身に付けた少女と青年。 ヴァルデマルと同じ第一の枢機卿達がそれぞれ控えていた。
少女と青年は無言。 ヴァルデマルの言葉に小さく頷くのみだった。
彼らの眼前には無数の全身鎧に身を包んだ聖騎士達。 百数十名はいるであろう彼等はその全てが聖堂騎士。 グノーシス教団では最高峰の力を持つ実力者達であり、権能という限られた者にのみ操る事が可能な能力を扱う「
救世主達は四つのグループに分かれ、それぞれの代表を先頭にヴァルデマルの正面に並んでいる。
「それで? ヴァルデマル殿。 我等を全員呼び出すとはどういった事なのだ?」
最初に口を開いたのはグループの先頭に居る人物の一人。
年齢はヴァルデマルよりやや下だが、鍛え抜かれた体躯は長年の鍛錬と表情と視線の鋭さには潜り抜けて来た年月の深さを感じられる。
聖堂騎士「救世主」オーガスタス・ケニ・ヒュダルネス。
神国クロノカイロスの首都――ジオセントルザムの南方守護の責任者だ。 現場からの叩き上げで今の地位まで上り詰めた事もあり、聖騎士としての経験も豊富でヴァルデマルとの付き合いも長い。
その為、その口調にはある程度の気安さが込められていた。
ヴァルデマルは苦笑して頷く。
「多忙な事は重々承知しておりますので、早速ですが本題に入りましょうか。 では、いくつかありますが、一つ目の話をするとしましょう。 慈悲の柱――ポジドミット大陸に存在する全ての辺獄の領域が消滅した事はご存知ですね?」
「あぁ、例のグリゴリが辺獄種共を滅ぼし、魔剣を得たと言うのは以前の集会で聞いた話だったな。 確か同様に確保している聖剣の引き渡しを約束しているという話も出ていたと記憶しているが?」
グリゴリの存在はグノーシス教団でも限られた者にしか知らされてはいないが、それなりの人数には伝わっている。
曰く、グノーシス教団が信仰する天使達とは異なり主の完全なしもべではないが源を同じくする同胞であり、敬うべき存在といった事らしいがヒュダルネスからすれば馴染みのない相手なので口調には余り敬意が籠っていなかった。
グノーシス教団は彼等とある約定を結んでおり、将来的には彼等が保有する二本の聖剣――聖剣エル・ザドキと聖剣アドナイ・ツァバオトをこのジオセントルザムで保管している魔剣と交換する事となっていたのだ。
当然ながら担い手も再選定する必要があるので、用済みとなった元の持ち主――ブロスダンとアリョーナは処分する事となるが、彼等からすれば人間でもない亜人種のエルフが死んだ所で知った事ではない。
そして聖剣使いはこのクロノカイロスでは選ばれし英雄と行った位置付けなので、聖剣を得て我こそは新たな英雄とならんと期待に胸を膨らませていた者も多かった。
――つまり聖剣を得る事はクロノカイロス全体としても切望していた事柄といえる。
「それに関してですが問題が発生しました」
「問題?」
ヒュダルネスの返しにヴァルデマルは頷く。
「グリゴリの方々との連絡が取れなくなりました。 同時に中継ぎを行っていた第四司祭枢機卿であるレボルシン殿との連絡も不通となり、調査を行った結果、ある日を境に忽然と姿を消されてしまったそうです」
「……どういう事だ? フリストフォルがグリゴリの不興を買って消されたとでもいうのか?」
フリストフォルというのは今、挙げられたレボルシン枢機卿の名前だ。
彼は聖堂騎士から枢機卿へ昇進した経緯があったので、ヒュダルネスとの付き合いもあり、実質彼の後輩といった立場だった事もあって名前で呼ばれている。
「はい、同様に彼と同じ第四の枢機卿である、ボヴネス枢機卿、コルバル枢機卿の両名も姿を消しております。 ――そして事はそれだけではありません。 どうもグリゴリの方々が拠点として利用していたエルフの都市――ユトナナリボへ調査の為に人を遣りましたが、完全に廃墟と化しており誰も残っておりませんでした」
「……大規模な夜逃げではあるまいな」
ヒュダルネスが冗談めかしてそう言うが、ヴァルデマルは力なく首を振る。
「報告によれば戦闘の痕跡があり、周囲の森に関してはほぼ更地と化していたそうです」
「つまり全滅したと言う事か」
状況だけで見るならグリゴリが何者かに襲撃を受けて壊滅したと考えるのが自然だろう。
そしてフリストフォル達はそれに巻き込まれたと。
ヴァルデマルがこんな場で嘘を言うとは思えなかったが、ヒュダルネスには俄かに信じられなかった。
グリゴリの天使は最上位のΣεραπηιμ級には届かないが、肉薄する程の力を持っている筈なのだ。 それを多数擁しておきながら敗北するという状況を上手く想像できなかったともいえる。
単独であるならば撃破も可能ではあるが、かなりの数がいたと聞いていたので尚更だろう。
――そしてグリゴリが全滅したと言う事は――
「聖剣と魔剣がかの地を襲った何者かに奪われたと言う事か」
――聖剣と魔剣の喪失を意味する。
「馬鹿な!」
不意に声を上げる者がいた。 ヒュダルネスの隣にいる年若い女性だ。
肩口で綺麗に切り揃えられた髪を揺らし、その美貌を怒りに歪ませる。
聖堂騎士「救世主」ロザリンド・レイ・フェリシティ。
ジオセントルザムの西方守護の責任者で、最近になって代替わりした事もあり四人の中で一番の若輩だった。 聖堂騎士、救世主としての技能は高い水準で修めてはいるが、やや感情的になり易い面があった。
彼女は聖剣の選定が始まれば真っ先に志願するつもりであった為、その機会が失われたと言う事に強い憤りを感じていたのだ。
聖剣の担い手。 それは聖騎士の中でも伝説として語り継がれるであろう偉大な存在。
救世主という聖騎士の到達点の更なる高み。 彼女は向上心が非常に強かったので、聖剣を喉から手が出る程に欲していた。
その為、聖剣が消えたと言う事に思わず声を漏らしてしまったのだ。
ヒュダルネスは小さくフェリシティを睨むと彼女は直ぐに我に返り、恥じ入るように静かになった。
そのタイミングでもう一人の救世主が小さく挙手し――
「あの……発言をしても?」
――そう口にした。
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