第927話 「連男」
最後に見た時と一切変わらない美貌に薄い笑み。 顔を見た瞬間に胃がキリキリと痛む。
ファティマは店内に入ったと同時に小さく振り返るともう一人、誰かが入って来る。
どうせ護衛か何かだろうと軽く考えていたが、そいつの姿を見た瞬間に思考が真っ白になった。
思わず立ち上がって逃げ出しかけたぐらいだ。 クリステラも反射的に聖剣に手をかけており、表情には凄まじい緊張が張り付いている。
ファティマと一緒に店に入って来た奴はそれほどまでに異様な存在だった。
姿は影のような物が塊を成しているように見えるが、恐らく認識を阻害する類の魔法道具だろうという事は想像が付く。 あまり出回らない代物なのでそこまで詳しくはないが、金さえあれば手に入る代物だ。
体格で恐らく男だと言う事は分かるが、そんな事は問題じゃない。
魔法道具で姿形は誤魔化せても隠し切れない物がそいつの腰にぶら下がっていた。
禍々しい魔力を放つそれは認識阻害の効果を受けて尚、圧倒的な存在感を放つ。
そして俺はそれと似たような物を見た事がある。 何せクリステラの腰にも同じ物があるからな。
魔剣だ。 しかも魔力が漏れていると言う事は封印されていない。
有り得ないだろ。 どうやってあの悍ましい剣を腰にぶら下げて平気でいられるんだ? 聖剣と同様に選定された使い手なのか? いや、選定されたからと言って持っていて平気な代物なのか? 疑問が一気に噴出する。
「……一本じゃない。 二、三? いや、それ以上?」
クリステラが思わず呟く。 聞き取れない程の小声だったが、隣にいた俺には辛うじて聞き取れた。
……冗談だろ?
アレを何本も持ってるってのか? それを証明するかのようにそいつの姿を見た瞬間、クリステラが慌てて聖剣に魔力を流す。 理由はクリステラの魔剣が反応して抜け出そうと暴れ出したからだ。
明らかに目の前の存在に反応している。 男が腰の魔剣に手を触れると魔力の漏出が抑えられ、クリステラの持っている魔剣も同時に大人しくなった。
ファティマの連れが何者かは知らんが、少なくともオラトリアムの関係者であることは間違いない。
もしかすると切り札となる最強戦力か? クリステラと会うと言う事で引っ張り出した?
だが、それだけに解せない。 ここまで手札を晒す危険を冒してまで俺達と会う事にどんなメリットがあるというんだ?
「お待たせして申し訳ありません」
ファティマはそう言って座ろうとして一瞬だけ、不審な行動を取った。
本当に僅かな挙動だったので勘違いかもしれないが、隣の椅子を引こうとしたのだ。
俺は内心で訝しむ。 見間違いかもしれなかったので、特に気にせず二人が着席するのを待つ。
――と言うかそっちも座るんだな。 もしかして護衛じゃないのか?
「本日はわざわざお越しいただいた事に感謝します」
「前置きは結構です。 私に何か用事があると聞きました。 その者が持っている魔剣――いえ、先に用件を伺いましょう」
ファティマの前口上をクリステラはざっくりと切り落とす。 俺としても早い所、終わらせて帰りたいので話を進めてくれ。 ファティマは無言で目を細める。
あ、これ不機嫌になっているな。 何度も話しているので何となくだが機微が分かる。
上手く隠しているが、一気に機嫌が急落した。 何でだとクリステラの発言を思い返すが、ファティマの隣にいる男をその者呼ばわりした事に怒ったのか?
いや、決めつけるのは良くないか。 ただ、扱いに気を付けた方がいい相手なのかもしれない。
「と、ところでそっちのお連れさんはどちらさんですかね?」
ファティマの視線がこちらに向く。 視線に晒されただけで精神的な苦痛が発生し、吐き気が込み上げる。 もう辛くて仕方がない。
「…………私の護衛です」
何故か絞り出すようにそんな返答が返って来るが、凄まじく抵抗があると言った口調だった。
「いや、でも――」
「護衛です」
「あ、はい。 分かりました」
有無を言わせない口調の前に俺はそう答えるしかなかった。
ややあってファティマは小さく咳払いし、話を切り出す。
「本日、この場を設けたのは――」
『お前と取引がしたい』
ファティマの口調を遮るように男がクリステラの方に視線を向けてそう言った。
認識を阻害する魔法道具の効果だろうが、声が歪んで聞こえる。
クリステラは男に対して警戒しつつ、睨むように見つめ返す。
「取引というのは?」
『――今後、俺達は大きな戦いを始める事となる。 その際に戦力としてお前の力を借りたい』
……は?
余りにもざっくりとした切り口に思わず内心で目を見開く。
もう少し迂遠な話になるかもと思ったが、腹芸は嫌いなのか直接来たな。
ファティマとは真逆の気性と言った所か。 俺としては話が早くて助かる。 内容に関しては想像の範囲内だが一切取り繕わなかったのは意外だった。
……というか話を遮られたらまたファティマの機嫌が悪く――なってないな。
男が話し始めると同時に大人しくなった所を見ると、こいつはまさかファティマよりも格が上なのか?
以前にも薄ぼんやりとだが予想したオラトリアムを影で操っている支配者的な存在?
いや、決めつけは危険だ。 とにかく話をもう少し聞こう。 今は情報が欲しい。
何故か落ち着かずに焦るように思考が空回るが、冷静になれと言い聞かせて意識して落ち着く。
クリステラも余りにも飾らない言葉に小さく目を丸くしたが、徐々に視線に険が混ざる。
「つまり私を傭兵として雇いたいと?」
『そんな所だ』
「相手はグノーシスですか?」
『当面はその予定だが、どちらかといえばその後に控えている連中との戦いに参加して欲しい』
……グノーシスの後?
連中が何を掴んでいるのかは知らんが、知っておかないと後々不味い事になりそうな話の臭いがプンプンしやがるな。
「それは今後、聖剣や魔剣を狙って来るであろうグノーシスの迎撃といった所でしょうか?」
魔剣を保有している事ははっきりしている以上、自分達を優先して守れと言った要求か。
恐らく聖剣の所在がはっきりしているので、グノーシスも本腰を入れて来るはずだ。
それに備えてクリステラという強大な戦力を確保しておこうと言った腹積もりなのは分かるが、解せないな。 わざわざこんな場を設けなくてもオラトリアムはアイオーン教団最大の出資者だ。
その安全が脅かされれば教団の運営に致命的な破綻が生まれる。
つまりはわざわざ口に出さなくても俺達は連中を体を張って守らなければならないからだ。
要はそれだけなら呼び出す必要はないにもかかわらずこの場を設けたのは相応の理由が――
『……違う。 連中の巣窟であるクロノカイロスを落とす』
――ある筈……筈? おい、こいつは今、何て言ったんだ?
おかしいな。 ついに胃だけじゃなく耳までイカれたのか?
何かとんでもない事を口走ったような気がするんだが……。
……頼むから聞き間違いであってくれ。
祈ってはみた物のそれは通じそうになかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます