第890話 「宴会」

 「はい! では、グリゴリ殲滅お疲れ様! 乾杯!」


 アスピザルの音頭と同時に一斉に巨大なジョッキが打ち付けられる。 乾杯だ。

 場所は首途研究所にある首途の個人スペース。 主に宴会などに使われている場所だ。

 今回はそこでグリゴリとの決着が付いた事によるささやかな祝勝会が開かれていた。

 

 集まっているのはアスピザル、夜ノ森、石切に場所を提供した首途とヴェルテクス。

 ローとグアダルーペに土下座して頼み込んだ瓢箪山。 最後に偶々、近くに居た弘原海とエンティカだ。

 

 「場所を借りてばかりで悪いから今回の食事は僕達ダーザインが用意したよ! 転生者の皆には是非とも刮目して貰いたいね! おーい! 持ってきちゃってー!」


 アスピザルが声をかけると彼の部下の黒ローブ達が巨大なカートを押して現れた。

 乗っているのは業務に使うサイズの寸胴鍋と魔石で動く炊飯器だ。

 鍋を開けると――


 「おぉぉぉぉ! か、カレー、カレーだ!」


 歓声を上げたのは瓢箪山だ。 黒ローブ達により転生者用の巨大な器に山のようにご飯が盛られる。

 カレー特有のスパイスの匂いが瓢箪山の食欲を刺激しているようで、大喜びだ。


 「辛口、中辛、甘口あるので好きなの言ってね」

 「辛口! 辛口でお願いします!」

 「はは、オッケー。 彼には辛口を!」


 アスピザルが指示を出して瓢箪山へは辛口カレーがこれでもかと盛られる。

 皿を渡された瓢箪山は「食べていい?」とキラキラした目でアスピザルを見つめていたので、苦笑して頷くと付属している巨大なスプーンでかき込む。


 順番に注文を聞いて各々、カレーを口に運んでそれぞれの反応を見せる。

 

 「やるやんけ。 よう再現できたな?」

 「でしょ? 日枝さんの所でスパイス扱ってるって聞いたからさ。 いけるかなって思って色々ガーディオに試させたんだけど、つい最近になってようやく人に出せるレベルになってね。 お披露目も兼ねて出させて貰ったんだ」

 

 首途も口に運び、懐かしい味を何度も頷いて味わう。

 

 「気に入って貰えてよかったよ。 他は――聞くまでもないかな?」


 瓢箪山はひたすらに美味い美味いと泣きながら連呼してバクバク食べており、ローとヴェルテクスも無言で口に運んでいるがペースが早い所を見ると気に入ったようだ。

 石切、夜ノ森の二人は既に試食を済ませているので、驚いてはいないが美味しそうに食べていた。


 最後の弘原海だが――


 「あの……エンティカ? 俺は自分で――」

 「顯壽さま、あーん」 「あ、あーん」


 何故かスプーンを取り上げられた弘原海はエンティカが掬ったカレーを食べさせられていた。

 ちなみにそのエンティカは弘原海にぴったりとくっ付いており、空いた手で何故か彼の膝を撫でまわしている。 弘原海はゾクゾクと身体を震わせながらカレーを口にしていた。


 それを見てアスピザルは絶句し、首途ですら若干引いている。

 

 「……なんやあの娘、アレなサービスやっとる店の嬢みたいな事やっとんな」

 「あそこだけ、いかがわしさが半端ないね」

 「あれは兄ちゃんの仕込みか?」


 首途が声をかけるとローは食事の手を止めて首を傾げる。


 「知らんな。 俺は奴をその気にさせる事と行動の監視しか指示していない」

 「……ちゅう事はあの嬢ちゃんが自分の判断でやっとるんか?」

 「そうなるな。 一応、何かしら求められたら応じるようにはなっているから、弘原海にねだられた可能性は――なさそうだな」

 「う、うん。 あれが色々と求めた結果だとしたら業が深すぎるね……」


 ローはどうでもいいと言った様子で食事を再開、首途はそっと視線を逸らし、アスピザルはやや引いた表情で同様に視線を逸らす。

 

 「そう言えばローの魔剣なんだけどさ。 また増えたって本当?」

 

 アスピザルは話題を変える為なのか唐突にそんな事を言い出した。

 

 「あぁ、オラトリアムに戻って飯でも食おうとしたらいきなり飛んで来たな。 魔剣ザラク・バアルというらしいが、手持ちの魔剣と同化した後、力尽きたのか静かになった」

 「……と言う事はもう五本目? 凄い事になってるね」

 「うるさくないから扱い易くていいな。 魔力の放出量と供給量が上がったので、底上げにはなったようだ」


 実際、固有能力こそ失われているが、魔剣である以上は同化すれば使い手にかなりの恩恵を齎す。

 アスピザルはローの魔剣に視線を落とした後「とてもじゃないけど真似できないな」と呟いて話題を変える。


 「グリゴリは片付いた――というか下で解体中だけど、この後はどうするの? またどこかを旅する感じ?」

 「……ポジドミット大陸の奥地を見るつもりだったが、グリゴリの手が入った所為で碌な物が残っていないそうだ。 魔物類も軒並み殺されたとかで得る物もなさそうだしな」


 グリゴリによる掃討戦のお陰であの土地の生態系は完全に破壊されており、あまり見る物が残っていないのはあの地域に住んでいた弘原海の証言からも明らかだった。

 その為、積極的に見たいと思える物がなくなってしまったのだ。


 「じゃあどうするの? まさかとは思うけど、クロノカイロスに観光しに行くとか言わないでね?」


 クロノカイロスはグノーシスの本国だ。 行くとか言い出したなら流石に止めるつもりだったが、返答は少し意外な物だった。


 「あそこへ行くにはまだ早いな。 当面はエゼルベルトから色々と聞き出して方針を練る形になるか」

 

 アスピザルは最終的には行くんだと思いつつも、言い回しが引っかかったので質問を重ねる。


 「何か気になる事でもあるの?」

 「元々、奴は転生者関係の研究をしていると聞いていたからな。 その辺の話を腰を据えて聞いてみたい。 それと奴は例の終末――携挙に関しても仮説を立てているようなのでな。 対策が必要ならそれも込みで動く必要がある」


 エゼルベルトは世界の滅びをどうにかしたいとも言っていた事もあって、話を聞いてみたいと思っていたのだ。 ローは別に世界を救いたいとは思っていないが、世界が滅んでしまったら自分が死んでしまう事と世界を滅ぼす存在に用事があったので、この手の事に関しては珍しく積極的だった。


 「ふーん? まぁ、流石に世界が滅ぶって話が本当で、それが何とかできるような事だったらちょっと対策は練った方がいいかもしれないね」


 アスピザルは素直に同意する。

 誰かが何とかしてくれるかもしれないと言った根拠のない期待は抱かない。

 一番、その手の事柄に関しての知識を持っているであろうグノーシスが明らかに情報を秘匿しているからだ。 仮にその滅びに対して何とかしたいと思っているのなら、情報を公開して備えるような動きをしていないのはおかしい。


 そうなると考えられるのは、どうにもならないと諦めているからか、自分達だけ・・・・・助かる腹積もりなのかのどちらかだ。

 組織としてのグノーシスの動きを考えるのなら後者である可能性が非常に高い。

 オフルマズド等、事情をある程度知っていた国や組織が独自に対策を練ってた事を考えると、自衛の為にも情報は集めておくに越した事はない。


 「……方針自体には賛成だけど、次の相手はグノーシスかぁ……。 こうなるような気はしていたけど気が重いよ。 どうせクロノカイロスに殴り込むんでしょ?」

 「そのつもりだが、どちらにしても調べ物を済ませてからだ」

 「あの胡散臭い連中が何か隠しとるのは間違いないんや。 情報だけならそれでもいいねんけど、何かしらの手段やったらぶん捕る必要はあるわな。 ま、こっちも戦力も充実しとるし、何より兄ちゃんが居たら何とかなるやろ!」


 首途はローの肩に腕を回してガハハと笑う。

 

 「はは、その辺は僕も見習わないとね」


 アスピザルは苦笑して周囲に視線を向ける。

 夜ノ森は石切に近づかれて嫌そうな顔をしており、瓢箪山は美味い美味いとひたすらにカレーを食べている。 弘原海はエンティカにカレーを食べさせられつつ、引き続き膝を撫でられて様々な意味で恍惚としていた。 ヴェルテクスは黙々と食事。


 ――こんな毎日がずっと続けばいいのに……。


 アスピザルは同郷の仲間に囲まれながら心底からそう思った。

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