第886話 「剥取」

 この世界に現れたグリゴリの天使は出現と同時に頭上から落下した無数の杭に体を貫かれて地面に縫い留められる。

 それを見て俺はふむと小さく頷く。 問題なさそうだな。

 サイズの所為か若干デザインが異なるが、朱色のボディに両肩に光輪。 間違いなくシムシエルだ。

 

 『――!?』


 シムシエルは随分と驚いているが、この状況で察せられる物かとも思うがそうでもないのだろうか?

 ここは首途研究所地下の一角で、特別に用意した召喚設備だ。

 巨大な魔法陣に聖剣エル・ザドキからの魔力供給と触媒に使う適量の肉、呼び出す為のエルフとハイ・エルフ。

 

 これだけ揃っていればグリゴリを狙って呼び出すのは訳ない。

 さて、何でわざわざこんな真似をするかと言うと――


 「よっしゃ、やれ!」


 首途の指示でレブナント達が拘束されたシムシエルに工具のような物を突き立てて解体・・し始めた。


 『貴様等! 何を――』


 シムシエルは拘束から逃れようと暴れるが、まぁ無駄だろうな。

 召喚規模を制限した上で、魔法陣の周囲に設置した拘束用の設備を用意して逃げられないようにした。

 要はどう頑張っても抜けられないサイズで召喚してるので、どうにもならんと言う訳だ。


 「お前の解体だが?」


 俺は基本的に立会だけでやる事がなかった為、困惑しているシムシエルの質問に答える。

 俺達はグリゴリの連中を完全に消し去る方法について考えていた。 また来られても迷惑だしな。

 珍獣やエゼルベルトの話ではこいつ等は他所に本体が存在し、仕留めてもまた復活するという話だったので仕留めるのは無理かなとも思ったが、そうでもなさそうだと口にしたのは首途だ。


 本体が別にあるというだけで使っている体は本体の一部ではあるらしい。

 

 ――なら、なくなるまで殺せばいいだけの話じゃないかといった結論は割と早い段階で出た。

 

 問題はその手段だったが、それもヴェルテクスのこちらで呼び出せばいいといった案で解決。

 そもそも天使や悪魔を限定的に呼び出す手段は確立している以上、それを応用して雑魚の状態にして呼び出せばいいだけだった。


 呼び出す為の触媒は信仰しているらしいエルフ共にやらせればいい。

 召喚の際に負荷がかかって死ぬ為、簡単に死なないように改造してあるのでリサイクルが可能だ。

 魔法陣の一角には巨大な肉塊が存在する。 傍から見れば脈打つだけの肉塊だが、よく見ればあちこちにエルフの頭が埋め込まれていた。


 正確には首を刎ねて肉塊に埋め込んで生命維持をしているだけだがな。

 当然ながら捕らえたエルフ、ハイ・エルフは老若男女問わずに肉塊になって貰った。

 脳や魂を下手に弄ると死にかねないので少々面倒だったが、こうすれば何の問題もないな。


 ……まぁ、お替りもあるので潰れた所で新しいのを置いておけばいいが。


 取りあえずグリゴリ様お越しくださいと祈ってろとだけ言っておいたので、エルフの連中は涙を流しながら助けて助けてと叫び散らす。 正直、かなりうるさいが連中を呼び出すのに明確なイメージ――祈りのような物が必要らしいのでこの調子で元気よく泣き叫んで貰おう。


 その結果、見事にグリゴリが釣れたのでやり方としては間違っていないようだな。

 さて、次に何故解体しているのかと言うと、連中の消滅の際に面白い事が分かったからだ。

 仕留めれば消えるのは間違いないが、若干のタイムラグがある。


 何故かと言うと、連中が消滅するまでに魔力の供給が途切れて形を維持できなくなると言った過程が存在するので、分解してパーツに魔力を流し込めばサンプルを採取できるのだ。

 上手く行けば他に移植して連中の固有能力を使用できるのでは?と首途が言い出した事が発端だった。


 ……まぁ、いいんじゃないか?


 前回の襲撃で少なくない被害を被ったのは事実だし、一番割を食ったのは首途だ。

 ならグリゴリの連中には処分のついでに身を以って損害を補填して貰おうじゃないか。

 そんな話を解体されているシムシエルに説明してやると、奴は絶句。


 何か言いかけてたが、剥ぎ取る部分がなくなったのでレブナントがハンマーで頭を叩き潰してそれは言葉にならなかった。

 完全にくたばった事を確認した後、拘束していた杭が吊り上げられる。


 「よっしゃ、次呼ぶぞ! 準備せぇ!」


 首途の指示で再度召喚。 次に来たのはシャリエルだ。

 現れたと同時に拘束。 動けなくしてから解体に入る。

 ちなみに解体されたシムシエルはさっさと運び出されて検証の為にラボに放り込まれるようだ。


 万が一の為とヴェルテクスやアスピザル、サブリナ等、戦闘能力の高い連中を揃えはしたがこの様子だと要らない用心だったか。

 最初はそれなりに時間がかかったが、段々と手際が良くなってきたので回転が良くなってきたな。


 どうも呼び出される奴はランダムらしく、狙った奴は呼び出せないようだ。

 個人的にはアザゼルとシェムハザが強いらしいので、アイツらを分解したら何に使えるのかが気になった。


 連中は分解されながら「止めろ」だの「こんな事をして許されると思っているのか?」だの小物臭い事ばかり並べていたがもうちょっと気の利いた事は言えないのだろうか?

 

 「あぁ、あいつら語彙力ないから、ローが満足するような芸はできないんじゃない?」

 

 アスピザルのやや呆れの混ざった言葉に俺は頷く。

 そうか、なら無理して会話しなくてもいいな。 後は剥ぎ取るだけなので、もうグリゴリに対する興味は失せつつあった。


 「どうでもいいが後何回ぐらい剥ぎ取れば二度と出て来なくなると思う?」

 「随分と偉そうだったし、百回ぐらいは行けるんじゃない?」


 そうか、なら二十体を百回か。


 「……長くなりそうだな」

 「そうだね。 ところで店もあるから僕と梓は帰っていいかな?」

 「取りあえず、二十体を一周ずつして問題がなかったらな」

 「えぇ、コンプリートするまでここで突っ立ってないとだめなの?」

 「あぁ、万が一もあるかもしれんからな。 そこまで終わったら帰っていいぞ」


 アスピザルは若干嫌そうな顔をしたが納得したのか力なく頷いた。

 その後は淡々とグリゴリを召喚しては解体してハンマーで頭を叩き潰してとどめを刺すと言った流れ作業を延々と見守る時間となった。


 「うわ、またシャリエルだよ。 こいつもう五回目じゃん」

  

 アスピザルは早く帰りたいのか、さっさとレア天使出ろよと訳の分からない事を言い始めた。

 首途とヴェルテクスに至っては後何回でまだ出ていないアザゼルとシェムハザが出るのかで賭けをし始めている。


 シャリエルの頭が粉砕された所で、首途が次に賭けていたのか「アザゼルかシェムハザ来い!」と祈っており、ヴェルテクスも無言で見守っていた。

 出たのは――ペネムだったようだ。 「クソが! お前の顔はいい加減見飽きたわ!」と怒鳴りつけており、ヴェルテクスは賭けに勝って少し嬉しそうにニヤついていた。


 ちなみにアザゼルは四十回後、シェムハザはその三回後に出て来て二十種揃ったのでアスピザル達は上機嫌で帰って行った。


 ……ところで俺は後何回見たら帰れるんだろうか?


 さっぱり分からなかった。

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